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大人のお遊戯でトラウマ克服編
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機密性の高い部屋に私の声が響いたのと同時に、冬馬の体が、糸で引っ張られたみたいに止まった。
苦しげに歪められてもなお整った顔は、そのままゆっくりと私の頸に埋まった。
私が震えているのに気づいたのか、抱きしめる腕が、壊れ物を扱うみたいに優しい。
「―あの日も、こんなつもりじゃなかった。お前が保健室行くの見て…明日で最後と思ったら、勝手に足が動いてた」
冬馬が話す度に、熱い吐息が私の耳にかかる。
「もう会えなくなるのなんて、耐えられなくて」
感情を押さえつけながら発される声が、いつもより低くてゾクゾクする。
「無視すんな、逃げんな、こっち見ろって…ずっと好きだったって言おうとして」
いつの間にか私の体の震えは止まっている。
まだ小刻みに視界が揺れているのは、私を包んでいる冬馬が震えているかららしい。
「それなのに…告白する前に寝言で振られて」
「え…?寝言で振ったって、どういうこと?」
バッと顔を上げた冬馬の顔はさっきと変わらず苦しげだ。
「どーもこーもねえよ。お前あの時寝言ではっきり好きな男の名前呼んだだろ!」
「は?寝言??好きな男???」
「…お前二年の時から江藤のこと好きだっただろ」
「…?江藤…?」
「俺らの一コ上のテニス部の男!」
そこまで言われて、やっと思い出した。
確かにあの日、寝言でその名前を呼んだのが始まりだったのに、今の今まで忘れていた。
江藤先輩は私の初恋の男《ヒト》だ。
テニスが上手くて、成績も優秀で、爽やかでカッコ良い、冬馬とは違ったタイプの人気ある先輩だった。
でも、当時、誰かさんのせいで自分にすっかり自信をなくしていた私は、挨拶もまともにできず、ただ遠くから見ていただけ。
麗ちゃんにすら教えてなかったのに。
「思い出したか」
「や、あの、思い出したけど…何で冬馬が知ってるのよ!?」
「俺がどんだけお前のこと見てたかなんて、いい加減分かってるだろ」
そんなことまで見抜かれていたなんて。
今更ながら、夫の自分への執着っぷりに密かにドン引いた。
そんな私に構うことなく、冬馬の告白は続く。
「それをお前、たった一言、それも寝言で振られて…無性にムカついて、やり切れなくて…お前が俺を見てくれないなら、一生手に入らないなら、恨まれても呪われてもいいから、体だけでも欲しくてあんなー」
そう語る冬馬の声はどんどん小さくなっていったけれど、最後に、はっきりと『悪かった』と言った。
あの日のことについて謝られたのは、月乃リゾート以来だ。
素面な分、ズシンと重みのある言葉に、何て答えたらいいのか分からない。
笑って、「もういいよ」と言えないのは、未だに水に流せてない証拠だ。
しばらく続いた沈黙の後、冬馬が、いつもの強い眼差しで、私をまっすぐ見て言った。
「…でも、俺、前も言ったけど、お前にしたこと、悪いとは思ってるけど、後悔はしてない。お前にとっては最悪で消したい過去でも、俺にとっては初めてお前を抱いた絶対に忘れられない日だから」
一点の曇りもない冬馬の心に浸っていたら、とんでもないことを言い出した。
「あの日、俺に抵抗したときの強気な目も、最後イくとき俺にしがみついた腕も」
「ちょっ!?冬馬!?」
初めてで達してしまったなんて、淫乱だと言われたようなもので、顔から火が出そうになる。
冬馬の口を塞いでしまおうと、伸ばした手は、グッと捕まれ、引き寄せられ。
鼻先が触れそうなほど顔を寄せられて、このセリフ。
「声も、体温も、匂いも、味も、全部、全部覚えてる。今思い出しても超絶愛おしい」
愛おしいだなんて、今まで一度も言われたことはない。
おまけに、あんな、見たことないほど甘い表情をされたら、嫉妬さえしてしまいそうだ。
今まで、惨めで、消したい存在でしかなかった、あの日の自分自身に。
「そういうの…あの場で言って欲しかった」
「ん?」
「好き、とか、い…愛おしいとか…」
自分の言ったセリフを復唱されて、急に恥ずかしくなったらしい。
冬馬はほんの短い間、口元を隠すように手で覆った。
そしてすぐに、何か思いついたように顔を上げ、至極真面目に言った。
「…じゃあ、改めてやり直そうぜ」
「え?もういいよ!またさっきみたいに暴走されたら、本当にトラウマの上書きになっちゃうから!」
「今日だけはどんな恥ずかしいセリフもサービスで言ってやるから」
暴走しないとは断言してくれないのが不安で、
「や、でも」
と、抵抗を続けても、冬馬には通用しない。
「まだ何も解決してねえし、このまま帰れるわけないだろ。ほら、どうして欲しかったのかか言ってみろ」
苦しげに歪められてもなお整った顔は、そのままゆっくりと私の頸に埋まった。
私が震えているのに気づいたのか、抱きしめる腕が、壊れ物を扱うみたいに優しい。
「―あの日も、こんなつもりじゃなかった。お前が保健室行くの見て…明日で最後と思ったら、勝手に足が動いてた」
冬馬が話す度に、熱い吐息が私の耳にかかる。
「もう会えなくなるのなんて、耐えられなくて」
感情を押さえつけながら発される声が、いつもより低くてゾクゾクする。
「無視すんな、逃げんな、こっち見ろって…ずっと好きだったって言おうとして」
いつの間にか私の体の震えは止まっている。
まだ小刻みに視界が揺れているのは、私を包んでいる冬馬が震えているかららしい。
「それなのに…告白する前に寝言で振られて」
「え…?寝言で振ったって、どういうこと?」
バッと顔を上げた冬馬の顔はさっきと変わらず苦しげだ。
「どーもこーもねえよ。お前あの時寝言ではっきり好きな男の名前呼んだだろ!」
「は?寝言??好きな男???」
「…お前二年の時から江藤のこと好きだっただろ」
「…?江藤…?」
「俺らの一コ上のテニス部の男!」
そこまで言われて、やっと思い出した。
確かにあの日、寝言でその名前を呼んだのが始まりだったのに、今の今まで忘れていた。
江藤先輩は私の初恋の男《ヒト》だ。
テニスが上手くて、成績も優秀で、爽やかでカッコ良い、冬馬とは違ったタイプの人気ある先輩だった。
でも、当時、誰かさんのせいで自分にすっかり自信をなくしていた私は、挨拶もまともにできず、ただ遠くから見ていただけ。
麗ちゃんにすら教えてなかったのに。
「思い出したか」
「や、あの、思い出したけど…何で冬馬が知ってるのよ!?」
「俺がどんだけお前のこと見てたかなんて、いい加減分かってるだろ」
そんなことまで見抜かれていたなんて。
今更ながら、夫の自分への執着っぷりに密かにドン引いた。
そんな私に構うことなく、冬馬の告白は続く。
「それをお前、たった一言、それも寝言で振られて…無性にムカついて、やり切れなくて…お前が俺を見てくれないなら、一生手に入らないなら、恨まれても呪われてもいいから、体だけでも欲しくてあんなー」
そう語る冬馬の声はどんどん小さくなっていったけれど、最後に、はっきりと『悪かった』と言った。
あの日のことについて謝られたのは、月乃リゾート以来だ。
素面な分、ズシンと重みのある言葉に、何て答えたらいいのか分からない。
笑って、「もういいよ」と言えないのは、未だに水に流せてない証拠だ。
しばらく続いた沈黙の後、冬馬が、いつもの強い眼差しで、私をまっすぐ見て言った。
「…でも、俺、前も言ったけど、お前にしたこと、悪いとは思ってるけど、後悔はしてない。お前にとっては最悪で消したい過去でも、俺にとっては初めてお前を抱いた絶対に忘れられない日だから」
一点の曇りもない冬馬の心に浸っていたら、とんでもないことを言い出した。
「あの日、俺に抵抗したときの強気な目も、最後イくとき俺にしがみついた腕も」
「ちょっ!?冬馬!?」
初めてで達してしまったなんて、淫乱だと言われたようなもので、顔から火が出そうになる。
冬馬の口を塞いでしまおうと、伸ばした手は、グッと捕まれ、引き寄せられ。
鼻先が触れそうなほど顔を寄せられて、このセリフ。
「声も、体温も、匂いも、味も、全部、全部覚えてる。今思い出しても超絶愛おしい」
愛おしいだなんて、今まで一度も言われたことはない。
おまけに、あんな、見たことないほど甘い表情をされたら、嫉妬さえしてしまいそうだ。
今まで、惨めで、消したい存在でしかなかった、あの日の自分自身に。
「そういうの…あの場で言って欲しかった」
「ん?」
「好き、とか、い…愛おしいとか…」
自分の言ったセリフを復唱されて、急に恥ずかしくなったらしい。
冬馬はほんの短い間、口元を隠すように手で覆った。
そしてすぐに、何か思いついたように顔を上げ、至極真面目に言った。
「…じゃあ、改めてやり直そうぜ」
「え?もういいよ!またさっきみたいに暴走されたら、本当にトラウマの上書きになっちゃうから!」
「今日だけはどんな恥ずかしいセリフもサービスで言ってやるから」
暴走しないとは断言してくれないのが不安で、
「や、でも」
と、抵抗を続けても、冬馬には通用しない。
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