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危険なマタニティーライフ編
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「…お腹の中に居るみたいなんだよね、赤ちゃん」
私を抱きしめる手が一瞬ビクッとした。
「…そうか」
「やっぱり優子さんから連絡あった?」
「…ハッキリ言わなかったけど、バレバレだった」
「でも、まだ決まったわけじゃないから。病院行ってみないと」
「明日行くぞ。つーか不確定でも何か反応があったんならすぐ言えよ。何で俺より都築が先に知ってんだよ。ムカつくっ」
「…喜ぶか怒るかどっちかにしてよ」
「怒ってねーし!!」
見上げると、拗ねたような、でも嬉しそうな顔。
ほら、と渡されたコンビニの袋の中にはノンアルコールビール。
「わー!気がきくっ」
「…お前、しばらく飲めねぇけど大丈夫なわけ?」
「…ちょっとくらいダメなのかなぁ…」
「ダメだろ。酒類全部没収」
「冬馬が飲む?」
「飲むか!」
「見てみたいのになーぐでんぐでんの冬馬」
「俺も止めるから」
「冬馬は元々飲んでないじゃん」
「酒じゃなくてこっち」
ポケットから取り出したのは、タバコの箱。
1日一箱は吸ってたのに。
「三日坊主になっちゃうんじゃない?」
「うっせぇ」
なんて茶化しながらも、かなり嬉しかった。
*
「…冬馬はどっちがいい?」
眠る前、コンビニで仕入れてきたという『た◯ごクラブ』をベッドで読み漁る桐嶋に何の気なしに投げかけた。
「あー…男」
「えっ!?意外…何で?」
「何でって…いーからもう寝ろ。明日病院行くんだろ」
そう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「教えてよー」
「早く寝ないと突っ込むぞ」
「…っ!!赤ちゃんがビックリするじゃん」
「明日そこら辺特にしっかり聞くぞ」
「えー… 冬馬が聞いてよ。恥ずかしい…」
「一緒に行くから任せとけ。ほら、寝ろ。お前が寝ないと腹ん中の卵も寝らんねーかもしれねーぞ」
「いーから。ちゃんと布団に入れ。冷やすな」
薄目の肌掛け布団も最近では暑いくらいなのに。
まだ妊娠したと決まったわけじゃないのに今からこんなのでは先が思いやられるな...と思っていたら、いつの間にか眠っていた。
翌朝平日と同じ時間に起きた。
マタニティ雑誌を入念に読んでいた桐嶋にワンピースを着ていくように言われたので大人しく従った。
桐嶋は診察してもらう病院まで吟味していたらしく、何度も大きな欠伸をしていた。
「冬馬、私一人で行けるよ?最近休んでないんだから今日は家で寝てれば?」
「待ってられるわけねぇだろ。メシ食ったら出るぞ」
******
桐嶋が選んだのは、家から車で15分くらいの個人クリニックだった。院長が女医さんで、完全個室なのと、何かあった時大学病院が近いというのがポイントらしい。
病院なんてどこも同じ思っていた私には、目から鱗だった。
「冬馬、いいお父さんになりそう」
助手席で笑うと、照れたらしく左手で
「見んな」
と、私の目を覆ってきた。
二時間近く待って、例の椅子に座って内診、触診、エコー検査の結果、正式に妊娠していることを告げられた。
白黒のモニターに映る豆粒みたいなものが赤ちゃんだと説明を受けてもピンとこなかったけど、ノイズ混じりの
ドッドッドッドッ
と、規則的に響く心音を聞いてやっと本当に、ここに真新しい命の存在があるんだと実感した。
舞い上がりそうな高揚感の渦中にいる私をよそに、最初は感無量といった感じでモニターを見つめていた桐嶋が、注意事項や気になる点について先生と熱心に話していた。
お会計を済ませると、
「絶対転ぶなよ」
桐嶋は私の腰に手を回したままクリニックから駐車場までの短い距離を歩こうとする。
「や、逆に歩きにくいってば」
そう言うと微妙な顔をして手を離した。
車のロックを解除すると、桐嶋は後部座席のドアを開けて私に乗るようにうながすと、自分も反対側のドアから後部座席に乗り込んだ。
「運転…」
『どうするの』と言い終わる前に、昨日と同じように羽で包み込むように優しく抱きしめられた。
桐嶋は私の肩に顔を埋めたまま、右手だけゆっくり私のお腹に触れるか触れないかくらいの強さで手を当てる。
「…紙切れよりも、指輪よりも、依子が俺のっていう揺るぎない証」
私の耳を擽ぐるのは聞いたことがないくらい穏やかな声。
「とにかく、無事に産んで」
そう言って左手で私の頭を引き寄せて触れるだけのキスをした。
*
初秋に優子さんと都築くんの結婚式に参列した。
お腹の赤ちゃんは、桐嶋の鬱陶しい...じゃなくて過剰とも言える手厚いサポートのお陰で順調に育っている。
少し膨らみが目立ち始めたお腹を隠せるAラインのパーティードレスも桐嶋が準備してくれた。
自分でデザインしたウェディングドレスを着た幸せそうな優子さん。
少し寂しそうな顔をしたお義父さん。
自分の結婚式の時よりも沢山涙が出て、喉が乾いた。
手元のグラスを引き寄せて、口に含もうとすると隣の席から手が延びてきて、ストップがかかる。
「...シャンパンじゃねぇよな?」
「...お水です」
私と桐嶋のやりとりを見てお義母さんが笑いをこらえきれずに、爆笑している。
ビールを注ぎに来た都築くんのご両親は、甲斐甲斐しく私の世話をする桐嶋にビックリして私達の席から動かなくなってしまった。
そんな中話題になるのはやっぱり赤ちゃんの性別で。
親戚や関係者から『どっちが欲しい?』と聞かれると、桐嶋は
「男。男でいい」
の、一点張り。
初期に聞いた時もそう言ってたけど、理由は言わない。
次の検診で性別を教えてもらえることになっているけど、検診日が近づくにつれ桐嶋の様子は落ち着かなくなっていった。
私を抱きしめる手が一瞬ビクッとした。
「…そうか」
「やっぱり優子さんから連絡あった?」
「…ハッキリ言わなかったけど、バレバレだった」
「でも、まだ決まったわけじゃないから。病院行ってみないと」
「明日行くぞ。つーか不確定でも何か反応があったんならすぐ言えよ。何で俺より都築が先に知ってんだよ。ムカつくっ」
「…喜ぶか怒るかどっちかにしてよ」
「怒ってねーし!!」
見上げると、拗ねたような、でも嬉しそうな顔。
ほら、と渡されたコンビニの袋の中にはノンアルコールビール。
「わー!気がきくっ」
「…お前、しばらく飲めねぇけど大丈夫なわけ?」
「…ちょっとくらいダメなのかなぁ…」
「ダメだろ。酒類全部没収」
「冬馬が飲む?」
「飲むか!」
「見てみたいのになーぐでんぐでんの冬馬」
「俺も止めるから」
「冬馬は元々飲んでないじゃん」
「酒じゃなくてこっち」
ポケットから取り出したのは、タバコの箱。
1日一箱は吸ってたのに。
「三日坊主になっちゃうんじゃない?」
「うっせぇ」
なんて茶化しながらも、かなり嬉しかった。
*
「…冬馬はどっちがいい?」
眠る前、コンビニで仕入れてきたという『た◯ごクラブ』をベッドで読み漁る桐嶋に何の気なしに投げかけた。
「あー…男」
「えっ!?意外…何で?」
「何でって…いーからもう寝ろ。明日病院行くんだろ」
そう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「教えてよー」
「早く寝ないと突っ込むぞ」
「…っ!!赤ちゃんがビックリするじゃん」
「明日そこら辺特にしっかり聞くぞ」
「えー… 冬馬が聞いてよ。恥ずかしい…」
「一緒に行くから任せとけ。ほら、寝ろ。お前が寝ないと腹ん中の卵も寝らんねーかもしれねーぞ」
「いーから。ちゃんと布団に入れ。冷やすな」
薄目の肌掛け布団も最近では暑いくらいなのに。
まだ妊娠したと決まったわけじゃないのに今からこんなのでは先が思いやられるな...と思っていたら、いつの間にか眠っていた。
翌朝平日と同じ時間に起きた。
マタニティ雑誌を入念に読んでいた桐嶋にワンピースを着ていくように言われたので大人しく従った。
桐嶋は診察してもらう病院まで吟味していたらしく、何度も大きな欠伸をしていた。
「冬馬、私一人で行けるよ?最近休んでないんだから今日は家で寝てれば?」
「待ってられるわけねぇだろ。メシ食ったら出るぞ」
******
桐嶋が選んだのは、家から車で15分くらいの個人クリニックだった。院長が女医さんで、完全個室なのと、何かあった時大学病院が近いというのがポイントらしい。
病院なんてどこも同じ思っていた私には、目から鱗だった。
「冬馬、いいお父さんになりそう」
助手席で笑うと、照れたらしく左手で
「見んな」
と、私の目を覆ってきた。
二時間近く待って、例の椅子に座って内診、触診、エコー検査の結果、正式に妊娠していることを告げられた。
白黒のモニターに映る豆粒みたいなものが赤ちゃんだと説明を受けてもピンとこなかったけど、ノイズ混じりの
ドッドッドッドッ
と、規則的に響く心音を聞いてやっと本当に、ここに真新しい命の存在があるんだと実感した。
舞い上がりそうな高揚感の渦中にいる私をよそに、最初は感無量といった感じでモニターを見つめていた桐嶋が、注意事項や気になる点について先生と熱心に話していた。
お会計を済ませると、
「絶対転ぶなよ」
桐嶋は私の腰に手を回したままクリニックから駐車場までの短い距離を歩こうとする。
「や、逆に歩きにくいってば」
そう言うと微妙な顔をして手を離した。
車のロックを解除すると、桐嶋は後部座席のドアを開けて私に乗るようにうながすと、自分も反対側のドアから後部座席に乗り込んだ。
「運転…」
『どうするの』と言い終わる前に、昨日と同じように羽で包み込むように優しく抱きしめられた。
桐嶋は私の肩に顔を埋めたまま、右手だけゆっくり私のお腹に触れるか触れないかくらいの強さで手を当てる。
「…紙切れよりも、指輪よりも、依子が俺のっていう揺るぎない証」
私の耳を擽ぐるのは聞いたことがないくらい穏やかな声。
「とにかく、無事に産んで」
そう言って左手で私の頭を引き寄せて触れるだけのキスをした。
*
初秋に優子さんと都築くんの結婚式に参列した。
お腹の赤ちゃんは、桐嶋の鬱陶しい...じゃなくて過剰とも言える手厚いサポートのお陰で順調に育っている。
少し膨らみが目立ち始めたお腹を隠せるAラインのパーティードレスも桐嶋が準備してくれた。
自分でデザインしたウェディングドレスを着た幸せそうな優子さん。
少し寂しそうな顔をしたお義父さん。
自分の結婚式の時よりも沢山涙が出て、喉が乾いた。
手元のグラスを引き寄せて、口に含もうとすると隣の席から手が延びてきて、ストップがかかる。
「...シャンパンじゃねぇよな?」
「...お水です」
私と桐嶋のやりとりを見てお義母さんが笑いをこらえきれずに、爆笑している。
ビールを注ぎに来た都築くんのご両親は、甲斐甲斐しく私の世話をする桐嶋にビックリして私達の席から動かなくなってしまった。
そんな中話題になるのはやっぱり赤ちゃんの性別で。
親戚や関係者から『どっちが欲しい?』と聞かれると、桐嶋は
「男。男でいい」
の、一点張り。
初期に聞いた時もそう言ってたけど、理由は言わない。
次の検診で性別を教えてもらえることになっているけど、検診日が近づくにつれ桐嶋の様子は落ち着かなくなっていった。
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