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親友
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「今日はどこのラーメン屋にする?」
「お前ラーメンしか食えないのかよ」
俺のツッコミを無視して田崎は先を急ぐ。
「早く決めないと混んじゃうぞ。午後の講義遅れたらやばいだろ。遅刻三回で欠席一回になるルールだったよな」
「たしかにそろそろ出席日数やばいかも。じゃあ鉄麺でどう?」
田崎はスピードを上げると快活に答えた。
「そうしよう!」
冬だというのに彼は額に汗をかいている。
「昨日の飲み会終わったあとも〆でラーメン食ったんだよね」
俺は思わず吹き出してしまった。
「お前、昨日の昼も学食でラーメンだったよな。もうラーメン屋に住めよ」
彼は真面目な顔で少し考えてから答える。
「床ぬるぬるしてるからやめとくわ」
鉄麺という馴染みのラーメン屋に到着すると、すでに他の学生が列をつくっていた。
でも、回転は速いのでそこまで待たずに入れるだろう。
「あ~恭子ちゃんとのデート緊張するなぁ。てかラーメン食べてったら臭いかな」
今夜、田崎は同じテニスサークルに所属する意中の相手、恭子ちゃんと初デートだ。今後の命運を握る大事な日である。
「安心しろ。お前の場合は体に臭いが染みついてるから手遅れだよ」
「確かにその可能性はある」
田崎がにかっと笑うと、店員から「お次の二名様どうぞ」と声がかかる。
特盛バリ硬背脂多めの食券を買うと、狭いカウンター席に、並んで腰掛けた。
少しでも胸を張ると、隣の人に肩が触れる。
俺達は猫背になりながらラーメンができるのを待つ。
「夕方の経済学ゼミ面倒くさいなぁ。なんか意識高いやつばっかで雰囲気合わないんだよな」
俺の言葉に田崎が目を見開いた。
「だから俺と同じ環境学ゼミにしとけばよかったんだよ。就活を意識してんのか知らないけど、ガチゼミなんか入って洒落の通じない奴らと一緒にいても楽しくないだろ」
「いやでも採用面接とかでゼミについて聞かれたら困るじゃん。環境学を弊社でどう活かすんですか、とか聞かれたらどうすんの?」
彼は背筋を伸ばすと仰々しく答える。
「今後は環境への配慮がどの会社でも重要になります。私が御社と環境を繋ぐ架け橋になってみせます」
田崎の奥にいた客が迷惑そうに彼を睨む。
「具体的にどんな役割を担ってくれるのでしょうか」
「はい。積極的にゴミの分別に尽力してまいります」
「いやレベル低っ」
二人でけらけらと笑っていると目の前にラーメンが運ばれた。
「はいお待ちどぉ」
***
「ありがとうございます」
俺は大きく口を開けると勢いよく麺を啜った。
店主は年をとったが、ここのラーメンは相変わらずうまい。でも、四十路ともなるとさすがに胃がもたれそうだ。
今日は午後から母校の近くの取引先を訪問する予定だったので、そちらでお昼も済ませてしまおうと、早めに会社を出てきた。
この店で豚骨ラーメンの強烈な臭いを嗅ぐと、田崎との思い出が蘇ってくる。
彼が交通事故でこの世を去ってから、もう5年になった。
大学を卒業して何年かは定期的に顔を合わせていたが、お互い家庭を持つと段々疎遠になっていった。
あそこまであけすけに何でも話せるやつは後にも先にも彼だけだった。
当時は照れくさくて口には出したことがないが、あいつは間違いなく親友と呼べる存在だった。
昔より量が増えたのだろうか。後半は無理やり麺を口に放り込み、やっと完食できた。
「ご馳走様でした」
「はいまいど!」
味は当時から変わらず美味しかった。でも、あの頃と比べて食が進まなかったのは、年齢のせいだけではないだろう。
あいつとバカ話をしながら啜るラーメンが一番美味しかった。
もう二度と繰り返せない日々を思うとしんみりしてくるが、今さら涙も出てこない。
鉄麺の方を振り返ると、ちょうど男子学生二人が笑いながら暖簾をくぐっていくところだった。
「よし」
小さな声で気合を入れると、ネクタイをきつく締め直す。
俺はまだまだここからだ。
「お前ラーメンしか食えないのかよ」
俺のツッコミを無視して田崎は先を急ぐ。
「早く決めないと混んじゃうぞ。午後の講義遅れたらやばいだろ。遅刻三回で欠席一回になるルールだったよな」
「たしかにそろそろ出席日数やばいかも。じゃあ鉄麺でどう?」
田崎はスピードを上げると快活に答えた。
「そうしよう!」
冬だというのに彼は額に汗をかいている。
「昨日の飲み会終わったあとも〆でラーメン食ったんだよね」
俺は思わず吹き出してしまった。
「お前、昨日の昼も学食でラーメンだったよな。もうラーメン屋に住めよ」
彼は真面目な顔で少し考えてから答える。
「床ぬるぬるしてるからやめとくわ」
鉄麺という馴染みのラーメン屋に到着すると、すでに他の学生が列をつくっていた。
でも、回転は速いのでそこまで待たずに入れるだろう。
「あ~恭子ちゃんとのデート緊張するなぁ。てかラーメン食べてったら臭いかな」
今夜、田崎は同じテニスサークルに所属する意中の相手、恭子ちゃんと初デートだ。今後の命運を握る大事な日である。
「安心しろ。お前の場合は体に臭いが染みついてるから手遅れだよ」
「確かにその可能性はある」
田崎がにかっと笑うと、店員から「お次の二名様どうぞ」と声がかかる。
特盛バリ硬背脂多めの食券を買うと、狭いカウンター席に、並んで腰掛けた。
少しでも胸を張ると、隣の人に肩が触れる。
俺達は猫背になりながらラーメンができるのを待つ。
「夕方の経済学ゼミ面倒くさいなぁ。なんか意識高いやつばっかで雰囲気合わないんだよな」
俺の言葉に田崎が目を見開いた。
「だから俺と同じ環境学ゼミにしとけばよかったんだよ。就活を意識してんのか知らないけど、ガチゼミなんか入って洒落の通じない奴らと一緒にいても楽しくないだろ」
「いやでも採用面接とかでゼミについて聞かれたら困るじゃん。環境学を弊社でどう活かすんですか、とか聞かれたらどうすんの?」
彼は背筋を伸ばすと仰々しく答える。
「今後は環境への配慮がどの会社でも重要になります。私が御社と環境を繋ぐ架け橋になってみせます」
田崎の奥にいた客が迷惑そうに彼を睨む。
「具体的にどんな役割を担ってくれるのでしょうか」
「はい。積極的にゴミの分別に尽力してまいります」
「いやレベル低っ」
二人でけらけらと笑っていると目の前にラーメンが運ばれた。
「はいお待ちどぉ」
***
「ありがとうございます」
俺は大きく口を開けると勢いよく麺を啜った。
店主は年をとったが、ここのラーメンは相変わらずうまい。でも、四十路ともなるとさすがに胃がもたれそうだ。
今日は午後から母校の近くの取引先を訪問する予定だったので、そちらでお昼も済ませてしまおうと、早めに会社を出てきた。
この店で豚骨ラーメンの強烈な臭いを嗅ぐと、田崎との思い出が蘇ってくる。
彼が交通事故でこの世を去ってから、もう5年になった。
大学を卒業して何年かは定期的に顔を合わせていたが、お互い家庭を持つと段々疎遠になっていった。
あそこまであけすけに何でも話せるやつは後にも先にも彼だけだった。
当時は照れくさくて口には出したことがないが、あいつは間違いなく親友と呼べる存在だった。
昔より量が増えたのだろうか。後半は無理やり麺を口に放り込み、やっと完食できた。
「ご馳走様でした」
「はいまいど!」
味は当時から変わらず美味しかった。でも、あの頃と比べて食が進まなかったのは、年齢のせいだけではないだろう。
あいつとバカ話をしながら啜るラーメンが一番美味しかった。
もう二度と繰り返せない日々を思うとしんみりしてくるが、今さら涙も出てこない。
鉄麺の方を振り返ると、ちょうど男子学生二人が笑いながら暖簾をくぐっていくところだった。
「よし」
小さな声で気合を入れると、ネクタイをきつく締め直す。
俺はまだまだここからだ。
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