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馬蹄橋の七灯篭――『四天王寺ロダンの挨拶』より
その3
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――確か、『東夜楼蘭』と言ったかな。
老人の唾液に濡れた唇が動く。動きながら僅かに開いた隙間から舌が見えた。まるでため込んでいた言葉を喉から滑らかに吐き出す為に。
「それでなぁ、その峠道。明治になると近代化っちゅうことで舗装され始めたんや。そうなると人の往来はより頻繁になり、その峠道だけを担ぐ生業が出来て運送業も出来たりして大層賑わいが出来ていた。だからその田中屋は一気に実入りが増え、段々大所帯になった。なんせ、難波、いやその頃は大阪でええやろう、昔の『大坂』やなくて『大阪』や。それでその道は段々、紀州から大阪に出るのに都合よい通りになり、まぁ昭和になるとやがてバスも通るようになったが、まだまだ明治の頃は馬が主流やった」
佐竹はペンを何も言わず動かす。
「だが、やはり商売と言うのは必然か偶然か分からんが、やはり人が集まればそこで何かが起こるのか誰かが起こすのか分からんが、そうした人の往来の賑やかに目を付けた奴がでてきてなぁ」
佐竹のペンが止まる。止まるペン先が僅かにインクに染まる。
「…目をつけた奴?」
「せや」
(成程…)
佐竹は心の中で相槌を打つ。
そんなもんだろう、商売と言うのは。人が集めればそこには必然として『欲望』が生まれる。
新聞もそうだ。誰かが『知りたい』となる欲求にしたがって情報を売っている。人が集まれば自然横の人が誰か、少し離れたところでは何が起きているのか、相場はそうか等々、人々の『知りたい』は無限だ。
勿論、現代の仕事もそのすべてがそうだろう。
商社、物流、インターネット産業、食品、流通だけではない、いや性風俗さえもそうした『欲望』の上に上手にコントロールされて、金銭が動いている。
兎に角も商売で第一人者といわれる人たちは、そうした『欲望』を自然的発生の様に合理的に纏める先見性を備えているものだ。そうした人を『奴』と含んで佐竹は言ったつもりだ。
「…『奴』ねぇ」
感情と共に漏れた言葉。
老人の唇が開く。佐竹の漏れた言葉を取り込もうと動く舌先と共に。
「そう、その『奴』と言うのが当時その犬鳴山を根城にしていた修験者の『根来動眼』や」
「根来動眼?」
ねごろどうがん、平仮名で速記する。
「そう、犬鳴山があるっていうたやろ。あそこは小角、あぁ「えんのおづぬ」が大峰山に開山して、犬鳴山を含む金剛・和泉山系全体を「葛城」と呼んでなぁ、その中でも犬鳴山は修験道の根本道場となってるんや。そこに紀州生まれの動眼、恐らく根来生まれなんやろ、せやから根来動眼なんちゅう名やったんやろうけど…、そいつがそこで修行していた。修行しながら動眼には修験者としての『験』よりも、人々の欲望の方がはるかに良く見えたのかもしれない。それにあいつには不思議とある『感』が良かったのかもしれんが」
「ある『感』?」
「あぁ、霊感とも言っていいかもしれんが、あいつには或る能力があった」
「能力?」
「せや」
老人が相槌を打つ。
「それは?」
佐竹が問う。
「温泉を探る能力や」
「温泉…」
佐竹の手が僅かに止まった。
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