上 下
49 / 74

25-2話 姫野美姫 「リップクリーム」

しおりを挟む
 四人で帰っていると、耳に遠藤ももちゃんの声が入った。彼女の遠隔通話スキルだ。

『ヒメ、今いい?』
「いいよ」
『ハビスゲアルさんと定期通信した』

 誘拐犯ハビスゲアル。わたしたちを召喚した者だけど、言ったら誘拐だ。

 その誘拐犯と仲良くなってしまったキング。こっちの気分は複雑なんだけど、プリンスまで気にしてないようだし。

 むしゃくしゃするから、いつか、あの頭をスリッパで叩いてみよう。スリッパ、異世界にないけどね。

 ハビスゲアルとは数日に一度、ももちゃんに連絡してもらうようにしていた。

「ハビスゲアルさん、何って?」
『今日、またウルパ村の近くに食料置いておくってさ』
「オッケー。わたしが確認しに行くわ」

 前回もらった食料は、そろそろ底をつくはずだ。備蓄庫を確認しておきたい。

「ももちゃん、菩提樹クッキー、まだない? わたしは自分のを全部食べちゃってて」
『あー、あたしも食べた。持ってそうな人に聞いておくね』
「うん、ありがと」

 通話が切れた。

「遠藤なんて?」

 キングが聞いてきた。

「ハビスゲアルさんが、ウルパ村のほうに食料持ってきてくれるって」
「ハビじい、やるな!」

 やるな、っていうか本当に助かる。

 ウルパ村のほうに、免疫所を作った。その噂は拡がり森の民がわんさか来る。そしてそれと同時に、病にかかった人も治療を求めてくる。

 村の離れに療養所を作り、三日に一度は友松あやちゃんと、花森千香ちゃんが治療のために出向いた。

 こっちの里とウルパ村とで、備蓄の食料は湯水の如く減る。

 以前なら、わたしたちのいる隠れ里は作物が豊富にできるので、たまに街に売っていた。今ではそれもできない。

 盗賊から奪った財宝は残っているが、使いたくない。わたし的に、あれは「非常時用」なのだ。

 お金と言えば……

「ハビスゲアルさんは、ぽんぽん食料くれるけど金持ちなのかな?」
「ハビじい、どうだろな。金持ちそうには見えないよな。思った通り変わりもんだしな」
「思った通り?」

 キングの言葉がわからなかったので、聞き返す。

「ほら、最初に入ってきた時、聖職者の格好してるクセに聖職者のオーラがなかった。じゃあ、権力者か?っていうと、金目の物も身につけてないしな」
「最初? それって、召喚された時?」
「ああ。石造りの部屋でスキルもらった時」

 そんな最初! やっぱりキングって人と違う。あの時に相手を見る余裕なんてない。

「わたし、逃げることしか頭になかった。すごいな……」

 うしろで「くくっ」と、あやちゃんが笑った。

「あそこで逃げようって思うヒメもたいがいよ。うちなんかもう、ギャー!で終わり」

 うん。まあ、それは仕方ない。わたしも「ギャー!」に近いし。

「ミナミちゃんは?」
「あたしは、どうだったかなー。なんで姫路城に着ちゃったんだろって、おどろいてた!」

 姫路城? 頭の中にハテナが浮かんだ。キングとあやちゃんも同じ顔だ。

「……それは置いといて、姫野、ウルパ村に行くなら、おれが警護で行くわ。今日は何もないから」
「うん。じゃあヨロ」
「ういっす」

 うん? うしろの二人が見合った気がしたけど、気のせい?

 とりあえず、わたしたちは里に帰り、遅い朝食を取ることにした。


 朝食を取って家に帰ると、下から呼ぶ声がする。

 窓からのぞくと、意外な四人だ。さきほどの門馬みな実、友松あや。それにセレイナと黒宮和夏ちゃん。

「ヒメ、上がっていい?」

 あやちゃんが聞いてくる。もちろん問題ない。

 上がってそうそうに、ミナミちゃんが口を開いた。

「うわー、ヒメちゃんの部屋って何もない」

 たしかに。いつも頭脳班の研究室にいるから、ここには寝に帰るだけだ。

「クシもないのね!」
「大丈夫。アタシが持ってきてるから。ヒメ、クシぐらい買いなさいよ」

 女子から要望があれば、街からクシなどは買ってくる。ただ、自分がとなると倹約したくなるのだ。

「っていうか、なに?四人とも」
「聞いたわ。今日のデート」

 わたしの両肩をセレイナがつかんだ。いや、デートってなによ? うしろで、友松あやちゃんが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

「ええっ! キングのこと? ウルパ村に行くだけよ」
「細かいことはいいの。ルミちゃんがいれば良かったんだけど、忙しいみたいで。でもアタシも撮影の時は自分で全部するから。大丈夫!」

 ルミちゃんとは、美容師を目指す関根瑠美子ちゃん。ルミちゃんが切ったセレイナのショートカットは、今日も綺麗だ。

 セレイナが小さな麻袋から霧吹きとクシを出した。

 黒宮和夏ちゃんは、くるんだ布から鉄の棒を出す。半円の棒が二本。包丁のような木の取っ手がついている。

「和夏ちゃん、それって」
「そう、ヘアアイロン。二本で挟むの。工作班に作ってもらった」

 工作班、ちょいちょい変なもん作るわね。馬車のサイレンとか。大工の茂木くんっていうより、プラモオタクの作田くん、ゲームオタクの駒沢くんあたりか、作りそうなのは。

「黒くまくん!」

 和夏ちゃんがスキル名を叫ぶと、二本の棒からファー! と温かい風が出てきた。

「はい、じゃあブラッシングするから」

 セレイナがうしろに回った。

「セレイナ! 大げさだって」
「どの口が言うか! この前のアタシの復讐じゃ」

 あれは、セレイナが紛らわしいでしょうよ! そう言いたくて振り返ると、和夏ちゃんに首を戻された。

「ヒメっち、動かないで!」
「あたしのスキルかけようか?」
「ミナミちゃん、わたし犬じゃないから!」

 そんなこんなで、わたしの髪の主導権は人の手にわたる。

 しばらく格闘していたセレイナが、ヘアアイロンを置いて両手を上げた。

「できた! アタシは外巻きが好きなんだけど、ヒメはやっぱり内ね」
「うんうん、さりげない内ハネがヒメっぽい」

 そこからさらに、服の話になった。わたしのベッド下に置いてある籠から四人が漁る。

 四人が選んだのは、召喚された時に履いていたスカート、こっちで買ったブラウス。そこにウルパ村の人にもらった民族柄の上着だ。

 わたしの部屋には鏡がないので、自分で見えない。もうどうにでもなれ。

「よし、仕上げね」

 友松あやちゃんが、立ち上がった。

「ケルファー!」

 あやちゃんの掃除スキル。身体がすっきりした。

「よし、これで何があっても大丈夫!」

 いや、何もないから!

 黒宮和夏ちゃんが、ぎゅっと握った拳を出してくる。思わず、手で受け皿を作った。

「まだ未使用だから、使って」
「未使用?」

 ころん、とわたしの手のひらに置いたのは小さなリップだった。色はピンク。

「うわ、あんた、よく持ってたわね!」

 驚愕の声を上げたのはミナミちゃん。

「へへ。ポケットに入れたままコッチ来たから」

 わたしは顔から血の気が引いた。この世界に一つしかないリップ。そして二度と手に入らないリップ。

「ムリムリムリ! 使えないって!」
「いいの、ヒメっちに使って欲しい」

 なんだろう、ぐっと込み上げてくるものがあった。わたし、泣いちゃいそうだ。

「じゃあ、和夏ちゃん先に使って。それから、わたしがつけて行く」
「うん。絶対よ」

 和夏ちゃんがリップのパッケージを取って、唇に塗った。わたしに差し出す。

 わたしも唇に軽く塗った。

「みんなも、良かったら」
「ええっ! いいの?」
「うん。うちとヒメっちが使った後だけど」
「ぜんぜん平気!」

 と三人は口を揃え、リップを塗った。

「この、甘い香りがいいね」
「ヒメっち、わかるー!」

 五人でしばし、久しぶりの香りと感触にひたった。

 四人と別れて菩提樹のところに行く。

 ウルパ村までは菩提樹の道を使うからだ。

 菩提樹さん、ついに潜水スキルに似た能力を持った。タクくんこと山田卓司くんの堆肥を取り込んだから。

 精霊さんさえいれば、地脈の近道を使える。ただし、一緒に行けるのは二人まで。それ以上の人数で移動すると、精霊さんが見失ってしまうらしい。

「菩提樹ワープ」

 と誰かは言ったんだが、ドクくんに注意された。

「空間は飛んでないから、ワープはおかしいよ」

 とのこと。最終的に決まった呼び名が「菩提樹シューター」だった。

「よし行くか」

 キングが来た。わたしの格好を見る。

「さすがだな。それ、ウルパ村の衣装だろ」

 うん。この野暮天だと気づかないだろうな。みんな、こんなもんだよ、うちの大将は。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

俺だけステータスが見える件~ゴミスキル【開く】持ちの俺はダンジョンに捨てられたが、【開く】はステータスオープンできるチートスキルでした~

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人はクラスメイトたちと異世界へ召喚されてしまう。 異世界より召喚された者は神からスキルを授かるが、直人のスキルは『物を開け閉めする』だけのゴミスキルだと判明し、ダンジョンに廃棄されることになった。 途方にくれる直人は偶然、このゴミスキルの真の力に気づく。それは自分や他者のステータスを数値化して表示できるというものだった。 しかもそれだけでなくステータスを再分配することで無限に強くなることが可能で、更にはスキルまで再分配できる能力だと判明する。 その力を使い、ダンジョンから脱出した直人は、自分をバカにした連中を徹底的に蹂躙していくのであった。

追放された美少女を助けた底辺おっさんが、実は元”特級冒険者”だった件について。

いちまる
ファンタジー
【毎週木曜日更新!】 採取クエストしか受けない地味なおっさん冒険者、ダンテ。 ある日彼は、ひょんなことからA級冒険者のパーティーを追放された猫耳族の少女、セレナとリンの面倒を見る羽目になってしまう。 最初は乗り気でなかったダンテだが、ふたりの夢を聞き、彼女達の力になると決意した。 ――そして、『特級冒険者』としての実力を隠すのをやめた。 おっさんの正体は戦闘と殺戮のプロ! しかも猫耳少女達も実は才能の塊だった!? モンスターと悪党を物理でぶちのめす、王道冒険譚が始まる――! ※本作はカクヨム、小説家になろうでも掲載しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...