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生首坂――namakubizakaーー『四天王寺ロダンの挨拶』より
その4
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4
「おい!!君。そこで何をしている!!」
田中巡査の怒号に揺れていた枝がぴたりと止まった。
「おい!!君!!」
再び怒号が響く。
すると楠の枝から声がした。
「いやぁ、特に何もしちゃいませんぜぇ」
どこか間延びするような声がした。若い男の声だった。
二十代だろうか、田中巡査は思った。
「いいから、降りなさい。ここは私有地だぞ。君がそんな危険なことして、下の祠に何かったらどうするんだ?」
諭す様に田中巡査が言う。
その言葉に対する反省でもしているのか、枝につかまっている男は何も言わない。
(やれやれ…、この暑さで少し頭でもおかしくなったか)
本当にそう思いたくなった。木につかまるにはあまりにもその姿は不憫に思えた。
なんせ、着流しのような浴衣なのである。まるで時代劇にでも出て来る素浪人のような、腿から下着が丸見えなのである。
「おい、早く降りなさい!!」
注意を促す様に鋭く言うと男は降りて来るものかと思いきや、逆に木をよじ登ろうとする。
それを見て、田中巡査は気を荒げ、思わず関西弁で言い放った。
「おい!!何してるんや!!はよ、降りんかい!!」
しかし男は聞かず、木を登りやがて枝に手を伸ばした。その時、木の隙間から僅かに顔が覗いた。やはり見立ての通り若い男だった。髪の毛はゴワゴワと言ったが、アフロヘアであるのが分かる。それも縮れ毛である。
まるでマッチ棒みたいだった。
そのマッチ棒が楠を芋虫みたいに這っている。
(この芋野郎!!)
思わず怒声を放とうとした時、男が大きく楠の枝を揺らした。
「警官さん!!それ…拾ってください!!」
(何っ!?)
田中巡査は揺れる楠の枝を見た。すると揺れる枝から何かが落ちて来た。それも自分に向かって一直線に。
慌ててそれを両手で受け取ると田中巡査は手にのしかかる重さを感じた。見ればそれは桐箱に入った四角い箱だった。箱は丁寧に白と紫の組み紐で箱がばれない様に結んである。
(な、何じゃこれは??)
そう思っていると、突然ドスンという音がした。
見ればその場所に飛び降りたのか、浴衣姿に下駄の男が立っている。
しかし足を痛めたのか、少しだけ足を引きずる様に自分に歩み寄った。
「ナイスキャッチです。警官さん」
「君は一体、あそこで何をしてたんだ!!」
田中巡査の感情の籠った質問にアフロヘアの若者は桐箱を指差す。
「いえね。こいつです。こいつが枝に引っかかっていたのが分かったので、取ろうとしていたのですよ」
「こいつを…だって?」
桐箱を叩く。
「聞くが、これは君のものか?」
「違います」
男が髪の毛を掻く。
「じゃぁ、君はこれを盗むつもりだったのか?」
この質問に慌てふためいて男が言った。
「いやいや、とんでもない。落ちて拾って中身を確認したら、この先の交番に届けるつもりでした」
「本当か?」
「本当です」
男が即答する。
「その交番勤務しているのは私だ」
言うや田中巡査は組み紐をほどき始めた。
「いいか、今から君の前でこの落とし物を開ける。開けたら君が警察に届けなさい。いいね?」
「えー!!」と軽い奇声を上げて男が巡査を見た。
田中巡査は男を無視して、紐をするすると音を立てながら解いた。
「ほら、君。持ちなさい」
言ってから男に桐箱を持たせると、それをゆっくり慎重に上に引いた。
「いいな。こいつは君の持ち物だ…。もし見つからなければ君の物になるからな。それに思うが…もしかしたらこんな桐箱に入ってるんだ、美術の名品かもしれんぞ…」
最後はどこか底が意地悪そうな声が響き、するりと上箱が抜けた。
抜けて、二人が中身を見た。
しかしその中に有ったのは名品何て物ではなかった。
思わず、田名巡査は声無く尻もちをついてしまった。
男はというと唯呆然と驚愕の表情でそれを見つめていた。
そう、
そこに有ったのは
男の生首だったからである。
「おい!!君。そこで何をしている!!」
田中巡査の怒号に揺れていた枝がぴたりと止まった。
「おい!!君!!」
再び怒号が響く。
すると楠の枝から声がした。
「いやぁ、特に何もしちゃいませんぜぇ」
どこか間延びするような声がした。若い男の声だった。
二十代だろうか、田中巡査は思った。
「いいから、降りなさい。ここは私有地だぞ。君がそんな危険なことして、下の祠に何かったらどうするんだ?」
諭す様に田中巡査が言う。
その言葉に対する反省でもしているのか、枝につかまっている男は何も言わない。
(やれやれ…、この暑さで少し頭でもおかしくなったか)
本当にそう思いたくなった。木につかまるにはあまりにもその姿は不憫に思えた。
なんせ、着流しのような浴衣なのである。まるで時代劇にでも出て来る素浪人のような、腿から下着が丸見えなのである。
「おい、早く降りなさい!!」
注意を促す様に鋭く言うと男は降りて来るものかと思いきや、逆に木をよじ登ろうとする。
それを見て、田中巡査は気を荒げ、思わず関西弁で言い放った。
「おい!!何してるんや!!はよ、降りんかい!!」
しかし男は聞かず、木を登りやがて枝に手を伸ばした。その時、木の隙間から僅かに顔が覗いた。やはり見立ての通り若い男だった。髪の毛はゴワゴワと言ったが、アフロヘアであるのが分かる。それも縮れ毛である。
まるでマッチ棒みたいだった。
そのマッチ棒が楠を芋虫みたいに這っている。
(この芋野郎!!)
思わず怒声を放とうとした時、男が大きく楠の枝を揺らした。
「警官さん!!それ…拾ってください!!」
(何っ!?)
田中巡査は揺れる楠の枝を見た。すると揺れる枝から何かが落ちて来た。それも自分に向かって一直線に。
慌ててそれを両手で受け取ると田中巡査は手にのしかかる重さを感じた。見ればそれは桐箱に入った四角い箱だった。箱は丁寧に白と紫の組み紐で箱がばれない様に結んである。
(な、何じゃこれは??)
そう思っていると、突然ドスンという音がした。
見ればその場所に飛び降りたのか、浴衣姿に下駄の男が立っている。
しかし足を痛めたのか、少しだけ足を引きずる様に自分に歩み寄った。
「ナイスキャッチです。警官さん」
「君は一体、あそこで何をしてたんだ!!」
田中巡査の感情の籠った質問にアフロヘアの若者は桐箱を指差す。
「いえね。こいつです。こいつが枝に引っかかっていたのが分かったので、取ろうとしていたのですよ」
「こいつを…だって?」
桐箱を叩く。
「聞くが、これは君のものか?」
「違います」
男が髪の毛を掻く。
「じゃぁ、君はこれを盗むつもりだったのか?」
この質問に慌てふためいて男が言った。
「いやいや、とんでもない。落ちて拾って中身を確認したら、この先の交番に届けるつもりでした」
「本当か?」
「本当です」
男が即答する。
「その交番勤務しているのは私だ」
言うや田中巡査は組み紐をほどき始めた。
「いいか、今から君の前でこの落とし物を開ける。開けたら君が警察に届けなさい。いいね?」
「えー!!」と軽い奇声を上げて男が巡査を見た。
田中巡査は男を無視して、紐をするすると音を立てながら解いた。
「ほら、君。持ちなさい」
言ってから男に桐箱を持たせると、それをゆっくり慎重に上に引いた。
「いいな。こいつは君の持ち物だ…。もし見つからなければ君の物になるからな。それに思うが…もしかしたらこんな桐箱に入ってるんだ、美術の名品かもしれんぞ…」
最後はどこか底が意地悪そうな声が響き、するりと上箱が抜けた。
抜けて、二人が中身を見た。
しかしその中に有ったのは名品何て物ではなかった。
思わず、田名巡査は声無く尻もちをついてしまった。
男はというと唯呆然と驚愕の表情でそれを見つめていた。
そう、
そこに有ったのは
男の生首だったからである。
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