流れ着いた先は異世界でした。～誰がなんと言おうと、必ず元の世界へ帰りますから！

◆閑話:異世界へ渡った彼と彼女の話:第八話

やらなければいけない事は全てやり終えた。
これで彼女が来ても受け入れられるだろう。
流れゆく砂を眺めながらに、俺は廊下を駆け抜けていくと、城の一番奥にある部屋の前で立ち止まった。
辺りに誰もいない事を確認すると、俺はトントントンと扉を叩いた。

誰だ、との声に扉が開いていくと、懐かしい二人の姿が目に映った。

「父上、母上」

「グレン……ッッお前生きていたのか！」

「グレン、グレン、心配していたのですよ！」

母は泣きながらに抱き締めようとするが、俺はそれを静止し、最後の挨拶を口にする。

「父上、母上すみません。もうここへ戻れない私を許して下さい。私はもう死んでいるのです。けれどもどうしても伝えておきたかった。今までこんな私を育ててくれ、生んでくれてありがとうございました」

王族の礼を取り母と父を真っすぐに見つめ返す。
砂がどんどん落ちていく中、自分の体が消えていくのがわかる。
もう時間がないのだと、そう気が付いた時には、二人の姿が霞んでいた。
父と母は私に何かを言っているようだが……もう声も聞こえない。

微かに映る二人の姿を目に焼き付けると、俺はさようならと唇を動かした。

夢から覚めたようにハッと目を覚ますと、俺は水の底へと戻ってきていた。
体が熱い……じわりじわりと鯰の魔力が抜けて行くのを感じる。

「ふぅ、無事に戻ったか。さっき言い忘れていたが、魔術が適さない地球の者を渡すには、色々と準備必要だ。待たせてしまって悪いが用意ができたら、この鈴で合図を出す。鈴の音がなったらその娘を海の傍へ連れてこい。後は儂が波を作り出しここまで娘をひっぱってやろう。お主にはもうここへ来るほどの魔力はないだろうからな」

そう話しながらに手渡された鈴は、彼女の瞳と同じ、漆黒の色をしていた。
俺はそれを強く握りしめると、無くさないように胸に抱きかかえる。

「残り短いだろうが、娘との逢瀬を楽しめ。きっと寂しがっているだろう」

「待ってください。彼女が渡った後、もし万が一……彼女がこの場所に戻ることがあれば、必ず引き止めてほしい。彼女は時々俺には想像できないようなとんでもない事をしでかすので……念のため」

鯰はニヤリと笑って見せると、わかっていると頷き、グルグルと俺の頭上を回り始める。

「あっ、後これを……もし彼女が来たら渡してほしい」

「なんだこれは、手紙か？」

鯰は興味深々で手紙を眺めると、器用に尾ひれで手紙を掴む。
すると水の渦がまた俺を包みこんでいった。

「もし娘に会えば必ず渡しておこう。よし、では地球へ送る。……次に会うときは儂の一部になっているな」

そう悲しそうに鯰は眉を落とすと、強い海流が俺の体を押し、洞窟が視界から消え去って行った。

そうして日本に戻ると、俺が去ってからひと月以上経過していた。
水の中に居たのはほんの数分だったような気がする。
あの洞窟と、この世界ではまだ時間の流れが違のだろう。

俺は家へ戻ると、彼女は俺の顔をみるなり泣きながら怒り始めた。

「どこへ行ってたの？あんな一言のメモで１ヶ月はない！！！どれだけ心配したと思ってるのよ！！！もうバカァ！！！帰ってこないのかと思った……」

彼女は俺の胸の中へ顔を埋めると、ペシペシと体を叩く。
でもそんな怒っている彼女も可愛くて、愛しくて、俺はそっと彼女の目元にキスを落とした。

「ごめんね」

そう呟くと、彼女は驚いた顔をしたかと思うと、頬がリンゴのように真っ赤に染まっていく。

「もうっ！ずるい……ッッ。心配したんだからね……」

彼女はギュッと俺にしがみつく中、俺は彼女の温もりを感じながらに優しく抱きしめた。

ずっと側に居たかった。

君の隣は俺の場所でありたかった。

君を誰よりも幸せにできるはずだった。

ずっと一緒にいると、約束したのに。

約束を果たせなくてごめん。

そうしてある蒸し暑い夏の日。
海がオレンジ色に染まっていく中、あの鈴の音が耳に響いた。
あぁ……とうとう来てしまったか……。
俺はそっと彼女の元へ向かうと、リビングで寛いでいた彼女へ声をかけた。

「久しぶりに海へ泳ぎに行かないか？」

「今から！？」

彼女は驚いた顔を見せるが、少し迷った後、水着を探してくると言って、部屋を出ていった。

今日が最後。

彼女の声を聞くことも、熱を感じる事も……。

そう思うと、俺は彼女の姿を瞳の裏へしっかりと焼き付ける。

勝手な事をする俺を彼女は許してくれるだろうか。

窓から沈む夕日を眺める中、彼女は水着姿で俺の前にやってくると、嬉しそうに笑っていた。

リンリンリン。

外へ出て海辺に近づいていくと、鈴の音は大きくなっていく。

不審に思われないだろうか……そう横目で彼女を見てみるが、聞こえていないのだろう……気にしている様子はない。

その事にほっと胸をなでおろす中、心地よい潮風を感じながら二人で砂を踏みしめていくと、別れの時間が刻一刻と迫ってくる。

俺は彼女の腕を引き寄せると、温もりを忘れないようギュッと強く抱きしめる。
そんな俺に彼女は優し気な笑みを見せると、俺の首へ腕を回し唇を寄せた。

離したくない、離れたくない、君と共に生きていたかった。

俺は彼女を抱きしめたままに小さく陣を描いていくと、彼女の背中へ貼り付ける。

君が溺れないように守れるように。

それと向こう世界が役立つだろう、俺の魔力を君にあげる。

最初で最後のわがままを、俺を忘れないでほしい。

そう言葉にしたいが、それはきっと許されないだろう。

「愛してるよ、ずっと……」

「私も」

彼女の唇が離れ、甘い声が耳にとどいた刹那、大きな波がこちらへ迫っていた。

俺は彼女を突き飛ばすと、彼女の驚いた表情が目に映った。

バッサーン

さようなら、愛しい人。

幸せになって。

彼女から離れ波に打ち付けられた俺の体は、夕陽が沈むのと同時に闇の中へと消えていく。

そうして二人を飲み込んだ海は、何事もなかったかのように、只々静かに波打っていた。


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坊主が去った後、鯰の周りをグルグルと回ると、コッソリ封を開いた。

そこにはただ一言だけ……。

<俺はいつでも君の傍に居るよ>

そう書かれていた。

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