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タバサにとって一番幸せだった記憶。

「タバサ、君と婚約したい。絶対に幸せにすると誓う」
「ネヴィル様……!」

政略結婚のためとはいえ、こう言われてしまえばタバサだって嬉しく思うのも当然だった。
貴族同士の婚約は愛のない場合が非常に多く、そこから愛し愛される関係になるケースは多くはない。
それが最初からこう言われてしまえば幸せな将来を思い描いてしまう。
タバサは感動のあまり言葉が出なかった。

それを不安そうに見守るネヴィル。
彼の様子に気付いたタバサは慌てて返事をする。

「喜んでお受けいたします」
「よぉし!」

ネヴィルは喜びのあまりガッツポーズを決めた。
そのような大げさな身振りもタバサにとっては好ましく思えてしまった。

「絶対に幸せにするから」
「期待していますよ」

こうして二人は正式に婚約することになった。
もちろん両者の両親も婚約には大賛成だった。



それから一年も経てば幸せだった頃の記憶が嘘のように思えるほどの冷めた関係になっていた。
ネヴィルはタバサを疎ましく思っているかのように、極力接触を避けるようになった。
もし一緒にいなければならない状況になっても優しい言葉の一つもかけない。
態度だって不機嫌さを隠そうともしない。

そのようなネヴィルにタバサは悲しむばかりだった。

「このままだと結婚式もどうなるか分からないわね……」

一応結婚式の予定もあるが、このまま結婚してしまっていいものかタバサは悩んでいた。
結婚して関係が良い方向へ変わるとは思えない。
このままの関係が一生続くのであれば苦痛だ。
できることなら結婚したくはないと彼女は考えていた。

だが関係が冷えているという理由で婚約破棄はできない。
そのようなことをすれば貴族としての信用を失うからだ。
相手の家だけでなく他の貴族家からもである。
これが浮気でもすれば相手の有責で問題なく婚約破棄できる。

「ネヴィル様も浮気してくれればいいのに……」

思わず本音を漏らしてしまうタバサ。
そんな都合のいいことなど本気で起きるとは信じていない。

「面倒だけど結婚式の打ち合わせに行かないと……」

まだ先のこととはいえ決めることは多い。
タバサは仕方なく準備をし、ネヴィルの邸宅へと向かった。



「ご予定は明日ではありませんでしたか?」

ネヴィルの邸宅に着いたタバサを待っていたのは、出迎えた使用人によるその一言だった。

「いえ、そのはずはありません。ネヴィル様はいらっしゃるのですか?」
「ネヴィル様は……現在来客の対応をしています」
「一言挨拶したいのだけど、よろしいかしら?」
「申し訳ありません、誰とも会わないとのことです」

今日の予定で間違いないとタバサは考えていた。
会いたくないからこのような嘘をついているのかもしれないとタバサは考えると文句の一つでも言いたくなってしまった。
少なくとも在宅であることは間違いない。

「それなら一言挨拶するわ。何もせずに帰ったら何か言われるかもしれないし。いいわよね?」
「……おやめになったほうがよろしいのでは?」
「あなたに迷惑はかけないわ。私が無理矢理通ったことにすればいいじゃない」
「そういうわけには……」

タバサは戸惑う使用人を無視して中へと進んでいった。
目指すはネヴィルの部屋。

だが、部屋に近づくと声が聞こえ、足を止めてしまった。

そのまま慎重に足音を立てないように部屋に近づき、耳を澄ませる。

聞こえてきた声は男女が行為に及んでいるような声だった。
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