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22-2話 高島瀬玲奈 「疫病」

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 天然痘。歴史の授業で習った記憶がある。大昔に流行した疫病だ。

 死体の腕がまた動いた。

 誰かが急に飛び出す! 花森千香ちゃん?

「花ちゃん!」

 ヒメが叫んだ。

「お注射!」

 花ちゃんが叫んで、動いた死体をつついた。顔中にあった発疹が消えたと思ったら、しばらくすると、また発疹が出る。

「花森さん!」

 ドクくんが花ちゃんの腕を掴んで死体から離した。でも、アタシたちの所までは戻らず、中間で止まる。

 ドクくんとキングと花ちゃん。さらに、その向こうに死体。距離はないのに、見えない壁でもあるように感じる。

 ヒメが空間を下からスワイプした。おそらく表計算のスキルを出した。もう、何かを考える時のクセみたいになっている。

「土田くん」

 ヒメに呼ばれたのは、同じ調理班でパンを担当している土田清正くんだ。

「おう」
「土田くんのスキルって、ウイルスまで見える?」

 言われて思い出した! 酒蔵の跡取りである土田くんのスキルは、酵母を見るための顕微鏡だ。

「たぶん、いけるよ。倍率は調整できるから」

 土田くんが死体の元へ行こうとしたのをドクくんが止めた。

「僕が取ってくるから」

 ドクくんは、腰から小刀のような物を抜いた。ナイフよりもっと小さい。草などを取る時に使うのだろう。

 死体の所に戻り、ひとりの皮膚を小刀で少し刺した。中間地点に戻る。

 土田くんがそこに近づき、小刀に顔を寄せた。

「マイクロスコープ!」

 土田くんの目に、丸いリングのような物が光った。

「んーと、今、植物の種みたいなのが見える」
「何倍?」
「100倍」
「じゃあ、それは赤血球だ。1万とかできる?」

 土田くんが右手で輪っかを作り、それを絞った。

「うーん、何がなんやら……」
「土田くんの顕微鏡を見れたらいいのにな」

 ドクくんのつぶやきに、ヒメがまた表計算スキルを眺めた。

「ももちゃん、映像通信ってできる?」
「ええっ?」
「なるほどでござる! お茶目な落書き、通信を三人映像通信に!」

 通信スキルを持った遠藤ももちゃんが、耳に手を当てて目を閉じた。そのすぐ後に、ドクくんが目を閉じる。

「うわっ! 来たよ。倍率2万にしてみて」

 ドクくんが目を閉じたまま言った。

「違うな、3万……4万……あ、待って。3万5千にしてみて……うん。これだ」

 ドクくんが、目を開けた。

「天然痘とは違うけど、疫病であるのはわかった」
「それ、うちに見せて!」

 誰かと思ったら、あやちゃんだ。友松あやちゃん。同じ調理部で掃除のスキルがある。

 通話スキルのももちゃんが、目を閉じたまま顔の向きを変えた。力の方向を変えたみたいだ。あやちゃんが目を閉じる。

「あー、これね」

 ウイルスの映像が送られたみたいだ。

 あやちゃんは近寄ろうとしたが、ドクくんが手を上げた。

「天然痘と同じだったら、感染力は強い。ツバだけじゃなくて、膿やカサブタでも感染する。この四人にも、近づかないほうがいい」

 四人とは中間にいるドク、キング、花ちゃん、土田くんの四人だ。

 あやちゃんの顔が引きつる。アタシは止めるべき?

 ヒメを見る。ヒメもどうするべきか、わからないようだ。

 あやちゃんが大きく息をついた。

「オッケー! やってみる!」

 そして大きく一歩、踏み出した。ドクに近づき、小刀に手をかざす。

「ケルファー!」
「うおっ! 消えた!」

 小刀を見ていた土田くんが、おどろきの声を上げた。それを聞いてドクくんがうなずく。

「なら友松さん、あの死体に全部それをかけて!」
「死んでる人も?」
「死んでる人からでも、感染する可能性はある!」
「わかった!」

 あやちゃんは馬車に近づき、片っ端から掃除スキルをかけた。

 そのあと、息がある人を探した。五人、まだ息があった。花ちゃんが回復をかける。

 回復をかけると、しゃべれるまでに回復をした人がいた。

「俺はティワカナ族のカラササヤ。助けてもらった礼を言う」

 男性は回復したが、顔中にデコボコとした、できものの跡が残っている。

「おれは有馬和樹と言う。悪いがここを離れたい。あなたたち以外で生きている人もいない」

 男性が死体の焼けた穴を見た。

「わかった」

 立ち上がろうとしてふらつく。

「おれの肩に掴まってくれ」

 キングが手を差し出した。

「ありがたいが、俺は病にかかっている。この顔を見ればわかるだろう」

 男性はデコボコの自分の顔を知っているようだ。

「原因となるものは消した。それに、ガサガサの肌は慣れてるよ」

 キングはそう言って、トカゲ族のジャムさんを指差した。

 ジャムさんが笑顔で手を振る。

 それからキングは、ヴァゼル伯爵と目線を合わせた。

 ヴァゼル伯爵がゆっくりうなずく。

 そうか、牢屋で見たやつだ。ヴァゼル伯爵は、魔眼でこの五人を見たのね。うなずいたって事は、問題ないのか。

 その五人を連れて、隠れ里に帰った。

 念の為、里に入る前にみんながあやちゃんの殺菌? というのかしら。掃除スキルをかけてから里に入る。

 入り口の洞窟にいたケルベロスが、五人を見て吠える。飼い主の門場みな実ちゃんがなだめると、おとなしくなった。

 五人の顔が引きつっている。そりゃそうよね、ケルベロスだもん。

 とりあえず、五人を連れて広場に腰を下ろした。

「ここは……」

 さきほどのカラササヤと名乗った男性が、あたりを見回しておどろいていた。

 日が暮れてきたので、ライトのスキルを持つ沼田睦美ちゃんが街灯を灯していく。街灯と言っても木の杭に台座をつけ、石を乗っけただけの物だ。

「ここはエルフの隠れ里だったと聞く。今はおれたちが勝手に使っているんだ」

 キングが答えた。カラササヤが周りのアタシたちを見る。ジャムパパとヴァゼル伯爵に目を止めた。

「おれたちは、この世界に召喚されてきたヨソモノだ。ジャムさんと伯爵もそう。悪いが、ここを口外するなら殺すから」

 キングの口から「殺す」という言葉が出て、アタシは身体がビクッとなる。

 カラササヤが居住まいを正した。

「命を助けてもらったあげく裏切ることなどあろうか。それに我らは古くから住む森の民。帝国に恨みこそあれ、関係はない」

 聞けば、私たちが逃げた「神聖アルフレダ帝国」は百年ほど前に移住者が作った国だそう。

 元々はカラササヤさんたちのような、小さな村や部族が点在する土地だったらしい。

「でも兵士が」

 キングの言葉にカラササヤがうなずいた。

「ひと月前です。原因不明の奇病が始まったのは。薬草が効かないので、王都の神父に頼ったのですが回復魔法も効かず……」

 花森千香ちゃんが思い出したように立ち上がった。

「そう! 癒やしのスキルが効かなかった」
「んー、それは多分……」

 ぼそっとつぶやいたドクくんに、みんなの目が集まった。

「ドク、黙るなよ」
「だって、みんなが見るから」

 ドクくん、そんなに恥ずかしがり屋なのか。人から見られるのが普通のアタシからすると、かなり新鮮。

「その……回復系の魔法に対して耐性があるんだと思う」
「耐性?」
「ほら、僕らの世界で言うと抗生物質が効かない菌とか、あるでしょ。あれと同じだよ」
「それ、やばいんじゃね? この世界、ワクチンとかなさそう」
「うん。昔のローマで350万人だったかな。人工の半分ぐらいは消えると思う」
「まじか!」
「まあ、なんとかするよ」
「ああ、頼むぜドク」

 なんとかするんかい! とみんなは心の中でツッコんだと思う。

 ゲスオが以前「ドクくんはリアル・チート」そう言ってた意味が、今ならよくわかる。

「よし! 腹減ったな。メシにするか?」

 キングの言葉にみんなが目を合わせた。あんな事があった後に、食事?

「キング、みんなは多分、要らないから」

 ヒメちゃんの言葉に、みんながうなずく。

 食欲もないし、アタシを含め、調理班はハンバーグを焼けるだろうか? 死体の焼けた匂いは鼻の奥にこびりついている。今、肉なんか焼いたら吐きそうだ。

「食欲がない時は、これじゃ」

 元村長のおじいちゃんと、おばあちゃんがクッキーのような物を持ってきた。大皿に山ほど積んである。

 あれは、今日の昼に二人が作っていた物だ。菩提樹の実で作ったんだっけ。

 元いた世界だと、菩提樹の実は食べれなかったと思うけど、ここの菩提樹は違うらしい。

 とりあえず一枚もらう。一枚と言っても、かなり大きい。丸くて分厚いクッキーは、アタシの手のひらと同じぐらいの大きさだ。

「美味しい!」
「うま!」

 かじった人が口々に言う。私も食べてみた。これは美味しい。味は松の実に近い。木の実に油分が多いのか、しっとりしていた。

「これは、アマラウタ!」

 カラササヤが菩提樹クッキーを手にして叫んだ。

 おじいちゃんがカラササヤに歩み寄った。

「ティワカナ族でしたな。わしらの村は親父の代で帝国に帰属しましたが、元はチャラサニ族」
「チャラサニ! 西の森の!」

 おじんちゃんとおばあちゃん、それにティワカナ族の五人が手を取り合って話し始めた。

「どうじゃ、わらわの実の味は」

 ぬうっと精霊さんが現れた。

「お前、みんなが食べるの待ってただろ。ドヤ顔するために」
「なっ! なにを言う、失礼な!」
「いや、でも、お前の木の実って、うまいのな」
「むっ、むふふ」

 キングと精霊さんがじゃれ合っている。

「ア、アマラウタ様……」

 ティワカナ族の五人が地面に伏した。

「むむ?」

 精霊が首をひねった。おじいちゃんが精霊の前に歩み出る。

「菩提樹様、ティワカナ族をご存知ですか?」
「おお、存じておる。あの村にも、わらわの樹が一本残っておるのでな。かなり前にクワキリという口寄せができる者がおっての」
「そ、それは、わたくしの祖父でございます」
「ほう、そうであったか」
「まさか、お姿を拝見できるとは!」
「ふむ、村の者は元気であるか?」

 聞かれたティワカナ族の五人は、互いを見合った。

「菩提樹、さっきの話を聞いてなかったのかよ。疫病で全滅だっての」
「ほう、難儀な。ならば、ここに住むがよい」
「お前、勝手に決めんなよ。って、おれらの土地でもねえか。どうする? カラササヤさん」

 カラササヤさん、目をぱちくりさせている。キング、それスピード早すぎて頭がついていけないよ。

 カラササヤさんたちは、しばし呆然としていたが、お互いを見合ってうなずいた。

「アマラウタ様のお膝元、そして命の恩、少しでも恩返しさせていただければ!」

 五人はもう一度、キングとその横の精霊さんに向かって頭を下げた。

「いやいや、おれらはいいって。っつうか、菩提樹、すげえやつだったんだな」
「キングよ、いまごろか!」
「だってよ、お前がいきなり花森に口寄せするから」

 カラササヤさんが驚愕の顔を上げた。

「こ、ここにも口寄せができる者がおるのですか!」
「ああ、花森がな」

 キングが花森千香ちゃんを指差した。

「おお! アマラウタ様だけでなく、お使い様まで!」

 五人が花ちゃんに頭を上げた。花ちゃんが困っている。

「ありゃ? 口寄せって、そんなにすごいの?」

 カラササヤが胸を張った。

「我が祖父がゆいいつ。ひとつの村で百年に一人出るか出ないか、と言い伝えられております」
「まじか! じゃあ、花森はレアか」
「キング。わらわと心を通わすことのできる人間が、どれほど貴重か。それを、お主は……」

 そうだった。あの時、花ちゃんが口寄せしているのを「どうでもいい」って感じで一蹴した。

「まいったなぁ。おれも、お詫びにウンコでも奉納すっか?」

「「「「「それはダメ!」」」」」

 女子一同の声が重なった。
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