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第七章

最終話 十二時の鐘

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 運転席の計器類がならんだ中に、時計があった。

 二三時四十五分。

「ボブ!」
「近道を通る、なにかにつかまれ!」

 機体が前のめりになる。ヘリコプターは一気に高度をさげた。モリーは座席でシートベルトをつけている。わたしは壁の取っ手をにぎり、ふんばった。

 ヘリコプターは、山と山の谷間にある小川の上を飛んでいるようだった。うっすら見える山の壁が、手が届きそうに感じるほどせまい。

 小川に沿って、右へ左へ猛スピードでヘリコプターは曲がる。暗闇の中で、よく見えるものと思ったが、ボブのひたいには汗が浮かんでいた。ふいに、前方に大きな山。ボブが操縦桿を引きあげる。ヘリコプターは急上昇した。モリーとミランダが叫び声をあげる。

「見えたぞ!」

 ボブの声に前を見ると、お城が見えた。特徴的な二つの塔、時計塔とステンドグラスの塔が見える。そうか、塔!

 わたしはボブに耳打ちした。わたしの案を聞いたボブは絶句している。

「できるの、できないの?」

 ボブが一瞬、前方から目をそらし、わたしを見た。

「やる。やってみせる」

 わたしはふり返って、今度はミランダに聞いた。

「わたしに、なにかあったら、この子の面倒見てくれる?」

 なにか危険なことをすると、わかったようだ。ミランダがいつになく真剣な顔になった。そして意を決したように、わたしの目を見る。

「わかりました。その時は立派な淑女に、育てあげます」
「ママ、ママ!」

 モリーが空気を察したのか、不安そうな声をあげる。

「大丈夫。きっと上手くいくから」

 笑顔で言い、おでこにキスをした。

 ヘリのスライド式ドアをあけ、縄梯子をおろす。自分が、あせっているのがわかった。左右ちがう靴を履き続けていたのを、ここに来てやっと気づいた。ハシゴを降りるのに邪魔だ。両方とも脱いで、ドアから投げすてる。ミランダが「ああっ!」と声をあげた。

「ジャニス、ガラスの靴!」

 しまった! 魔法を解くには、ガラスの靴を履いていないといけない。ミランダの携帯でビバリーに電話をかけた。

「ビバリー、いまどこ!」
「グリフレットが、いないんです!」
「執事はもういい、問題はガラスの靴!」
「それは持ってます」

 おもわず、ミランダとハイタッチしそうになった。だが、「それは」と言った意味を説明されて、思わず叫んだ。

「アタッシュケースの暗証番号!」

 ミランダとボブを見たが、ふたりとも首をふった。グリフレットしか知らないのか!

「斧とか近くにない?」
「それは彼氏が試しました。ビクともしなくて!」
「彼氏に言って。時間がない!」

 電話を代わる音がして、聞いたことのない声がした。

「あー、はじめましてダリオと言います」
「自己紹介はいいから!」
「はい、この城の」

 ダリオがなにを言うのかと思えば、

「猟銃?」

 思わずボブを見た。ボブは「その手があったか!」と叫んだ。

「棚の鍵ね? わかった」
「かまわねえ、ガラス扉をイスかなんかで叩き割れ!」

 聞く前にボブが言った。電話のむこうでガラスが割れる音がした。銃の近くまで来ていたようだ。

「彼氏に言ってくれ! 右がバードショット、左がスラッグだ」
「バードショット?」

 ボブに聞きなおす前に、電話口から「バードショットで行きます!」と声がした。スラッグ弾というのは、熊でも殺せるような弾で、アタッシュケースごと吹き飛ばす可能性があるらしい。

「彼氏の野郎、猟の経験があるな」とボブはつぶやいた。気づけば、お城の近くまで来ていた。時計塔の針を見る、まもなく〇時。

「ビバリー、ビバリー!」

 電話にむかって叫んだ。ビバリーが出ると、ボブにも聞こえるように言った。

「靴がだせたら、時計塔へ!」

 携帯をミランダに返し、ドアのふちに立つ。ずっと暗闇を飛んでいたが、いまは庭の外灯が見える。地面までの高さがわかって、いっきに怖くなった。

 わたしは胸元のお守りを、ぎゅっと一回にぎった。ローズのお守りだ。少しでいい、勇気がほしい。

 ハシゴを一歩降りると風でドレスがなびく。吹き飛ばされそうだった。一歩、また一歩と慎重に降りていく。

 あと少しで一番下という時に、スカートのすそがハシゴに引っかかった。こんな時にドレスを着ている自分がいまいましい。片手で引っぱるが取れない!

 ゴーン! という鐘の音。〇時の鐘だ。

 記憶がよみがえった。あの時ローズは言った「鐘が鳴り終わると、魔法は解ける」と。今回は逆だ。鐘が鳴り終わると、エルウィンに魔法がかかる!

 真下でビバリーの声がした。ヘリコプターは時計塔の上に来ていた。最上階の窓から、ビバリーが身を乗りだしている。ホバリングして、その場にとどまった。ゆっくりと高度がさがってくる。

 ゴーン! という二度目の鐘。

 窓の高さまで降りてきたが、ハシゴは振子のように大きく揺れて、安定しない。わたしもビバリーも手を伸ばす。合わない!

 ゴーン! と三度目の鐘が鳴った。

 ふいに塔から離れた。ヘリコプターは弧を描くように旋回する。ふたたび正面に時計塔。ボブの考えがわかった。走れば揺れが安定する。窓の横をぎりぎりかすめる気だ。

 聞こえる四度目の鐘。わたしはハシゴをにぎりなおし、片手を伸ばした。時計塔が急速に近づく。

 ビバリーが見えた。窓わくにすわり、うしろにのけぞり倒れるような体勢。足は彼氏が支えていた。無茶だ。ぶつかれば、ビバリーも落ちる。

 さらに近づく。必死の形相で足をにぎる彼氏の顔が見えた。ビバリーが、なにか叫んでいる。距離がつまる。

「ジャニス!」

 聞こえた。わたしの名。互いにいっぱい、手を伸ばす。少し遠い!

 わたしはハシゴを蹴って飛んだ。両手でガラスの靴をつかむ。締めつけたウエストに衝撃が走り、逆さ吊りの状態になった。スカートの裾から腰までが、ぴんと引っぱられている。ハシゴに引っかかっているスカートから、みしみしと音が聞こえた。

 逆さ吊りの状態から、上手く体を起こせない。スカートに右足を巻きつけ、足の力で引っぱる。また破れる音がした。もうもたない。急いで手を伸ばす。

 片手がハシゴに触れた。しっかりとにぎる。ハシゴのあいだに空いている左足を入れ、膝の裏で、はさんだ。その左足にガラスの靴をはめる。これで両手が自由だ。力まかせにスカートを引っぱる。ハシゴに引っかかっていたすそが、破れて取れた。

 何度目かの鐘が鳴った。さきほどのあいだに何回か鳴っていたような気がする。

 ヘリコプターが急旋回した。ふり落とされそうになり、とっさにハシゴをつかむ。そこから慎重に身体を移動させた。

 ハシゴの一番下にぶらさがる。両足を宙に浮かせた。北の塔、最上階の大きなステンドグラスが迫ってくる。ガラスの靴を履いた足の裏を身体の前に突き出した。

 鐘の音。最後なのか、その前なのか。

 ぶつかる。衝撃に目の前が白くなった。ステンドグラスの破片が身体に刺さる。

 わたしは、手をはなした。



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