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第六章

第40話 庭師と農夫のひみつ

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「ジャニス」

 木の倉庫から出るとエルウィンに呼び止められた。
 
「きみが見せようとしている物が、わかった気がする」

 エルウィンが、わたしを見つめた。

「どうする、このへんにしとく?」
「いや、案内してくれ」

 わたしは、うなずいて、あたりを見まわした。

「スタンリーたち、どこだろう」
「ツワブキの方、じゃねえかな。でっけえ葉っぱだ」

 大工長が、先頭に立って案内してくれた。森の中を歩いていくと、庭師たちがいた。木陰に大きな葉をした草がしげっている。葉は顔が隠せそうなほど大きい。くらべて花は小さかった。タンポポをひとまわり小さくしたような、黄色い花が咲いていた。これがツワブキね。

 庭師たちは、球根を植えているようだった。庭師長のスタンリーが土をはらって、わたしたちの前に立った。

「鹿かイノシシに、スイセンの球根をやられまして」
「アカシカだろう。この前もいた」
「スイセンの球根は毒があるので、いつもは目もくれないのですが、今年はエサが少ないのかもしれません」
「植えなくても、いいのではないか?」

 庭師長は首をふった。

「なるべく、環境を変えたくなくて。なにがどこに影響するのか、わかりません」

 わたしは、エルウィンと庭師長の会話に入った。

「スタンリー、毎年、どのぐらいの球根を植えるの?」
「さあ、正確に数えたことはありませんが、一二〇〇ぐらいでしょうか」
「一二〇〇!」

 若き大工が、びっくりしている。大工長が、そんな若者の肩を叩いた。

「わしらは老朽化との戦いだが、庭師は自然が相手だ。大した野郎どもだよ」
「それを言うなら、私より上がいるかと」

 庭師長はそう言って、みんなを連れて歩きだした。なんだろう? これはわたしの予定にはなかった。

 庭師長に連れられて来たのは、森を抜け、少しひらけたところ。同じ種類の木が、まばらにある。それぞれの木に二つか三つ、真っ赤な果実が残っていた。リンゴだ。

「バートランド!」

 庭師長の呼び声で、木の下にいる前執事を見つけた。わたしたち一団を見て、何事かとかけ寄ってくる。

「どうされました? こんな大勢で」

 昨晩に連絡をしたのは、現役の使用人だけ。偶然いた前執事を、おどろかせてしまったようだ。

 執事のスーツを着たバートランドもいいが、農夫姿もいい。優しさが、にじみ出ているようだった。わたしに、おじいちゃんがいたら、こんな人がいいなと思った。

「バートランドこそ、なにをしていたのだ?」

 エルウィンが、前執事に聞いた。

「いくつかが病気になってまして、この冬を越せるかどうか」

 前執事の言い方は、なんだか人間に対して言っているみたいだ。残っているリンゴを、さわってみた。朽ちているかと思ったが、まだまだ固い。

「これ、もいでもいい?」
「ええどうぞ。鳥のために、何個か残しているだけですから」

 鳥には悪いが、一番美味しそうなリンゴを探した。リンゴは、いくつかの品種を作っているようだ。

 ひときわ小さいリンゴがあった。見たことがない品種だ。もいでみる。服でちょっと拭いて、かじった。うわっ! 声にださず、おどろく。

 話をしているエルウィンや前執事から離れて、うしろにいるメイドたちに近寄る。妹のフローラが一団に追いついていた。娘のモリーを見てくれる人が見つかったようだ。メイド三人を呼んで、こっそり言う。

「これ、食べてみて」

 カーラ姉妹は、わたしの言いたい意味がわかったようだ。カーラがリンゴをかじる。やっぱり姉が最初なのね。

 かじったカーラは目をむいて、わたしを見た。

「市販のものと、まったく違いますね」
「そう、酸味が強くて青々しさもすごい。カーラは、いままでに食べたことは?」
「ないです」

 フローラが姉の手からリンゴをもぎとる。一口かじると、やっぱり目をむいた。次にビバリーへとわたす。ビバリーがリンゴをかじった。

「きゃあ、美味しい!」

 わたしとメイド三人は、集団から離れて考え込んだ。

「これじゃない?」
「間違いなく、これでしょう」
「とんだ秘密がありましたね。材料から、ちがうなんて」
「これ、これってなんです?」
「ジャムよ!」

 ビバリーにむかって、押し殺した三人の声が重なった。わたしは前執事の方に、リンゴを見せた。

「ねえ、これ、なんて品種?」
「それに名前はありません。昔から、ここで栽培しているリンゴです」

 やっぱり。メイド三人と目が合った。一団の前にもどると、庭師長が、前執事に聞いていた。

「種小屋を見せてもらっていいですか?」
「お見せするようなところでは」

 それを聞いたエルウィンが、興味を示して言う。

「ぜひ見たいな。案内してくれるか?」

 前執事、いや、農夫バートランドは、ふしぎそうにしたが首を縦にふり、歩きだした。

「種小屋」と呼ばれた小屋は、思ったより近くだった。ほんとに質素な、小さい木造の小屋だ。それを見たエルウィンが、ぼそりとつぶやいた。

「ここは、たしかパイプ小屋だな」
「パイプ小屋?」

 わたしは聞き返した。

「ああ。使用人たちが、パイプや酒を楽しんでいた小屋だ」
「そうです。祖父の代で、使っていなかったここを、改築させていただきました」

 農夫バートランドはポケットから鍵をだして、入り口の南京錠を外した。中に入って目を見張った。壁という壁に、びっしり引出しが設置されている。薬棚か宝石棚のように引出しは小さい。

「いい腕してやがるな、昔の大工も」

 大工長は、そう言って引出しをなでた。

 農夫が、小さな引出しの一つを引いた。そこから、また小さな紙包みを取りだす。ひらくと種が入っていた。

「さきほど食べられた、リンゴの種です」
「じゃあ、この引出し、すべて種なのね!」

 庭師以外のみんなが、おどろく。

「それなら、野菜の種も保存すればいいのに」

 若きメイドが、ぼそっと呟いた。

「ふぞろいなんですよ、ここの野菜」

 さきほど、貯蔵庫で見た野菜を思いだした。たしかに、ふぞろいだった。

「それは、逆です」

 農夫のかわりに、庭師が答えた。

「種取りを毎年しているから、形がまちまちなんです。買った種であれば、大きさは均等になります」
「えっ、そうなの?」

 思わず、わたしが反応してしまった。庭師は、若いメイドの目を見た。

「なぜだか? わかるね」
「味を変えないため、か」

 メイドではなく、エルウィンが農夫を見つめて言った。農夫バートランドは、うなずく。

「まいったな」

 エルウィンが、上をむいて、ため息をついた。

「僕はとんだ、愚か者の王らしい」

 わたしは、なんと言っていいかわからず、みんなを連れて外に出る。バートランドと別れて、お城にむかった。
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