40 / 53
第六章
第40話 庭師と農夫のひみつ
しおりを挟む
「ジャニス」
木の倉庫から出るとエルウィンに呼び止められた。
「きみが見せようとしている物が、わかった気がする」
エルウィンが、わたしを見つめた。
「どうする、このへんにしとく?」
「いや、案内してくれ」
わたしは、うなずいて、あたりを見まわした。
「スタンリーたち、どこだろう」
「ツワブキの方、じゃねえかな。でっけえ葉っぱだ」
大工長が、先頭に立って案内してくれた。森の中を歩いていくと、庭師たちがいた。木陰に大きな葉をした草がしげっている。葉は顔が隠せそうなほど大きい。くらべて花は小さかった。タンポポをひとまわり小さくしたような、黄色い花が咲いていた。これがツワブキね。
庭師たちは、球根を植えているようだった。庭師長のスタンリーが土をはらって、わたしたちの前に立った。
「鹿かイノシシに、スイセンの球根をやられまして」
「アカシカだろう。この前もいた」
「スイセンの球根は毒があるので、いつもは目もくれないのですが、今年はエサが少ないのかもしれません」
「植えなくても、いいのではないか?」
庭師長は首をふった。
「なるべく、環境を変えたくなくて。なにがどこに影響するのか、わかりません」
わたしは、エルウィンと庭師長の会話に入った。
「スタンリー、毎年、どのぐらいの球根を植えるの?」
「さあ、正確に数えたことはありませんが、一二〇〇ぐらいでしょうか」
「一二〇〇!」
若き大工が、びっくりしている。大工長が、そんな若者の肩を叩いた。
「わしらは老朽化との戦いだが、庭師は自然が相手だ。大した野郎どもだよ」
「それを言うなら、私より上がいるかと」
庭師長はそう言って、みんなを連れて歩きだした。なんだろう? これはわたしの予定にはなかった。
庭師長に連れられて来たのは、森を抜け、少しひらけたところ。同じ種類の木が、まばらにある。それぞれの木に二つか三つ、真っ赤な果実が残っていた。リンゴだ。
「バートランド!」
庭師長の呼び声で、木の下にいる前執事を見つけた。わたしたち一団を見て、何事かとかけ寄ってくる。
「どうされました? こんな大勢で」
昨晩に連絡をしたのは、現役の使用人だけ。偶然いた前執事を、おどろかせてしまったようだ。
執事のスーツを着たバートランドもいいが、農夫姿もいい。優しさが、にじみ出ているようだった。わたしに、おじいちゃんがいたら、こんな人がいいなと思った。
「バートランドこそ、なにをしていたのだ?」
エルウィンが、前執事に聞いた。
「いくつかが病気になってまして、この冬を越せるかどうか」
前執事の言い方は、なんだか人間に対して言っているみたいだ。残っているリンゴを、さわってみた。朽ちているかと思ったが、まだまだ固い。
「これ、もいでもいい?」
「ええどうぞ。鳥のために、何個か残しているだけですから」
鳥には悪いが、一番美味しそうなリンゴを探した。リンゴは、いくつかの品種を作っているようだ。
ひときわ小さいリンゴがあった。見たことがない品種だ。もいでみる。服でちょっと拭いて、かじった。うわっ! 声にださず、おどろく。
話をしているエルウィンや前執事から離れて、うしろにいるメイドたちに近寄る。妹のフローラが一団に追いついていた。娘のモリーを見てくれる人が見つかったようだ。メイド三人を呼んで、こっそり言う。
「これ、食べてみて」
カーラ姉妹は、わたしの言いたい意味がわかったようだ。カーラがリンゴをかじる。やっぱり姉が最初なのね。
かじったカーラは目をむいて、わたしを見た。
「市販のものと、まったく違いますね」
「そう、酸味が強くて青々しさもすごい。カーラは、いままでに食べたことは?」
「ないです」
フローラが姉の手からリンゴをもぎとる。一口かじると、やっぱり目をむいた。次にビバリーへとわたす。ビバリーがリンゴをかじった。
「きゃあ、美味しい!」
わたしとメイド三人は、集団から離れて考え込んだ。
「これじゃない?」
「間違いなく、これでしょう」
「とんだ秘密がありましたね。材料から、ちがうなんて」
「これ、これってなんです?」
「ジャムよ!」
ビバリーにむかって、押し殺した三人の声が重なった。わたしは前執事の方に、リンゴを見せた。
「ねえ、これ、なんて品種?」
「それに名前はありません。昔から、ここで栽培しているリンゴです」
やっぱり。メイド三人と目が合った。一団の前にもどると、庭師長が、前執事に聞いていた。
「種小屋を見せてもらっていいですか?」
「お見せするようなところでは」
それを聞いたエルウィンが、興味を示して言う。
「ぜひ見たいな。案内してくれるか?」
前執事、いや、農夫バートランドは、ふしぎそうにしたが首を縦にふり、歩きだした。
「種小屋」と呼ばれた小屋は、思ったより近くだった。ほんとに質素な、小さい木造の小屋だ。それを見たエルウィンが、ぼそりとつぶやいた。
「ここは、たしかパイプ小屋だな」
「パイプ小屋?」
わたしは聞き返した。
「ああ。使用人たちが、パイプや酒を楽しんでいた小屋だ」
「そうです。祖父の代で、使っていなかったここを、改築させていただきました」
農夫バートランドはポケットから鍵をだして、入り口の南京錠を外した。中に入って目を見張った。壁という壁に、びっしり引出しが設置されている。薬棚か宝石棚のように引出しは小さい。
「いい腕してやがるな、昔の大工も」
大工長は、そう言って引出しをなでた。
農夫が、小さな引出しの一つを引いた。そこから、また小さな紙包みを取りだす。ひらくと種が入っていた。
「さきほど食べられた、リンゴの種です」
「じゃあ、この引出し、すべて種なのね!」
庭師以外のみんなが、おどろく。
「それなら、野菜の種も保存すればいいのに」
若きメイドが、ぼそっと呟いた。
「ふぞろいなんですよ、ここの野菜」
さきほど、貯蔵庫で見た野菜を思いだした。たしかに、ふぞろいだった。
「それは、逆です」
農夫のかわりに、庭師が答えた。
「種取りを毎年しているから、形がまちまちなんです。買った種であれば、大きさは均等になります」
「えっ、そうなの?」
思わず、わたしが反応してしまった。庭師は、若いメイドの目を見た。
「なぜだか? わかるね」
「味を変えないため、か」
メイドではなく、エルウィンが農夫を見つめて言った。農夫バートランドは、うなずく。
「まいったな」
エルウィンが、上をむいて、ため息をついた。
「僕はとんだ、愚か者の王らしい」
わたしは、なんと言っていいかわからず、みんなを連れて外に出る。バートランドと別れて、お城にむかった。
木の倉庫から出るとエルウィンに呼び止められた。
「きみが見せようとしている物が、わかった気がする」
エルウィンが、わたしを見つめた。
「どうする、このへんにしとく?」
「いや、案内してくれ」
わたしは、うなずいて、あたりを見まわした。
「スタンリーたち、どこだろう」
「ツワブキの方、じゃねえかな。でっけえ葉っぱだ」
大工長が、先頭に立って案内してくれた。森の中を歩いていくと、庭師たちがいた。木陰に大きな葉をした草がしげっている。葉は顔が隠せそうなほど大きい。くらべて花は小さかった。タンポポをひとまわり小さくしたような、黄色い花が咲いていた。これがツワブキね。
庭師たちは、球根を植えているようだった。庭師長のスタンリーが土をはらって、わたしたちの前に立った。
「鹿かイノシシに、スイセンの球根をやられまして」
「アカシカだろう。この前もいた」
「スイセンの球根は毒があるので、いつもは目もくれないのですが、今年はエサが少ないのかもしれません」
「植えなくても、いいのではないか?」
庭師長は首をふった。
「なるべく、環境を変えたくなくて。なにがどこに影響するのか、わかりません」
わたしは、エルウィンと庭師長の会話に入った。
「スタンリー、毎年、どのぐらいの球根を植えるの?」
「さあ、正確に数えたことはありませんが、一二〇〇ぐらいでしょうか」
「一二〇〇!」
若き大工が、びっくりしている。大工長が、そんな若者の肩を叩いた。
「わしらは老朽化との戦いだが、庭師は自然が相手だ。大した野郎どもだよ」
「それを言うなら、私より上がいるかと」
庭師長はそう言って、みんなを連れて歩きだした。なんだろう? これはわたしの予定にはなかった。
庭師長に連れられて来たのは、森を抜け、少しひらけたところ。同じ種類の木が、まばらにある。それぞれの木に二つか三つ、真っ赤な果実が残っていた。リンゴだ。
「バートランド!」
庭師長の呼び声で、木の下にいる前執事を見つけた。わたしたち一団を見て、何事かとかけ寄ってくる。
「どうされました? こんな大勢で」
昨晩に連絡をしたのは、現役の使用人だけ。偶然いた前執事を、おどろかせてしまったようだ。
執事のスーツを着たバートランドもいいが、農夫姿もいい。優しさが、にじみ出ているようだった。わたしに、おじいちゃんがいたら、こんな人がいいなと思った。
「バートランドこそ、なにをしていたのだ?」
エルウィンが、前執事に聞いた。
「いくつかが病気になってまして、この冬を越せるかどうか」
前執事の言い方は、なんだか人間に対して言っているみたいだ。残っているリンゴを、さわってみた。朽ちているかと思ったが、まだまだ固い。
「これ、もいでもいい?」
「ええどうぞ。鳥のために、何個か残しているだけですから」
鳥には悪いが、一番美味しそうなリンゴを探した。リンゴは、いくつかの品種を作っているようだ。
ひときわ小さいリンゴがあった。見たことがない品種だ。もいでみる。服でちょっと拭いて、かじった。うわっ! 声にださず、おどろく。
話をしているエルウィンや前執事から離れて、うしろにいるメイドたちに近寄る。妹のフローラが一団に追いついていた。娘のモリーを見てくれる人が見つかったようだ。メイド三人を呼んで、こっそり言う。
「これ、食べてみて」
カーラ姉妹は、わたしの言いたい意味がわかったようだ。カーラがリンゴをかじる。やっぱり姉が最初なのね。
かじったカーラは目をむいて、わたしを見た。
「市販のものと、まったく違いますね」
「そう、酸味が強くて青々しさもすごい。カーラは、いままでに食べたことは?」
「ないです」
フローラが姉の手からリンゴをもぎとる。一口かじると、やっぱり目をむいた。次にビバリーへとわたす。ビバリーがリンゴをかじった。
「きゃあ、美味しい!」
わたしとメイド三人は、集団から離れて考え込んだ。
「これじゃない?」
「間違いなく、これでしょう」
「とんだ秘密がありましたね。材料から、ちがうなんて」
「これ、これってなんです?」
「ジャムよ!」
ビバリーにむかって、押し殺した三人の声が重なった。わたしは前執事の方に、リンゴを見せた。
「ねえ、これ、なんて品種?」
「それに名前はありません。昔から、ここで栽培しているリンゴです」
やっぱり。メイド三人と目が合った。一団の前にもどると、庭師長が、前執事に聞いていた。
「種小屋を見せてもらっていいですか?」
「お見せするようなところでは」
それを聞いたエルウィンが、興味を示して言う。
「ぜひ見たいな。案内してくれるか?」
前執事、いや、農夫バートランドは、ふしぎそうにしたが首を縦にふり、歩きだした。
「種小屋」と呼ばれた小屋は、思ったより近くだった。ほんとに質素な、小さい木造の小屋だ。それを見たエルウィンが、ぼそりとつぶやいた。
「ここは、たしかパイプ小屋だな」
「パイプ小屋?」
わたしは聞き返した。
「ああ。使用人たちが、パイプや酒を楽しんでいた小屋だ」
「そうです。祖父の代で、使っていなかったここを、改築させていただきました」
農夫バートランドはポケットから鍵をだして、入り口の南京錠を外した。中に入って目を見張った。壁という壁に、びっしり引出しが設置されている。薬棚か宝石棚のように引出しは小さい。
「いい腕してやがるな、昔の大工も」
大工長は、そう言って引出しをなでた。
農夫が、小さな引出しの一つを引いた。そこから、また小さな紙包みを取りだす。ひらくと種が入っていた。
「さきほど食べられた、リンゴの種です」
「じゃあ、この引出し、すべて種なのね!」
庭師以外のみんなが、おどろく。
「それなら、野菜の種も保存すればいいのに」
若きメイドが、ぼそっと呟いた。
「ふぞろいなんですよ、ここの野菜」
さきほど、貯蔵庫で見た野菜を思いだした。たしかに、ふぞろいだった。
「それは、逆です」
農夫のかわりに、庭師が答えた。
「種取りを毎年しているから、形がまちまちなんです。買った種であれば、大きさは均等になります」
「えっ、そうなの?」
思わず、わたしが反応してしまった。庭師は、若いメイドの目を見た。
「なぜだか? わかるね」
「味を変えないため、か」
メイドではなく、エルウィンが農夫を見つめて言った。農夫バートランドは、うなずく。
「まいったな」
エルウィンが、上をむいて、ため息をついた。
「僕はとんだ、愚か者の王らしい」
わたしは、なんと言っていいかわからず、みんなを連れて外に出る。バートランドと別れて、お城にむかった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる