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28-1話 有馬和樹 「戦闘開始」

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 ゆっくりと王都の北門が近づいてくる。

 乗っているトレーラーは選挙カーみたいだが、この、ゆっくりな感じは選挙カーというより、遊園地のパレードを思わせた。ピーターパンのコスプレをしたら似合いそうだ。

 姫野たち女子、それに男子の一部、この世界に落ちた時の服を着ていた。悪くない。生きて帰れるかどうかの日。服は一番のお気に入りを着るべきだ。

「あれ、なんか、香りが……」

 甘い香りが漂っていた。この世界にない香りなので目立つ。

「気づいた? 今日女子は全員、リップクリームを塗ってる」
「よくあったな!」
「和香ちゃんが一本、ポケットに入れてた。不謹慎?」
「いや、最高だ」

 北門の衛兵が動き出した。このトレーラーに気づいたな。

「姫野」

 姫野はうなずいて、耳を触った。

『みんな、そろそろ準備して。セレイナは一号車のトレーラーへ』

 遠藤ももの通話スキルは進化していた。一斉通話は、しゃべる時に耳を触ると発言がオンになる。

 しかし、ここでセレイナ? おれは小首を傾げた。

「ふっふっふ。まあ、見とくでござるよ。これは拙者のアイデアでござる」

 ゲスオが不敵に笑った。

 実のところ、作戦の詳細をほとんど知らない。

「キングに教えると、我慢できなくて動いちゃうから」

 というのが頭脳班の答えだ。うむ、反論できない。

「まっ、キングは最後の弾丸。これが外れたら終わりだな」

 このフォローはプリンスだ。納得はいかないが、みんなで戦うと決めた以上、しょうがない。

 セレイナがハシゴを登ってきた。トレーラーの速度は遅いので、下りて走れば移動はできる。

 北門が開き、中からぞろぞろ兵士が出てきた。数はおよそ10。望遠鏡で顔を見た。緊張感はない。おそらく「何か変なのが来たぞ」とか話している。

 兵士は堀にかかる石橋を渡り、通りのこちら側に展開した。

 こっちは誰が行くのか? そう思った時、羽ばたく音が聞こえた。ヴァゼル伯爵。ジャムさんを抱えている。

 おれらのトレーラーと兵士の中間ほどに降り立った。ジャムさんが兵士に向かって歩いていく。

 10対1。ジャムさんなら可能、でもきついぞ。

 門の上にさらに20人ほどの兵士が現れた。弓は持ってない。見物のようだ。敵が一人なので余裕と見たか、または敵と思ってないか。

 並んだ兵士のうち、五人ほどが剣を抜いた。

「姫野!」

 おれが言うと同時にゲスオが動いた。

「お茶目な落書き、『響く声』を『敵の心に響く声』に改変!」
 
 ゲスオにタッチされたセレイナが、手を胸の前に組んで目を閉じた。

♪Ah~~♪

 アー、としか歌っていないのに、おれは思わず耳を奪われた。ささやくようなウィスパーボイス。その透明感がすごい。

♪~Ave~Maria~♪

 クラシックの「アヴェ・マリア」か!

 これはエグい! ささやくように、ゆったりと歌うアヴェ・マリアは、その歌声に耳を取られ、目をつぶりそうになる。

 おれたちにゲスオのブーストは、かかってない。それでこれだ。敵の頭の中は歌声でいっぱいだろう。

 前に出た五人のうち、三人が剣を落とした。ほかの者も眠たい子供のように、まぶたがとろん。

 ジャムさんが剣を抜いて駆け出した。あわてて兵士も剣を拾う。ジャムさんの最初の一振りで一人が斬られた。

 敵二人が斬りかかる。ジャムさんは一人を盾で受け止め、勢いよく押し返す。仲間とぶつかり動きが止まったところへ二振り。それぞれ腕を斬られた。腕は飛んでないが、もう剣は持てないだろう。

 ジャムさんの戦い方は、オーソドックスだ。盾で受け、剣で斬る。それが恐ろしく無駄がない。しかも何手か先まで読んでいるので、一度二度、攻撃をしのいでも詰められてしまう。

 おれは近くから聞こえるアヴェ・マリアの歌に目を閉じまいと耐えながら、流れるようなジャムさんの剣技を見続けた。まるでダンスだ。

 いつの間にかトレーラーの上にはヴァゼル伯爵が乗っている。ヴァゼル伯爵に至っては、完全に目を閉じて歌声のほうがメインだ。伯爵、余裕だな!

 セレイナが歌い終わるころには、門の前に展開した兵士はすべて倒れていた。

 門の上で見物した兵もいない。逃げ出したようだ。

 そういうことか。ジャムさんが先陣を切ったのは、強さを見せつけ戦意をくじくのが目的か。そうなると、見た目の怖さでヴァゼル伯爵より、トカゲ族の戦士ジャムさんだ。

 戦いの間にトレーラーはずいぶん門に近づいた。

「キング」

 姫野に呼ばれた意味は、何かわかっている。

「まかせろ」

 おれはトレーラーから飛び降りた。門に向かって走る。

 死体を脇へどかしていたジャムさんを通り過ぎ、門の前に立つ。

『キング、車が通るから、道にガレキが残らないように』

 姫野の心配はごもっともだが、みんながスキルを進化させているように、おれのスキルも進化している。

 門を見上げ、範囲を心の中で定めた。半身に構え、右の拳を引く。

「粉・砕・拳!」

 拳を打ちつけると、扉とそのまわりが吹き飛んだ。

 そして吹き飛んだ木片やガレキが、砂粒のように風に吹かれて飛んでいく。

 トレーラーに戻ると、姫野がポカンと口を開けていた。

「キング、砂になったわよ……」
「ああ、最近、本気で打つとああなるんだ。文字通り粉砕」
「進化しすぎでしょ!」
「まあ、色んな山に穴を空けまくって練習したから」
「怖っ、勝手に地図を塗り替えないでよ!」

 ゲスオが悲観したように膝をついた。

「……拙者、用無しでござる」
「大げさだな! 木や岩ならいけるけど、鉄は無理だし。さっきの大きさがギリだから」
「ほほう、まだ寄生できますな!」
「寄生って言わないの!」

 最後の注意は姫野だ。

 トレーラーはゆっくりと石橋をわたった。

 この石橋は、ちょうど一年前におれが壊した。はたして、今年はまた壊して逃げるのか? はたまた壊さず優雅に帰るのか。

 おれたちは北門を抜け、ついに王都に入った。
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