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第六章

第43話 キューカンバーサンド

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 ティーサンド。わたしの住む地域では、あまり作らないサンドイッチだ。

「今日は、時間がありません。キュウリとハムの二つだけにしましょう」

 前メイド長ドロシーの言葉に、わたしはうなずいた。食材を確認する。用意されたパンは薄い。わたしは親指を当てて薄さをおぼえた。ちょうど爪の半分か。

「キュウリの下ごしらえが、一番時間がかかりますよ」

 ドロシーがキュウリの乗ったカゴを出した。これも農夫バートランドが作った作物だろう。ほんとにふぞろい。そのキュウリを三つのグループに分けた。どうして分けたのかと一瞬考えた。そうか、太さね!

 ドロシー自ら両端を切り、半分にしてスライスにしていく。思わず、そのナイフ使いに見惚れる。反対側から若手のビバリーも、前メイド長の手元を見つめていた。

 ドロシーは、一つのグループから三本ほどを切った。数枚の皿をだし、さらに大きさで選り分ける。わたしは思わず腕を組んだ。わたしがトマトとアボガドのサンドを作る時も、大きさと形はなるべくそろえる。それでも、ここまで徹底してはいない。

 選り分けられたキュウリのスライスには、塩コショウとワインビネガーがふられた。

「カーラ、パンにバターを塗ってもらえますか」

 バターを塗るぐらいなら、わたしにもできる。

「ジャニス、ではキュウリを切ってくださる?」

 そうか。わたしと料理するのは、これが最後だ。ドロシーが、いま伝えたいのは、キュウリの切り方なのね。

「切ります!」

 わたしはナイフを持って、まな板にむかった。ふう、と一呼吸する。まちがいなく、いま、人生で一番緊張してキュウリを切る!

 ドロシーの倍の時間をかけて、一本をスライスにした。

「どんどん切っていきましょう」

 ドロシーにうながされ、次のキュウリもスライスする。

「少し角度ね」または「持つほうの指を」といった、細かく優しい注意が飛ぶ。

 ドロシーは、さきほどのキュウリを布巾の上にならべた。少しずつずらして、きれいにならべる。まるで手品師がならべたトランプのようだ。

 上にも布巾をかぶせ軽く押さえた。水気を切るためだ。そして形を崩さないようにパンに乗せ、はさむ。もう一つのナイフと、まな板をだし、わたしに言った。

「こちらも切ってもらえますか?」

 わたしはナイフを持ちなおし、キュウリサンドにむかう。

「キュウリの方向と、直角に切ってくださいね」

 ええと。わたしは考えた。これだと、はさまれたキュウリは縦にならんでいる。サンドを九〇度回転させた。耳を落とし、三等分に切る。

「パンの切り方は、ほんとうに上手です」

 わたしは断面を見た。きれいにキュウリが折り重なっている。食べたい! わたしはドロシーを見た。

「どうぞ」

 ドロシーはすべて、お見通しのようだ。

 小さくかじるか? 大きくかじるか? 迷ったすえ、半分ほどを一気に口に入れた。そしてまいった。予想以上に美味しい。

 ほんとに単純なサンドイッチ。味はキュウリとバターそれに塩コショウ。思ったよりバターは、多いのが正解なのか。これはけっこう、バランスが難しいかもしれない。

 ザクザクとした歯ごたえは、キュウリが同じ大きさで、均等にならんでいるからだ。やはり、キュウリの切り方が重要らしい。気合を入れなおし、ナイフを持つ。

「ここの人間以外に、お伝えすることができるとは。人生の最後にも、ご褒美はあるものですね」

 わたしは、キュウリを切ろうとした手を止め、ナイフを置き、ドロシーにむきあった。

「パイ包みも、このサンドも、忘れられません。しっかり自分のものにします」

 前メイド長は微笑んだ。やっぱり上品だ。この微笑みは真似できない。

 そのあとも、ひたすらにキュウリを切った。最後のキュウリサンドを作り、庭へ運ぶ。

 クロスをかけたテーブルの上は、すっかり準備が整っていた。スコーンにショートブレッド、そしてハムサンドとキュウリサンド。飲み物は、紅茶に、ワイン、ブランデーなどがたっぷり。

 あちこちに置かれたドラム缶の焚き火は、予想以上に温かい。寒いどころか、わたしは上着を一枚脱いだ。

 わたしは気づいた。これはある意味で、初日に見た、あの絵。お茶会だ。近くをエルウィンが通ったので聞いてみた。

「エルウィン、この庭で、お茶会は何年ぶりになるの?」
「ああ、あの絵のことを言っているな。あれは願いなのだ」
「願い?」
「あの当時は戦が多い。いつか庭で茶会をするような時がくれば、という願いの絵だ」
「それじゃあ、エルウィンが庭で、お茶会をしたのは?」
「はじめてだ。いいものだな」

 なんとも! 童話のような昔の世界に住みたい、と思うのは今後よそう。
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