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25-3話 姫野美姫 「ウルパ村」

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「おーい、ぼだいじゅー」

 キングが、中央広場にある太古の樹に呼びかけた。菩提樹の精霊がぬうっと出てくる。

「へい、お客さん、どちらまで?」
「はっ? なにその言い方」
「うむ。ゲスオ殿が、こういう言い方をすると皆が喜ぶと」

 思わずキングと見合った。ゲスオ仕込みか。

「……いや、とつぜん過ぎて腰ぬかすわ」
「むぅ、そうか。して、どこじゃ?」
「ウルパ村まで」
「心得た。入られよ」

 キングが菩提樹の幹に入った。わたしも入る。

 中は真っ暗。しばらくすると光る菩提樹さんが現れた。その左手にはキングが手を握っている。

 菩提樹さんの右手を握った。温かみはないが、冷たくもなく、そして柔らかい。これは菩提樹の中にいる時の幻覚の一種、それはわかっていても、精霊さんの手を握れるってなんだか嬉しい。

 ゆっくり落ちていき、ヒンヤリした川のような流れに入る。ここからが速い。超高速の「流れるプール」みたいだ。

 三十分ほど流され、気分が悪くなってきたころ、上に引っ張られた。

 ぬるっとした感触があり、とつぜん明るくなる。ウルパ村に着いた。

 ううっ、気分が悪い。ちょっと座って休憩。遠くの山でも見つめよう。

 連れてきてくれた菩提樹さんは、どこかに行った。精霊の考えることは、わかりにくいし気まぐれだ。

「大丈夫か?」
「うん。酔っただけ」
「おれ、荷物を探してくるわ」

 キングはそう言って走っていった。

「ヒメだー」
「ヒメー、クックーたもれ」

 わたしを見つけて声をかけてきたのは、五歳の双子姉妹フルレとイルレ。おそろいの民族衣装と黒髪のオカッパが可愛らしい。

 この村に最初に来たときから、仲良くなった子らだ。その時にあげた菩提樹クッキーがお気に入りで、わたしを見るたびにねだってくる。

「クックーじゃなくて、クッキーでしょ」

 ポケットから布に包んだ一枚を出す。きっと今日も言われるだろうと持ってきていた。

 フルレは受け取ると、ぱきっと二つに割った。半分にならず六対四といった割合。

 フルレが割れたクッキーを見つめる。大きいほうをイルレに渡した。

「すごいね、フルレは」

 わたしは思わずフルレの頭を撫でた。

 この世界で双子を生むというのは、かなり命がけだったのではと思う。

 双子の二人は五歳にしては小さい。未熟児で生まれたんじゃないか? とドクが言っていた。菩提樹クッキーは栄養価が高いというから、次は二枚持ってこよう。

「ヒメ、今日きれい」
「きれい、ヒメ」

 二人が顔を寄せてきたのでびっくり。お目々くりくりな二人に見つめられたら、萌えすぎて鼻血が出そうだ。

「ありがとう」

 そう言って二人の頭を撫でた。どうだキングよ、五歳児でも気づくんだぞ。

『ヒメ、緊急通信』

 遠藤ももちゃんの遠隔通話だ。声がひっ迫している。

「どうぞ、ももちゃん」
『そっちの村に行ける道を兵士が行進してる。かなり数が多い』

 見回りに出ている戦闘班からだ。最近は何があるかわからないので、広範囲にわたり見回りを頼んでいた。用心しといて良かった。

 しかし行進? 馬車ではなく?

『兵士は槍に甲冑のフル装備。旗が特徴的で一つの大きな目』
「目? 目の旗を掲げた兵士なの?」

 わたしの言葉を聞いて、双子の姉妹が木の枝でチャンバラを始めた。

「大きな一つ目の旗って知ってる?」

 二人に聞いてみた。

「知ってる」
「知ってる。せいきし」

 せいきしって……聖騎士? 聖騎士とは教会に属する騎士団だ。

「ももちゃん、数はわかる? おおよそでいい」
『待って。ヴァゼル師匠が帰ってきた……だいたい百だって』
「百?」
『百よ』

 聞き間違えかと思った。

『師匠から伝言。戦闘班は全員撤収でいいかと』

 百人の聖騎士団って……どこかで演習? こんな小さな村に用事はないはず。いや、それは都合のいい解釈だ。

 騎士団の狙いはここ。理由は教会でない者が正体不明の病を治すから。そうに違いない。

 こんな山奥の小さな村、帝国は気づかいないだろう。その考えは甘かったのか。

 わたしは、いつのまにか立ちがっていた。

『ヒメ、聞いてる?』

 遠藤ももちゃんの声で我に帰った。

「ごめん、何だっけ?」
『戦闘班は撤収でいいかって』
「あっ! うん。隠れ里に全員帰って。その前にキングに同じことを。里には警告も伝えて」
『キングに入電、里に警告、そして撤収ね。了解!』

 それから聖騎士団の正確な位置を聞き、通話を切った。

 まだ距離はある。徒歩なので、ここまで来るのに一時間はかかるはずだ。

 キングはすぐに来るだろう。あとは村の免疫所にドクがいる。カラササヤさんとゴカパナ村長もだ。

 ここが免疫所になったので人が増える。ゴカパナ村長には、まとめ役として村に帰ってもらった。

 あとはカラササヤさんを含め、五人のティワカナ族に警備を担当してもらっている。

 キング、村長、カラササヤさんに率いてもらって、村人を三つに分けて逃がすか。ドクは菩提樹シューターで里に帰す。

「ヒメ?」
「ヒメ?」

 双子の姉妹が察したのか、不安な顔でわたしを見上げていた。

「大丈夫。お姉ちゃんの家に遊びに行こうか」
「ヒメの家!」
「ヒメの家!」
「お母さんと一緒にね、行こう」

 二人と手をつなぐ。うしろの草むらからバサバサっとキングが出てきた。

「姫野、聞いたか?」
「うん。聞いた」
「こっちに来ると思うか?」
「来ると思う」

 キング、一直線に走ってきたんだろう。ひっつき虫みたいな植物の種が、服にいっぱいついている。

「やっぱり、あれか、免疫所は止められてしまうか」
「もう一段、高いと思う」
「もう一段?」

 キングが不思議そうな顔をする。自分の予想を説明した。

「今回は派遣されたのが聖騎士団で、整然とした行軍から入っている。これ、異教徒を殲滅する時のパターンだと思うの」

 この世界では宗教の重みが違うと、わかっていた。わかってはいたが、まさか、ここまで極端だとは思わなかった。

 双子の姉妹が手をぎゅっとしたので、はっと気づいた。キングが無表情だ。

「姫野、この村全員を避難させる指揮を取ってくれ。カラササヤさんもいるから、山に逃げればなんとかなるだろう」

 キングは道の向こうを見据えた。それは聖騎士団が来る方向だ。

「キングは?」
「おれは、そいつらを足止めしとくわ」
「百よ! 聞いてた?」
「ああ、まあ、危なくなったら逃げるわ」

 これは、やばい。こういう無表情のキングを一度だけ見たことがある。

 ノロさんが上級生にリンチされた時だ。

 もう忘れもしない、一時間目の英語の授業。ノロさんが休みだなと思ったら、スマホを見ていたキングがすくっと立った。

「ちょっと、行ってくるわ」

 そう言った時の表情が今と同じ。わたしにオーラが見えたら、きっと青いオーラが見えるだろう。熱い炎は温度が上がりすぎると青くなる。

 あの時はプリンス、コウ、ゲンタが三人がかりで止めた。三人だ。

「殺されるかと思った」

 ゲンタは後に、そう言った。あの巨体を引きずって廊下まで出るのだから、怒りのパワーってすごい。

 キングが歩き出した。どうやって止める?

「キング」

 呼んでみたが耳に入ってない。わたしは双子の手を振りほどき、落ちている石を拾った。

「キング!」

 叫んで投げた。ひょいっとかわす。だろうと思ったから投げると同時に駆け出す。

「おい、姫野、石投げたら危ねえ……」
「ハイヤー!」

 振り返るキング。ごつっ! とヒット。ええっ、嘘でしょ!

「ご、ごめん! 当たると思ってなかった」
「キングたおれた」
「キングたおれた」

 思っきり跳ね上げた回し蹴りは、キングの首に入り、その勢いでバタンで倒れた。

 あわててキングをのぞきこむ。

「だ、だいじょうぶ?」

 キングは目をぱちくりさせている。

「姫野、お前……」
「ごめんって! 当たると思ってなかった」
「ステテコ履いてたのか」
「ステテコ?」

 意味がわからなかった。

「親父が履いてたのと一緒だ。まあ、個人の自由なんでいいけどよ。でも……」

 やっと意味がわかった。顔が赤くなるのを感じる。

「違う! これはこっちの下着、ドロワースよ!」
「ああ、なんだ。この世界のか。姫野ってステテコ履いてたのかと思って」
「履いてないわよ!」

 キングはむくっと起き上がって、一人で笑った。

「学校でセーラー服の下はこれだったのかと思うと、やべえやつだなって、パニくったわ」
「履いてない!」

 もう死にたいほど恥ずかしいが、キングの炎は消えた気がする。

「キング」
「なんだ?」
「一人でも多く逃さないと」
「……そうだな」
「三つに分けた組みの一つを連れて、逃げて欲しい」

 キングの元に双子が歩み寄った。

「だいじょうぶ?」
「だいじょうぶ?」

 キングが二人の頭を撫でる。

「お前ら、双子ってほんと、ハモるのな。大丈夫。今から急いで逃げるぞー!」

 きゃっきゃと双子を追いかけながら、キングが村へと走った。

「ちょっと! わたしを置いていかないでよ!」

 わたしはあわてて立ち上がり、キングのあとを追った。
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