42 / 169
中等部
満月の下で
しおりを挟む
月明かりの下、足音に私は振り返ると、そこに人影があった。
逆光の為顔は確認できないが、きっと日華先輩だろう。
「無事に手に入れることができました。あの……体調は大丈夫ですか?」
私はおもむろに立ち上がると、日華先輩の方へ一歩足を踏み出す。
「ぐぁ……はぁ、ダメだ、どうして……はぁ、はぁ、来るなッッ、頼む、こっちへ来ないでくれ……グガアアァァァァ」
人ではない雄たけびに私は体を震わせると、人影がゆっくりとこちらへと近づいてくる。
動く事も出来ず月明かりに照らされる広場に現れた姿は人ではない。
血走った真っ赤な瞳に、頭には犬のような耳がついている。
身体は人間のままだが、袖やズボンが破れその隙間から茶色毛が見えた。
この姿、俊君と同じ……ッッ
「グルルルルルルッ」
大きなうなり声をあげた獣は、私と視線が絡むと勢いをつけて跳びかかってきた。
うそッッ!?にっ、逃げなきゃ。
私は反射的に右へと避けると、日華先輩は紅の瞳を私に向け追撃してくる。
その姿に私は必死に足を動かすが、向かってくる彼のスピードに逃げきれる気がしない。
満月の光が差す広場の中央に、先ほど摘み取ったはずの丸つき草が目に入った。
私は自分の手元へ目を向けると、摘み取った丸つき草が新たに咲き白く輝いている。
一か八か……ッッ。
私は逃げるのをやめると、向きを変え、広場の中心へとヘッドスライディングで飛び込んだ。
何とか空いている手で丸つき草を握りしめるも、すぐ後ろに大きな影が迫ってきている。
採ったけど、どうしよう、どうやって使えば?
私は咄嗟に体を小さく丸めるが、彼は私の上に覆いかぶさり、叢に押さえつける。
強い力で押さえこまれた体は、叢の上で仰向けに転がされると、目の前に紅の瞳が現れた。
「グルルルルルル、ガルルル」
その瞳の奥には悲しみの色が、浮かんでいるように見える。
私と視線があった彼は一瞬表情を歪めたが、そのまま私の首元に牙をたてた。
その瞬間、私は咄嗟に彼の頭を引き寄せると、ギュッと強く抱きしめた。
「日華先輩ですよね。大丈夫です、落ち着いてください」
私は彼をあやす様に背中を優しく撫でてみるが、グルルルと呻き声が聞こえ肩に牙がくいこんでいく。
「いっ……あ゛あ゛あ゛あああああああああああ」
鋭い牙が肉に食い込みあまりの痛みに彼へしがみ付く。
すると紅の瞳から真っ赤な涙が零れ落ちた。
ポタポタと血の涙が私の肌に落ちると、その冷たさを肌で感じる。
泣いている……苦しんでいるの?
どうすれば、彼を元に戻してあげられるかな。
満月が目に映ると、私は噛まれていない腕で先ほど取った丸つき草を持ち上げる。
目の錯覚かもしれない……丸つき草が強く光を放ったかと思うと、紅の瞳が私の腕へと向けられた。
押さえつけられていた力が緩み、肩から牙が抜かれると、彼はクンクンと丸つき草へと鼻を寄せる。
牙が抜かれたことで、肩からドッと血があふれ出しドクンドクンと激しく脈を感じている中、彼は私の手にしている草をパクリと食べた。
丸つき草を飲み込んだ彼は、紅の瞳から漆黒の瞳へと変わっていくと、牙が消え、腕から見えていた茶色毛は剥がれ叢の上へと落ちていく。
血の涙は透明の水へと変わり私の肌に落ちると、赤く染まった涙と混ざり合った。
変化するその姿を虚ろな瞳で眺めていると、次第に良く知る日華先輩の姿がそこに現れた。
彼は私に跨ったまま、呆然とした様子でこちらを見つめている。
そんな彼の姿にほっと息を吐くと、私は力尽きるように叢へと体を預けた。
「ごめん、ごめん、俺は……どうして……ッッ」
喉から絞り出す声に、私は平気平気と軽く手を振ると、日華先輩は震える腕で肩のキズに触れた。
袖を破り私の肩を縛り付けると、手際よく応急措置を施していく。
さすが医者の息子だね。
そう言葉にしようと視線を向けると、悔やむ表情をする彼と目があった。
「そんなに顔しないで下さい。私は……大丈夫です。事故したときに比べれば全然痛くない」
「何を……ッッ、ごめん、本当にごめん……。こんなことになるなんて……ッッ」
傷口を見つめ取り乱す彼を落ち着かせるように、私は彼の背中に手をまわすと、優しく背を撫でた。
すると彼は慌てた様子で私から体を離すと、信じられないと言った様子で目を見開く。
「どうして……俺を怖くないの……?」
私はニッコリ微笑みを浮かべると、肩から流れ出た血で濡れてしまわないように、丸つき草をそっと持ち上げた。
「日華先輩が怖いわけないですよ。きっとこれで俊くんも治るはず、早く帰りましょう。戻って俊君にも食べさせてあげないと……」
肩の血が止まると私は上体を軽くおこす。
脚に力を入れ立ち上がろうとすると、血を流しすぎたのか上手く力が入らない。
ふと肩へ目を向けると、布から血が滲み腕を伝って地面に落ちた。
止血しているはずなのに、血がまた……?
「彩華ちゃん!?」
意識が朦朧とし叢へ倒れ込むと、もう起き上がる力はない。
肩に巻かれていた布は機能しないほどに濡れ、血が水たまりのように叢へと広がっていく。
心配そうにする日華先輩の姿が霞んでいくと、グラングランと視界が揺れた。
ダメだ、眠い……だけど丸つき草は絶対に持ち帰らないと……ッッ。
意識を手放す瞬間、丸つき草が落ちてしまわないよう最後の力を振り絞り、ギュッと拳へ力を入れた。
逆光の為顔は確認できないが、きっと日華先輩だろう。
「無事に手に入れることができました。あの……体調は大丈夫ですか?」
私はおもむろに立ち上がると、日華先輩の方へ一歩足を踏み出す。
「ぐぁ……はぁ、ダメだ、どうして……はぁ、はぁ、来るなッッ、頼む、こっちへ来ないでくれ……グガアアァァァァ」
人ではない雄たけびに私は体を震わせると、人影がゆっくりとこちらへと近づいてくる。
動く事も出来ず月明かりに照らされる広場に現れた姿は人ではない。
血走った真っ赤な瞳に、頭には犬のような耳がついている。
身体は人間のままだが、袖やズボンが破れその隙間から茶色毛が見えた。
この姿、俊君と同じ……ッッ
「グルルルルルルッ」
大きなうなり声をあげた獣は、私と視線が絡むと勢いをつけて跳びかかってきた。
うそッッ!?にっ、逃げなきゃ。
私は反射的に右へと避けると、日華先輩は紅の瞳を私に向け追撃してくる。
その姿に私は必死に足を動かすが、向かってくる彼のスピードに逃げきれる気がしない。
満月の光が差す広場の中央に、先ほど摘み取ったはずの丸つき草が目に入った。
私は自分の手元へ目を向けると、摘み取った丸つき草が新たに咲き白く輝いている。
一か八か……ッッ。
私は逃げるのをやめると、向きを変え、広場の中心へとヘッドスライディングで飛び込んだ。
何とか空いている手で丸つき草を握りしめるも、すぐ後ろに大きな影が迫ってきている。
採ったけど、どうしよう、どうやって使えば?
私は咄嗟に体を小さく丸めるが、彼は私の上に覆いかぶさり、叢に押さえつける。
強い力で押さえこまれた体は、叢の上で仰向けに転がされると、目の前に紅の瞳が現れた。
「グルルルルルル、ガルルル」
その瞳の奥には悲しみの色が、浮かんでいるように見える。
私と視線があった彼は一瞬表情を歪めたが、そのまま私の首元に牙をたてた。
その瞬間、私は咄嗟に彼の頭を引き寄せると、ギュッと強く抱きしめた。
「日華先輩ですよね。大丈夫です、落ち着いてください」
私は彼をあやす様に背中を優しく撫でてみるが、グルルルと呻き声が聞こえ肩に牙がくいこんでいく。
「いっ……あ゛あ゛あ゛あああああああああああ」
鋭い牙が肉に食い込みあまりの痛みに彼へしがみ付く。
すると紅の瞳から真っ赤な涙が零れ落ちた。
ポタポタと血の涙が私の肌に落ちると、その冷たさを肌で感じる。
泣いている……苦しんでいるの?
どうすれば、彼を元に戻してあげられるかな。
満月が目に映ると、私は噛まれていない腕で先ほど取った丸つき草を持ち上げる。
目の錯覚かもしれない……丸つき草が強く光を放ったかと思うと、紅の瞳が私の腕へと向けられた。
押さえつけられていた力が緩み、肩から牙が抜かれると、彼はクンクンと丸つき草へと鼻を寄せる。
牙が抜かれたことで、肩からドッと血があふれ出しドクンドクンと激しく脈を感じている中、彼は私の手にしている草をパクリと食べた。
丸つき草を飲み込んだ彼は、紅の瞳から漆黒の瞳へと変わっていくと、牙が消え、腕から見えていた茶色毛は剥がれ叢の上へと落ちていく。
血の涙は透明の水へと変わり私の肌に落ちると、赤く染まった涙と混ざり合った。
変化するその姿を虚ろな瞳で眺めていると、次第に良く知る日華先輩の姿がそこに現れた。
彼は私に跨ったまま、呆然とした様子でこちらを見つめている。
そんな彼の姿にほっと息を吐くと、私は力尽きるように叢へと体を預けた。
「ごめん、ごめん、俺は……どうして……ッッ」
喉から絞り出す声に、私は平気平気と軽く手を振ると、日華先輩は震える腕で肩のキズに触れた。
袖を破り私の肩を縛り付けると、手際よく応急措置を施していく。
さすが医者の息子だね。
そう言葉にしようと視線を向けると、悔やむ表情をする彼と目があった。
「そんなに顔しないで下さい。私は……大丈夫です。事故したときに比べれば全然痛くない」
「何を……ッッ、ごめん、本当にごめん……。こんなことになるなんて……ッッ」
傷口を見つめ取り乱す彼を落ち着かせるように、私は彼の背中に手をまわすと、優しく背を撫でた。
すると彼は慌てた様子で私から体を離すと、信じられないと言った様子で目を見開く。
「どうして……俺を怖くないの……?」
私はニッコリ微笑みを浮かべると、肩から流れ出た血で濡れてしまわないように、丸つき草をそっと持ち上げた。
「日華先輩が怖いわけないですよ。きっとこれで俊くんも治るはず、早く帰りましょう。戻って俊君にも食べさせてあげないと……」
肩の血が止まると私は上体を軽くおこす。
脚に力を入れ立ち上がろうとすると、血を流しすぎたのか上手く力が入らない。
ふと肩へ目を向けると、布から血が滲み腕を伝って地面に落ちた。
止血しているはずなのに、血がまた……?
「彩華ちゃん!?」
意識が朦朧とし叢へ倒れ込むと、もう起き上がる力はない。
肩に巻かれていた布は機能しないほどに濡れ、血が水たまりのように叢へと広がっていく。
心配そうにする日華先輩の姿が霞んでいくと、グラングランと視界が揺れた。
ダメだ、眠い……だけど丸つき草は絶対に持ち帰らないと……ッッ。
意識を手放す瞬間、丸つき草が落ちてしまわないよう最後の力を振り絞り、ギュッと拳へ力を入れた。
0
お気に入りに追加
829
あなたにおすすめの小説
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
悪役令嬢は森で静かに暮らします。
あみにあ
恋愛
辺り一面が真っ赤な炎に染まってき、熱風が渦巻き、黒煙が舞い上がる中、息苦しさに私はその場で蹲った。
動く事も出来ず、皮膚が炎に触れると、痛みと熱さに意識が次第に遠のいていく。
このまま死んでしまう……嫌だ!!!
そう思った刹那、女性の声が頭に響いた。
「私の変わりになってくれないかしら?」
そうして今までとは全く違う正解で、私は新しい命を手に入れた。
だけど転生したのは、悪役の令嬢のような女性。
しかも18歳に愛する人に殺される悲惨な最後らしい。
これは何とか回避しないと……ッッ。
そんな運命から逃れる為悪戦苦闘するお話です。
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる