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25-4話 姫野美姫 「焦燥の待機」

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 なんとか一時間で水や食料だけまとめ、山や林に逃げ込んだ。

 最後の一人が林に消えるのと、曲がり道から聖騎士団の先頭が見えたのが同時だった。

 わたしとドクは、それを村の高台にある菩提樹に隠れて見た。

「とりあえず、逃げれたみたいだね」

 ドクがほっとした笑顔を見せた。

「うん。でも病人の一団がいるから」
「そっか。ここからが勝負か」

 逃げるのは三方向に分けた。そのうち病人が多い一団はキングが率いている。

「ほれ、行くぞよ」

 ぬうっと樹から精霊が上半身を出す。

 わたしとドクはうなずき、ざぶんと菩提樹の幹に飛び込んだ。


 里に戻ると、戦闘班たちはいなかった。

 戦闘班も三チームに分かれて迎えに出たようだ。

 3年F組のみんなが不安な顔で集まってくる。そうよね。キングにプリンス、それに戦闘班の誰もいないって状況が初めてだ。

「とりあえず、みんな、食べれるうちに食事して、あとは待機ね」

 みんながうなずく。

 ここまで敵が来ることはない、とは思うが、それを言えばウルパ村だって聖騎士団が来るとは夢にも思わなかった。一応、いつでも逃げ出せる準備はしておくべきだろう。

 森の民にも現状を説明して回る。みんな不安そうだ。

 昼食を取ると、ほんとにやることがなくなった。あとは待つだけ。遠藤ももちゃんからの連絡もない。戦闘班は連絡を取り合ってると思うが、何もないと不安だ。

 この空き時間で食料の計算でもしとこうか、そう思って表計算スキルを出してみる。でも、だめ。とても作業ができる精神じゃない。

 里の中は静かだ。いつも聞こえる賑やかな生活の音と、笑い声は止まっていた。

 空が赤くなり始めたころ、静まり返った里に犬の鳴き声が響いた。入り口のケルベロス!

 わたしは走り出した。洞窟の出口に人影が見える。

 入ってきたのはウルパ村の人々。みんな疲れ果て、どこかしら怪我をしていた。

 わたしの前でよろける人がいて、思わず手を取る。その男性は顔と手に傷を負っていた。

 このまま連れて行こうか迷う。戦闘班の姿がまだ見えない。

「まかせな」

 そう言って中年の婦人が男性の脇に頭を入れ、肩を担いだ。ほかの里の人も走ってきた。

「姫野殿!」

 呼ばれて顔を上げる。ヴァゼル伯爵だ。

「花森殿を!」

 うしろを振り向いた。花ちゃんが駆けてくる。

 伯爵のあとについて洞窟へ。滝から出ると、そこの光景に思わず足が止まった。

 怪我をした大勢の人がへたりこんでいる。

 花ちゃんが、そのうちの一人に近寄ってスキルをかけようとした。その腕を伯爵がつかむ。

「花森殿、回復の能力を自重していただきたい。かけるのは命にかかわる者のみ」

 伯爵の言いたいことは理解できた。スキルに制限はないが、体力は使う。手当たりしだいにかけていくと、花ちゃんのほうが参ってしまう。

「こちらへ」

 伯爵にうながされ、逃げてきた道を戻る。花ちゃんは度々立ち止まった。痛みにうめいている人がいるのだ。回復スキルをかけてあげたいのは痛いほどわかる。止まる花ちゃんの手を引っぱった。

 伯爵について行くと、ムシロに人を乗せて運ぶ人たちが見えた。ムシロの端を持つ四人のうち二人は、コウとゲンタだ。

「花森!」

 コウが叫んだ。嫌な予感がする。

 近寄ってわかった。遠藤ももちゃん。

 ムシロに乗せられた彼女は、お腹と足に布が巻かれていた。その布は血で真っ赤だ。

「ももちゃん!」

 花ちゃんが駆け寄る。

「お注射お注射お注射!」

 連続で言う花ちゃんをコウが止めた。様子を見る。

 彼女のまぶたが動いた。ゆっくり目を開ける。

「……すいません師匠」

 彼女が最初に発した声は意外だった。わたしたちではなく、うしろのヴァゼル伯爵を見ている。

「戦闘への参加は許さぬと、申したはずです」
「……すいません」

 ヴァゼル師匠は、彼女の頭近くにしゃがんだ。

「モモよ。あなたは重要なのです。それはキングと同じように。あなたがいなければ、我ら斥候隊は機能しません」

 ももちゃんはうなずいた。

「もし、私が敵の刃に倒れても、あなたは逃げ、それを報告する義務があるのです」

 ももちゃんは大きく目を開いた。

「せやで、遠藤。わいやゲンタも同じや。みんなで話したはずやろ。助けてええのは、キングとプリンスだけや」

 コウの言葉におどろいた。戦闘班は戦闘班で、いろいろと考えていたのか。

 ももちゃんが起き上がる。ふらつく彼女をゲンタが支えた。

 ももちゃんが耳に手を当てた。しばらくすると誰かが走ってくる。ゲスオだ。ももちゃんの身体に触れた。スキルの改変。全員通話ね。

『みんなごめん、通信回復した』
『プリンスだ。カラササヤさんの集団と合流している』

 ほっと胸を撫で下ろした。

『タクと玉井も無事。ほか大きな怪我人もなしだ。もう三十分ほどで着く』

 山田卓司くん、玉井鈴香ちゃんはプリンスと一緒か。ということは、キングを探しに行ったのはジャムパパ。次の報告を待つ。

 ところが、次の通話が来ない。花ちゃんやコウと目が合う。里のみんなも通話は聞いているはずだが、誰もしゃべらない。

『……キングだ』

 思わず、ため息が出た。ヴァゼル伯爵まで大きく息を吐く。

『ジャムさんとは合流できたが、追われて、洞窟に隠れている。周りに何人いるか、把握できてない』

 顔を上げると、ヴァゼル伯爵とコウの姿はなかった。

『私とコウで向かう』

 姿は見えないが、ヴァゼル伯爵の声だ。

『プリンスだ。こっちはカラササヤさんに任せ、俺も向かう』
『私も行くってプリンス』
『玉井、お前は』
『タクも行くよ!』
『ゲンタです。遠藤さんを運んだら行きます』
『ゲンタ、あたし大丈夫だから、すぐ行って』

 戦闘班は、ももちゃん以外、キング救出に行くようだ。


『モモ、戦闘班だけの会話に切り替えなさい。あなたは、それほど体力が残ってない』
『わかった』
『待った! 二十秒、いや十秒くれ』

 渡辺くんの声だ。

『キング! 帰ってこいよ! 声援送るぞ、せえの!』

 声援? その意味はすぐにわかった。

『『『エイ・エイ・オー!』』』

 里にいる男子全員の声がした。びりびりと耳が痛い。渡辺くん、すごいことを思いつく。ダッサイけど、この必死の声援は届くはずだ。

『『『『『エイ・エイ・オー!』』』』』

 声はさらに大きくなった。山まで震えそうな男子の大声。

「……めっちゃ気合入った。ありがと」

 キングの声を最後に、通話が切れた。通話を戦闘班だけに切り替えたのだろう。

 よし! ここから人がどんどん来る。キングの救出は戦闘班に任せ、わたしたちは受け入れの準備をしておこう。
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