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四天王寺ロダンの足音がする『四天王寺ロダンの挨拶』より
その11
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(11)
僕は今、彼の部屋にいる。
五月が終わろうとする夜。
彼の部屋の二階から見える格子窓越しに満月が見え、時折、熱を冷ます心地よい夜風が吹いている。
僕はジャケットを畳の上に投げ出し、ネクタイを外して襟元を緩め、彼が下で酒を用意している間、彼がネットから流してくれたクラシックギターを胡坐をかきながら聴いている。
熱くも寒くもない、五月の新緑の季節の心地よい夜。
僕の心を浮つかせる気分にさせる。
月が輝いているのを静かに待つ。
ふと気が付けば『禁じられた遊び』が月の寄る辺に聴こえてきた。
心が規則正しく、いやでもどこかふわふわと浮き沈んで行く。
(いい気分だ…)
思うと、背を伸ばした。めい一杯空気を吸い込む。
「田中さん、すいません。お待たせしました」
そう言って彼が階段下から声をかけて盆にビールとグラス、それと袋に入った量の多いイカのあたりめを載せて現れた。
畳にそれを置くと胡坐をかき、僕を見てはにかみながら、いやぁと言った。
「実は近くの業務スーパーでこのお得用サイズが安く売ってましてね、買っちゃいました。田中さん、粗末なもんですが、今夜はこれをつまみに」
さぁどうぞ、
彼の言葉に僕はグラスを手にする。
彼がグラスを手にしたビールの僕に注ぐ。 グラスに泡がこぼれそうになるまで注ぐと、今度は僕が彼のグラスにビールを注ぐ。
注ぐグラスでの中でビールがコポコポと鳴る。
やがてグラスの縁まで泡が出てくると、後は互いに顔を合わせて、軽く会釈して何も言わず一気に喉に流し込んだ。
そして数秒、
「あぁ良いですね。やっぱ生き返ります!!」
彼が満面の笑みでアフロヘアを揺らす。
「なんせ、あの水かけ地蔵の下の隙間を薄暗闇の中でにらめっこしてたんですからね。喉が渇きますよ」
笑いながら頭を掻く。
「どれくらいにらめっこしてたのさ?」
僕は尋ねながら釣られて笑う。
「ざっと二時間かな」
「えっ、二時間???」
そいつは大変だぁ、
僕が言うと彼は手を伸ばしてあたりめを口に入れる。
それからくちゃくちゃと咀嚼しながら、僕に向かって言った。
「いやねぇ…、だって一番大事なところなんですよ。あの『三四郎』の謎の一番の肝だったんですから…」
彼の言葉に僕は驚く。
「えっ??あの『三四郎』の?」
「そうです」
彼がくちゃくちゃと音を立てながら味を楽しむ様にあたりめを噛む。僕は彼を覗き込む様に言った。
「どういうことさ…、あれがこことどんな関係があるの」
言うと、彼が顔を寄せて来た。
「田中さん、あるってもんじゃないですよ…。ありありも有りすぎる。ここがまさかのあれに書かれていた渦中の場所だったんですよ!!」
言うや彼は縮れ毛を手で掴むと思いっきりアフロヘアを掻きむしる。
「あー、しかし、すごい話だ!!」
僕は驚いたまま、何も言葉が無い。ただ彼が髪を掻きむしるのが終わるのを待つしかなかった。
彼はくしゃくしゃに手を回して十分に髪を掻きなぐると、やがて手を止めたまま僕を見た。それから首をぴしゃりと音を鳴らして叩いた。
それからじっと目を微動だにさせず、僕を見た。その眼差しがどこか暗い。しかし、病んでいるとかいうのではない。
何か悲し気だった。
「田中さん…、こいつはね。本当に奇妙で精緻にできた『事件』でした。かのシェイクスピアでも書けない奇妙な話ですよ」
言ってから彼は手を伸ばして再びあたりめを手に取ると、それを舌で舐めてから僕に言った。
「こいつの話が終わったら、田中さん銭湯にひとっ風呂でも浴びに行きましょうや」
僕は今、彼の部屋にいる。
五月が終わろうとする夜。
彼の部屋の二階から見える格子窓越しに満月が見え、時折、熱を冷ます心地よい夜風が吹いている。
僕はジャケットを畳の上に投げ出し、ネクタイを外して襟元を緩め、彼が下で酒を用意している間、彼がネットから流してくれたクラシックギターを胡坐をかきながら聴いている。
熱くも寒くもない、五月の新緑の季節の心地よい夜。
僕の心を浮つかせる気分にさせる。
月が輝いているのを静かに待つ。
ふと気が付けば『禁じられた遊び』が月の寄る辺に聴こえてきた。
心が規則正しく、いやでもどこかふわふわと浮き沈んで行く。
(いい気分だ…)
思うと、背を伸ばした。めい一杯空気を吸い込む。
「田中さん、すいません。お待たせしました」
そう言って彼が階段下から声をかけて盆にビールとグラス、それと袋に入った量の多いイカのあたりめを載せて現れた。
畳にそれを置くと胡坐をかき、僕を見てはにかみながら、いやぁと言った。
「実は近くの業務スーパーでこのお得用サイズが安く売ってましてね、買っちゃいました。田中さん、粗末なもんですが、今夜はこれをつまみに」
さぁどうぞ、
彼の言葉に僕はグラスを手にする。
彼がグラスを手にしたビールの僕に注ぐ。 グラスに泡がこぼれそうになるまで注ぐと、今度は僕が彼のグラスにビールを注ぐ。
注ぐグラスでの中でビールがコポコポと鳴る。
やがてグラスの縁まで泡が出てくると、後は互いに顔を合わせて、軽く会釈して何も言わず一気に喉に流し込んだ。
そして数秒、
「あぁ良いですね。やっぱ生き返ります!!」
彼が満面の笑みでアフロヘアを揺らす。
「なんせ、あの水かけ地蔵の下の隙間を薄暗闇の中でにらめっこしてたんですからね。喉が渇きますよ」
笑いながら頭を掻く。
「どれくらいにらめっこしてたのさ?」
僕は尋ねながら釣られて笑う。
「ざっと二時間かな」
「えっ、二時間???」
そいつは大変だぁ、
僕が言うと彼は手を伸ばしてあたりめを口に入れる。
それからくちゃくちゃと咀嚼しながら、僕に向かって言った。
「いやねぇ…、だって一番大事なところなんですよ。あの『三四郎』の謎の一番の肝だったんですから…」
彼の言葉に僕は驚く。
「えっ??あの『三四郎』の?」
「そうです」
彼がくちゃくちゃと音を立てながら味を楽しむ様にあたりめを噛む。僕は彼を覗き込む様に言った。
「どういうことさ…、あれがこことどんな関係があるの」
言うと、彼が顔を寄せて来た。
「田中さん、あるってもんじゃないですよ…。ありありも有りすぎる。ここがまさかのあれに書かれていた渦中の場所だったんですよ!!」
言うや彼は縮れ毛を手で掴むと思いっきりアフロヘアを掻きむしる。
「あー、しかし、すごい話だ!!」
僕は驚いたまま、何も言葉が無い。ただ彼が髪を掻きむしるのが終わるのを待つしかなかった。
彼はくしゃくしゃに手を回して十分に髪を掻きなぐると、やがて手を止めたまま僕を見た。それから首をぴしゃりと音を鳴らして叩いた。
それからじっと目を微動だにさせず、僕を見た。その眼差しがどこか暗い。しかし、病んでいるとかいうのではない。
何か悲し気だった。
「田中さん…、こいつはね。本当に奇妙で精緻にできた『事件』でした。かのシェイクスピアでも書けない奇妙な話ですよ」
言ってから彼は手を伸ばして再びあたりめを手に取ると、それを舌で舐めてから僕に言った。
「こいつの話が終わったら、田中さん銭湯にひとっ風呂でも浴びに行きましょうや」
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