四天王寺ロダンの冒険

ヒナタウヲ

文字の大きさ
上 下
34 / 106
生首坂――namakubizakaーー『四天王寺ロダンの挨拶』より

その6

しおりを挟む
 6


 田中巡査と四天王寺ロダンは演劇場を後にすると近くの小さな喫茶店に入った。室内は昭和の感じがする調度品が並びそれだけでなく物言わぬ老婆が何とも過ぎ去った時代を感じさせる。二人は老婆にアイスコーヒーを頼むと革の椅子に腰掛けて、先程の話の続きを始めようと互いの顔を見る。
 まず沈黙を破り切り出したのは田中巡査だった。彼の手にはペンが握られていた。
「…それで、事件と言うのは…?」
 手を揉む様にしながらロダンを見つめる。
「ええ、でもその前に田中さんと出会った前日の事をお話ししましょう」
 そのタイミングで老婆が二つのグラスを持ってきた。置かれたグラスにストローを差し込むとロダンはゆっくりとアイスコーヒーを吸い込んだ。
「…前日ですね。僕はあの石段の上の方で同じように稽古をしていました。するとカラスがガァガァ鳴いて騒いでるもんですからろくに練習ができない。集中も切れちゃいますしね。しかしですよ…、異常なくらい何か騒々しい。だから何だろうと思って階段を下ったんです…」
 田中巡査がポケットから小さなメモを取り出す。取り出すといつもしているようにペンを走らせる。
「下ると、ほらあの楠に枝が伸びて木々の葉が鬱蒼としているでしょう。ちょうど大きな木陰ですが…なんかよく目を凝らすと何かが引っかかっている。それでですね、僕は楠の幹に上り…、まぁその後は田中さんが見られたとおりの動作を瓜二つですね、枝をゆさゆさと揺らして、そいつを段々と自分の方に近づけて…最後は飛び上がって取ったんですよ」
 そう言って桐箱を叩く。
「飛び上がって取れてよかったね。出なけりゃ、落ちて割れてただろうから…」
 感心するように田中巡査が頷く。
「そうなんですよ。たまたまでしたけど…」
 ロダンがストローに唇を持って行き、アイスコーヒーを啜る。
「それで続きだけど…、事件と言うのは?」
「ええ…それですね」
 ストローから唇を離し、グラスの中をくるくると回す。
「僕が田中さんに会ったのはその翌日なんです。それも時間はほぼ僕がこの九谷焼を見つけたのと同じ時間でした」
「同じ時間だった…?」
「ええ、全く同じ時間に僕はまさに同じく似た桐箱に対して同じことをしていたんです」
 ロダンが腕を揺れ動かす。それは木の枝を揺れ動かしているときの動作だった。
「そうか…私はその日の前日、府警本部に行っていたからね。あの付近の警らには出ていたんかったんだ」
「そうでしたか。それでですね、僕は始めこの桐箱を見つけた時、不思議に思ったんですよ…だって全く同じ時間に同じような桐箱が楠に引っかかっている。これってあまりにも偶然にしちゃどこかおかしくないかってね」
 うん、と頷いて田中巡査はペンを止める。
「確かに…確かに同じことが二日も続けばそう考えるだろうね」
「ですよね。田中さんは初めてだからそう思われなくて当然ですが、当の僕に取っちゃ奇妙極まりないことなんですよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美
キャラ文芸
才能ある者が地下へ落とされる。 歪つな世界の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

片翅の火蝶 ▽半端者と蔑まれていた蝶が、蝋燭頭の旦那様に溺愛されるようです▽

偽月
キャラ文芸
  「――きっと、姉様の代わりにお役目を果たします」  大火々本帝国《だいかがほんていこく》。通称、火ノ本。  八千年の歴史を誇る、この国では火山を神として崇め、火を祀っている。国に伝わる火の神の伝承では、神の怒り……噴火を鎮めるため一人の女が火口に身を投じたと言う。  人々は蝶の痣を背負った一族の女を【火蝶《かちょう》】と呼び、火の神の巫女になった女の功績を讃え、祀る事にした。再び火山が噴火する日に備えて。  火縄八重《ひなわ やえ》は片翅分の痣しか持たない半端者。日々、お蚕様の世話に心血を注ぎ、絹糸を紡いできた十八歳の生娘。全ては自身に向けられる差別的な視線に耐える為に。  八重は火蝶の本家である火焚家の長男・火焚太蝋《ほたき たろう》に嫁ぐ日を迎えた。  火蝶の巫女となった姉・千重の代わりに。  蝶の翅の痣を背負う女と蝋燭頭の軍人が織りなす大正ロマンスファンタジー。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

僕たちは星空の夢をみる

美汐
キャラ文芸
沙耶は夢を見た。――この夢のことを理解してくれるのは、きっと彼らしかいない。 予知夢、霊視能力など、特殊な力を持つ学生が集められた『秋庭学園』。そこに通う生徒たちの織りなす学園青春ミステリー。

処理中です...