48 / 85
生首坂――namakubizakaーー『四天王寺ロダンの挨拶』より
その20
しおりを挟む
20
ロダンは囁くように、しかしゆっくりと確認するように目の前の老人に話し出す。
「時は終戦直後。その頃、老齢の境に居た三室魔鵬の元に一人の若い芸術家がやって来た。彼は女性を連れ立っていました。女は若く美しかった。何故、彼が三室魔鵬の所に来たのかというと、戦後、彫刻の仕事はありません。美術家にとっては大きな失望の時代だった。その時彼についていた美術商が言ったのでしょう。そこで仕事を学びましょう、きっと高名な先生の所で学べば後学に役立つこともあるはずだと…、
しかし、間違いは一つ、若い芸術家の三室魔鵬に対する見通しの甘さでした。若い頃、精力に溢れ、手あたり次第『女』に手をだした男も既に肉体的に老いており、老境の間際で美術だけに精力を掛けて生きている、なんら、若い女が居ても、昔のように手を出すことは無いだろうと」
「だが人間の肉体は老いても精神は老いないことをこの若い芸術家は知らなかった。ピカソが年老いて尚、より自由に芸術が花開き続けたことを思えば、内なる精神においては肉体の老いなど何らその精神においては影響をせず、むしろ忍び寄る死への歩みがその制限を抑えている理性を失わせてゆくという事を知らなかったし、それが三室魔鵬の内面で連れて来た女を見るにつれて、やがてプラトン哲学の『恋』として爆発していくのを見通せなかった」
「あってはならぬことですが、それが遂に爆発した。そう、いまあなたがおっしゃいましたね。蝉が沢山鳴く暑い日の窯で。奥様は突然押し倒して来た三室魔鵬ともみ合っているうちに、必死で掴んだ『三つ鏡』で三室魔鵬の頭を激しく殴打。悶絶している現場にあなたとあいつが現れた。それでその状況を見たあなたがたは、事情を察し、割れた『三つ鏡』を回収すると、あいつが息も絶え絶えの三室魔鵬の耳元で囁いた…、そうあなたが僕に言ったことをもう一度忠実に言うと…
『先生、この事が分かるとさすがに人間国宝は御見送りになりますよ。いかがです、先生の晩節を汚さないように私が取り計らいます。どうですか?まずは『三つ鏡』は彼に与えなさい。何、将来有望の才能ある若い芸術家に惚れこんだということと、それと彼等のこれからの結婚祝いもかねてと言うこと、彼等に引き渡せば先生の所から割れたこいつが見つかることもない。もし見つかってごらんなさい。宮家も御高覧されたこいつが先生の愛憎劇の為に使われた何て言われたら、人間国宝どころか、以後、美術史上何を言われるかわかりませんよ。何、後はこちらでうまくやりますよ、先生の死後、ずっと先生の名誉を守るためにね』」
「それから先生を病院に連れて行ったあなた達は先生が手当てを受けている時、脳出血を起こしている事を聞いた。これこそ幸いですよ、ここは美術雑誌にも書かれているのですが、『三室魔鵬は創作中に突然の脳出血、まぁくも膜下出血のため、転倒時に頭を強打して病院に連れられ、そこで創作も出来ず、言葉を発することもできず、最後の時間を過ごすことになった』と言われています。その後のあなた達の事は、こうでしたね。
『引き渡された『三つ鏡』は模造品を造り、さも自分が所有していることで、この傷害事件とは無縁の扱いをさせてゆく。仕方ないのは有名な作品であるので時折、誰かが見たいと思う時があるだろう。だからその際は公開させるが、人々に肉眼で知覚できるような距離で見せるようなことはせず、距離を置くこと』まぁ模造品ならあなたほどの彫刻家であれば可能な技だったのでしょう…」
「そしてそれは完璧で数年も誰にも分かられること無く、昭和、平成、令和と来たのですが、ここで一つ落とし穴ができた。それは自分達の老いです。その老いが、自分達に軽率なことをさせてしまった。庭で陰干しをしたということです。若い頃の自分達なら警戒心も強く決してそんなことはしなかったでしょう?しかし、老いでしょうか、それとも油断でしょうか?軽率な事をしてしまった。有り得ないことに庭先にたむろしているカラス達に持ち去られてしまった。慌てたあなたはそこで咄嗟の事だったが妙案を作った、それが生首を詰めた桐箱をカラスに運ばせると言う案です、それでそれは結局のところどうなったかというと、巡り巡って今こうして僕の前に現れたということです。いかがです?Xさん」
ロダンは囁くように、しかしゆっくりと確認するように目の前の老人に話し出す。
「時は終戦直後。その頃、老齢の境に居た三室魔鵬の元に一人の若い芸術家がやって来た。彼は女性を連れ立っていました。女は若く美しかった。何故、彼が三室魔鵬の所に来たのかというと、戦後、彫刻の仕事はありません。美術家にとっては大きな失望の時代だった。その時彼についていた美術商が言ったのでしょう。そこで仕事を学びましょう、きっと高名な先生の所で学べば後学に役立つこともあるはずだと…、
しかし、間違いは一つ、若い芸術家の三室魔鵬に対する見通しの甘さでした。若い頃、精力に溢れ、手あたり次第『女』に手をだした男も既に肉体的に老いており、老境の間際で美術だけに精力を掛けて生きている、なんら、若い女が居ても、昔のように手を出すことは無いだろうと」
「だが人間の肉体は老いても精神は老いないことをこの若い芸術家は知らなかった。ピカソが年老いて尚、より自由に芸術が花開き続けたことを思えば、内なる精神においては肉体の老いなど何らその精神においては影響をせず、むしろ忍び寄る死への歩みがその制限を抑えている理性を失わせてゆくという事を知らなかったし、それが三室魔鵬の内面で連れて来た女を見るにつれて、やがてプラトン哲学の『恋』として爆発していくのを見通せなかった」
「あってはならぬことですが、それが遂に爆発した。そう、いまあなたがおっしゃいましたね。蝉が沢山鳴く暑い日の窯で。奥様は突然押し倒して来た三室魔鵬ともみ合っているうちに、必死で掴んだ『三つ鏡』で三室魔鵬の頭を激しく殴打。悶絶している現場にあなたとあいつが現れた。それでその状況を見たあなたがたは、事情を察し、割れた『三つ鏡』を回収すると、あいつが息も絶え絶えの三室魔鵬の耳元で囁いた…、そうあなたが僕に言ったことをもう一度忠実に言うと…
『先生、この事が分かるとさすがに人間国宝は御見送りになりますよ。いかがです、先生の晩節を汚さないように私が取り計らいます。どうですか?まずは『三つ鏡』は彼に与えなさい。何、将来有望の才能ある若い芸術家に惚れこんだということと、それと彼等のこれからの結婚祝いもかねてと言うこと、彼等に引き渡せば先生の所から割れたこいつが見つかることもない。もし見つかってごらんなさい。宮家も御高覧されたこいつが先生の愛憎劇の為に使われた何て言われたら、人間国宝どころか、以後、美術史上何を言われるかわかりませんよ。何、後はこちらでうまくやりますよ、先生の死後、ずっと先生の名誉を守るためにね』」
「それから先生を病院に連れて行ったあなた達は先生が手当てを受けている時、脳出血を起こしている事を聞いた。これこそ幸いですよ、ここは美術雑誌にも書かれているのですが、『三室魔鵬は創作中に突然の脳出血、まぁくも膜下出血のため、転倒時に頭を強打して病院に連れられ、そこで創作も出来ず、言葉を発することもできず、最後の時間を過ごすことになった』と言われています。その後のあなた達の事は、こうでしたね。
『引き渡された『三つ鏡』は模造品を造り、さも自分が所有していることで、この傷害事件とは無縁の扱いをさせてゆく。仕方ないのは有名な作品であるので時折、誰かが見たいと思う時があるだろう。だからその際は公開させるが、人々に肉眼で知覚できるような距離で見せるようなことはせず、距離を置くこと』まぁ模造品ならあなたほどの彫刻家であれば可能な技だったのでしょう…」
「そしてそれは完璧で数年も誰にも分かられること無く、昭和、平成、令和と来たのですが、ここで一つ落とし穴ができた。それは自分達の老いです。その老いが、自分達に軽率なことをさせてしまった。庭で陰干しをしたということです。若い頃の自分達なら警戒心も強く決してそんなことはしなかったでしょう?しかし、老いでしょうか、それとも油断でしょうか?軽率な事をしてしまった。有り得ないことに庭先にたむろしているカラス達に持ち去られてしまった。慌てたあなたはそこで咄嗟の事だったが妙案を作った、それが生首を詰めた桐箱をカラスに運ばせると言う案です、それでそれは結局のところどうなったかというと、巡り巡って今こうして僕の前に現れたということです。いかがです?Xさん」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
孤独な銀弾は、冷たい陽だまりに焦がれて
霖しのぐ
キャラ文芸
ある目的を果たすためにだけ生きていた主人公〈空木櫂人/うつぎ・かいと〉は、毎日通うスーパーで顔を合わせる女性〈伊吹澪/いぶき・みお〉のことをなんとなく気にしていた。
ある日の夜、暗がりで男性と揉めていた澪を助けた櫂人は、その礼にと彼女の家に招かれ、彼女のとんでもない秘密を知ってしまう。しかし、櫂人もまた澪には話すことのできない秘密を持っていた。
人を喰らう吸血鬼と、それを討つ処刑人。決して交わってはならない二人が、お互いに正体を隠したまま絆を深め、しだいに惹かれあっていく。
しかし、とうとうその関係も限界を迎える時が来た。追い詰められてしまった中で、気持ちが通じ合った二人が迎える結末とは?
御神楽《怪奇》探偵事務所
姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ
※変態イケメン執事がもれなくついてきます※
怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ
主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
秋物語り
武者走走九郎or大橋むつお
キャラ文芸
去年、一学期の終業式、亜紀は担任の江角に進路相談に行く。
明日から始まる夏休み、少しでも自分の目標を持ちたかったから。
なんとなく夏休みを過ごせるほどには子供ではなくなったし、狩にも担任、相談すれば親身になってくれると思った。
でも、江角は午後から年休を取って海外旅行に行くために気もそぞろな返事しかしてくれない。
「国外逃亡でもするんですか?」
冗談半分に出た皮肉をまっとうに受け「亜紀に言われる筋合いはないわよ。個人旅行だけど休暇の届けも出してるんだから!」と切り返す江角。
かろうじて残っていた学校への信頼感が音を立てて崩れた。
それからの一年間の亜紀と友人たちの軌跡を追う。
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
横浜で空に一番近いカフェ
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。
転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。
最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。
新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒やしのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
恋してVtuver 〜バーチャルに恋して〜
ウシップ
キャラ文芸
埼玉県坂戸市を舞台に、坂戸市ご当地V tuverとそのマネージャーの成長物語
妻に不倫され、さらに無職になり絶望の淵に立たされた男が1人の女性に助けられた。
その女性は坂戸市のご当地vtuverとして活動している。
男は馴染みのマスターから、雇うかわりにある条件を出される‥
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる