四天王寺ロダンの冒険

ヒナタウヲ

文字の大きさ
上 下
14 / 85
四天王寺ロダンの足音がする『四天王寺ロダンの挨拶』より

その14

しおりを挟む
(14)


「ロダン君…、それで口座の残高を確認できたのかい?」 
 言うと彼はまた中腰になってポケットから四つ折りにした紙を出した。
 それを丁寧に畳の上で広げると僕に向かって言った。
「ええ…残金確認できたんですよ。金額は1,381円」
「1,381円?」
「ですね」
「何だいそれは…」
 僕はうーんと呟く。呟きに応えるように彼が言う。
「いやぁ本当に全くわかりませんよね。しかしながら、残金があると言うことはおそらく内縁の妻である『女』は、守銭奴らしからぬところがあっても、結局、通帳を再発行することもなく、そのまま残金を手につけなかったということだけははっきりしたわけです」
「と、いうことだよね…」
 ロダンが頷く。
「まぁ通帳を再発行して記帳でもすれば、X氏が言うように不倫相手の名前が分かると言うことなんですよねぇ」
「でもどういう風に振り込めば名前が分かるかなんて、そんなこと君さぁ、いくらなんでも直ぐに思いつくかい?」
 僕は彼を見ながら言う。
 彼は僕の視線を避けるようにして手元にビールを引き寄せグラスになみなみと注ぐ。それからそれをぐいっと喉に流す。
 喉が動いて、やがてそれが止ると彼はイカのあたりめを手に取り「そこです」と言った。
「そこなんです…田中さん。そこまで来ると僕はあの銀行のカード番号が『3460(さんしろう)』の宛て数字だった事と、この数字も何か関連して意味があるのではないかと思いましてね…」
 黙って彼の話を聞いている。月が窓辺に見える。
 それは輝いている。
 僕等の頭上で。
「つまり…この残高も何かそうした意味ありげということかい?」
 僕の質問に彼がイカのあたりめを口に加えてクチャと音を鳴らした。 
「そう仮定したとします。それで言いますが、じゃぁこの残高の数字は何の名前を仮定したということになりますよね」
「その通りだけど…」
 僕も手元にビールを引き寄せて缶を開ける。音がして泡がこぼれ出てくるのをグラスでこぼさないように注いでいく。
 彼は『三四郎』開く。
「ここでその謎を解くヒントがこの『三四郎』にありましたね。確か195ページです。あっ…あった、有った。こうですよ。
 ――預金通帳は焼き捨てました。
 銀行のカード番号はこの本のどこかに分かるようにしてあります。
 やはり妻に感づかれるのが恐ろしい。
 あの女は預金通帳を再発行するかもしれないが、数回に分けられた入金額の意味を内縁の妻であるお前がわかるか、今の私では分からない。これは賭けでもある」
 そこまで言うと彼は辺りを見回して何か床に転がっているものを見つけると手早くそれに手を伸ばして、先程の四つ折りの紙を丁寧に伸ばした。
「つまりですよ。通帳は足し算とか引き算できますよね。足し算は「振り込み」引き算は「引き出し」ですね、でもX氏は引き出しをなんかしちゃいない。それは書いてます。つまり振り込みを数回しただけですよね。そこでですが…もし田中さんが『三四郎』と言う名前をゲームのように分かりやすく相手に銀行の通帳機能を使って暗号のように伝えようとすればどうしますか?」
 話題の中で唐突に僕への質問がされて、口元に引き寄せたビールをそのままにして動くことができず、彼を見た。
「あ、これはすません。そいつを飲んでから答えてもらいましょう」
 彼が笑う。
 僕は一気にビールを飲み干すとグラスを畳の上に置き、腕を組んだ。
 それから数秒、何も言わず無言でいたが、やがて「そうだねぇ…」と呟くと彼に言った。
「まぁ、こうなのはどうだろう。僕なら一回で振り込むよ。3,460円。そうすれば通帳にその数字が印刷されるだろう。それで…よ…」
 言いながら最後の方になると彼が真面目な表情で僕を見ているので、思わず言葉が途切れそうになった。
 そう彼は凄く深い眼差しで僕を見ているのである。
 それから彼はゆっくりと深い眼差しをゆっくりと笑顔にして拍手をしながら言った。
「いやぁ、田中さん、ご名答。まるで事実を知っている犯人みたいな素晴らしい明快な回答です。まさしく、そうなんです。田中さん、それがこの数字の答えなんです」
 僕は眼を丸くして、彼に言う。
「えっ!じゃぁ君はこれも解いたって言いうのかい?」
 彼は鼻下を拭いて、「です」と短く言った。
 驚きで僕はのけぞった。
「何ちゅうこった…」
 感嘆する。
「それでどういう風に解いたの?」
 彼は僕の言葉を聞くなりアフロヘアを揺らし、畳の上で紙に鉛筆を走らせた。
 それは三桁の数字で上下二段に並べて、こう書かれていた。

 ――461

 ――920

 それを見て僕は言う。
「何だい…これは」
 彼が顔を上げる。
「田中さん、ほら、『三四郎』に丸囲みされていた数字覚えていますか?」
「ああ、あの数字だね。あれは確か…19、46、20…」
 言いながら僕はぎょっとする。目だけをぎょろりと動かす。
 紙の上に書かれた三桁の数字を見る。
「じゃぁ…あの数字がここでも?」
 彼が頷く。
「そうなんですよ。でもこの謎が解けるまで丸二日かかりました。何となくそこまでわかって1,381円を逆算しながらどんな数字を当てはめればその振り込みが何かの当て数字になるのかを、頭がキンキンに破裂しそうになるのを抑えながら幾通りも考えたのですからねぇ」
「すごいよ、君は。謎が分かったというのだから」
 彼は頷きながら、紙を引き寄せる。
 それからその三桁の数字を愛おしそうに指でなぞる。
「やっと水曜日の晩、悩み悩んだ末に『そうか!』と突然閃いたんです。あの『三四郎』のページの丸囲みはひょっとして銀行のカード番号だけへの誘導だけではなく、この銀行の振込の数字の謎、つまりX氏の妻の不倫相手の名前にも関係しているアナグラムなんではないかとね。それからは簡単でした。分かっているいくつかの数字を並べるだけですから」
「それがこの数字…『461』『920』…」
「そうです」
 言ってから彼は二つの数字の下に横線を引いて、1,381と書いた。
 僕は何も言わず彼を見た。そう彼が答えるべきなのである。何故ならこれは彼が解いたの答えなのだから…
「ですね。二回に分けて振り込まれたんですよ。一回目は『461円』、そして二回目は『920円』…その合計が…」
 彼はあたりめに手を伸ばし、珍しく歯で噛み切ると言った。

「1, 381円です」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

孤独な銀弾は、冷たい陽だまりに焦がれて

霖しのぐ
キャラ文芸
ある目的を果たすためにだけ生きていた主人公〈空木櫂人/うつぎ・かいと〉は、毎日通うスーパーで顔を合わせる女性〈伊吹澪/いぶき・みお〉のことをなんとなく気にしていた。 ある日の夜、暗がりで男性と揉めていた澪を助けた櫂人は、その礼にと彼女の家に招かれ、彼女のとんでもない秘密を知ってしまう。しかし、櫂人もまた澪には話すことのできない秘密を持っていた。 人を喰らう吸血鬼と、それを討つ処刑人。決して交わってはならない二人が、お互いに正体を隠したまま絆を深め、しだいに惹かれあっていく。 しかし、とうとうその関係も限界を迎える時が来た。追い詰められてしまった中で、気持ちが通じ合った二人が迎える結末とは?

御神楽《怪奇》探偵事務所

姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ ※変態イケメン執事がもれなくついてきます※ 怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ 主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ

よんよんまる

如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。 音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。 見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、 クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、 イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。 だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。 お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。 ※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒やしのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。  転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。  最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。  新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー

処理中です...