四天王寺ロダンの冒険

ヒナタウヲ

文字の大きさ
上 下
51 / 106
生首坂――namakubizakaーー『四天王寺ロダンの挨拶』より

その23

しおりを挟む
 23


 陽に焼けた肌に焦燥ともいうべき皺が刻まれている。それが汗の珠となって頬を伝いながら首筋へと伝い落ちて、地面にシャツの襟首に染みた。田中巡査は夕暮れ間際の天王寺の歩道橋を歩いていた。
 再び彼に会うために。
 自分の警らの管轄区で起きた老夫婦の生首事件。その後の捜査でその夫婦が東大阪のN地区に住む夫婦だと分かった。
 夫婦は死亡後、既に二週間以上が過ぎておりその遺体はもはや腐体と言っていいほど損傷が激しく進み、その首筋には無数のカラスが啄んだ跡があった。
 その後の夫婦宅の鑑識や死体解剖等で分かったことは、夫の死因は胴から下は浴槽に浸かっており、浴槽内に水が張ったままであったことから、死因は入浴中に発生した心筋梗塞による水死であった。また婦人の胴から下は寝室に横たわっていた。恐らく彼女自身が重度の認知を患っており、身体等動かすことができない状況であった為、介護人である夫人の急死が招いた脱水症状、および栄養状態の欠乏による衰弱と餓死であった。夫人の首にも同様にカラスの嘴の後があったことから、部屋の開いていてた窓から侵入したカラスが死体を啄んだものと考えられる。
 新聞にはどちらも高齢老人の死という事で大きく取り上げられた。とりわけ昨今の日本の現状を現す、非常に社会的な事件としてメディアに取り上げらた。
 田中巡査は歩きながら手の甲で拭き出る汗を拭った。
 拭いながら見覚えのある角を曲がると、細くなった路地を曲がる。曲がると、そこにドアが見えた。そのドアを開けると地下へ降りる階段がみえた。階段を駆け足で降りると壁に色んな演劇の張り紙がある小さな待合室に入った。丁度、そこに若い女性が居たので巡査は声を掛けた。
「ちょっと、ロダン、ロダン君はいますか?」
 女性は額まで切りそろえた前髪の下から警部をまじまじと見ると「はい、いますが…」と小さく言った。
「ねぇ、すまないが呼んでくれないか。私は田中と言うんだけど、少し急いでいてね」
 巡査の息の切れた慌てて声を訝し気に見ながら女性が奥に入る。巡査は椅子を引き寄せると腰を落とした。珠玉のような汗が額から零れ落ちて来る。それを今度は掌で拭いた。
「やぁ、田中さん」
 その声に振り返る。そこにアフロヘアのTシャツにジーンズ姿のロダンが居た。直ぐに立ちあがると巡査は急くように言った。
「ロダン君、実は…」
 ロダンは軽く手を上げると頷いた。
「ええ、あの件は知っています。だから遅かれ早かれ、田中さんがお見えになるだろうと思っていました」
 ロダンが促す様に巡査の背に手を遣る。
「もう僕は今日、ここでの用事は無いので良ければ音楽でも聞きに行きませんか、静かでいい所があるんです、ピアノの曲を奏でてくれるところがありましてね。そこで互いの話を聞ければと」
 巡査は首を縦に振る。
「いいさ、君に付き合うよ。それにあの話をするなら落ち着ける場所が良い」
 ロダンは小さく頷くと再び奥に入り、リュックを背負って出て来た。
「では、行きましょう。ちょっと先の所にありますから」
 そう言って巡査が降りて来た階段を昇り出したが、階段の途中で不意に振り返ると巡査に言った。
「田中さん…、それで警察は有馬春次を手配されたんでしょうね?彼は目下、あの老夫婦に関連した詐欺罪で逃亡中でしょうから」
 それに一瞬、ぎくりとした巡査はしかし、そこで深く息を吐くと、首を縦に振りながらロダンに言った。
「…どうやら君は既に全てを知っているようだね」
 巡査はその言葉を吐いて、ロダンの後を追った。
 そう、
 自分は今日、恐らく既に彼が知っていることを聞きたくてここに訪れたのだから。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

僕たちは星空の夢をみる

美汐
キャラ文芸
沙耶は夢を見た。――この夢のことを理解してくれるのは、きっと彼らしかいない。 予知夢、霊視能力など、特殊な力を持つ学生が集められた『秋庭学園』。そこに通う生徒たちの織りなす学園青春ミステリー。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

処理中です...