forgive and forget

恩田璃星

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蜜月京都旅行編

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 初日は金閣寺→銀閣寺→清水寺という王道観光コースを貸切バスで回ることになっている。

 中学の修学旅行もこんなコースだったなと思いながら、ご機嫌で私の隣を陣取るまーくんを横目に当時のことを思い出そうとしてみた。

 そしてあの頃の私がいかに徹底的に桐嶋を無視していたのかを思い知って乾いた笑いが漏れた。

 前回京都に来たとき、私と桐嶋は同じクラスで、こんな風に同じバスに乗っていたはず。
 なのに私の記憶の中に修学旅行の時の桐嶋がいないのだ。


 何で今更そんなことに罪悪感を抱くのか。

 バスの中ではその理由が分からなかった。




 「ヨリ姉?」

 まーくんの呼び掛けでハッとした。

 「ながらスマホは危ないぞ」

 気付けば大地先輩も隣に居て、私を挟んで二人が両隣を歩いている。

 哲学の道を皆でゾロゾロ歩きながらいつの間にかスマホを睨んでいたらしい。

 「依子?何か心配事でもある?全然建物見てなくない?好きだろ?こういうところ」

 確かに道沿いにあるお店や民家は古いものも新しいものも本当に素敵なものが多い。
 だけどどうしても桐嶋から連絡がないのが気になる。

 「…さっきから連絡つかなくて」

 「アイツ?」

 「アイツってヨリ姉の旦那?さっき電話で話してたんじゃないの?」

「そうなんだけど、途中で切れちゃって」

 「ふーん…もしかして依子が居ないのをいいことに、楽しんでるんじゃない?」

 「は!?サイテ―だな。まだ結婚して半年だろ?」

 「真斗先生、俺は「楽しんでる』しか言ってないよ。まぁ、その可能性は十分あるけど」

 そう言って笑った大地先輩の顔が悪魔に見えた。

 「二人とも、勝手に決めつけないで。今向こうは仕事中だし。それに…オマケで来てる私になんて構ってないで、ちゃんと事務所の皆さんと交流深めてくださいよ」

 見ないようにしているけど、実際若手女子事務員さん達の殺意のこもった視線が時々刺さる。

 所長の娘じゃなかったらとっくに嫌がらせ受けてるレベル。

 「事務所旅行は来年もあるけど、ヨリ姉が居るのは今回だけだろ?せっかくなんだから一緒に楽しもう?」

 「いや、ほんとにいいから!」

 二人を振り払うようにして私は歩みを速めた。





 定番観光ルートを満喫した園宮綜合法律事務所御一行のお宿は京都でも屈指の老舗旅館だった。

 「ハアーやっぱり最高だな、純和風!!な、依子!!」

 父はロビーでチェックインの手続きをしている間、柱を舐めそうな勢いで旅館を見回していた。

 あ!うわっ!今本当にちょっと舐めたし!

 他人のフリ他人のフリ。

 無意識にスマホを弄って待っていたら原田さんから部屋割りが発表された。

 弁護士は一人一室与えられる。
 私と同室の子は谷原さんという若手事務職員さんの一人だ。
 緩く巻かれた髪を、これまた緩く纏めていて、見た目は癒し系の美女だった。

 「はじめまして。そのみ…桐嶋依子です」
 「依子さん、よろしくお願いします」

 ニコリと微笑む顔も可愛らしい。

 部屋に入ると、私とは対照的な大掛かりな荷物を丁寧に広げ始めた。

 おぉ!中身も女子力高いっぽい。
 ヘアアイロンに良い香りのボディークリームはもちろん、誰に見せるんだっていうくらい可愛らしいナイトウェアまで出て来た。



 「そんな可愛いの、わざわざ社員旅行に持って来たの?」

と軽い気持ちで聞いてみると

 「だってチャンスってどこに転がってるか分かんないですもん!旅館のロゴの入った浴衣じゃ押せないじゃないですか!!」

と、やたら力の入った返事が返って来た。

 更に。

 「依子さんて結婚されてるんでよね?」

 「あ、うん。一応」

 「結婚されてどれくらいですか?」

 「は、半年くらいかな」

 チラッと私の小さめの旅行鞄に目をやって、

 「…あんまり女をサボってると旦那さんに飽きられちゃわないですか?」

 なんてお言葉を頂いてしまった。

 よくよく見ると、谷原さんは昔桐嶋がはべらせていたタイプの女子だ。

 そんな彼女の言葉は、夕方になっても“旦那さん”に送ったラインに既読の付かない私には予想以上にズンと重くのし掛かった。




 これはもしかするともしかする?

 本当にどっか違うヒトのとこに行っちゃったんだろうか。

 ついさっきまで大地先輩に嫉妬心剥き出しだったのに?

 でもじゃあどうして急にラインにも電話にも反応しなくなったの?

 同じ質問が頭の中に繰り返し浮かんでは消え、折角の豪華懐石料理もほとんど味がしなかった。

 宴会がお開きになった後も部屋に戻る気になれなくて、そのまま大浴場に行っていつもより長めのお風呂。

 からの旅館のロゴ入り浴衣…。
 ほんと、色気ない。
 まぁ良いんだけどね。桐嶋ここにいないし。

 …ここにいない。

 一緒に住み始めてからお互い忙しいながらも毎日側に居たから寂しいのか、私。

 反対を押し切って来たのに全然楽しくないし。
 何しに来たんだろう、私は。

 部屋に戻ったらもう一回電話してみよう。

 そう思って部屋の近くまで来た時、見てはいけないものを見てしまった。



 可愛いナイトウェアに身を包んだ女豹(谷原さん)が獲物を完全に捕えていた。

 しかも獲物…まーくん?

 正確には谷原さんが、さっきの宴会で飲みすぎた様子のまーくんを支えるようにして歩いている。

 助けた方が良いのか迷ってるうちに、女豹の牙は獲物の喉笛に深く穿たれたらしく、もう手遅れのようだった。
 そしてあっという間に二人は私と谷原さんの部屋に消えた。

 弁護士と事務職員のロマンス(?)…これまでも父の事務所で何人か見たなぁ。

 姉としては25にもなって姉ちゃん好きとか言い続けられるよりよっぽどいいや、と思うことにした。

 …とりあえずこれは朝まで出て来ないパターンだな、と仕方なく来た道を戻る。


 ん?


 私、今夜どこで寝るんだ!?




 最悪父の部屋で寝ることにしよう。
 でも、今見たことは言わないようにしないと。
 ダメになった時面倒だし。
 あー、この状況を何て説明しようかな。

 面倒くさっ。

 こんなの飲んでないとやってられなくなって、売店で地酒と京惣菜とお土産用の小さなグラスを買い、ロビーの隅で一人プチ二次会をすることにした。

 高級老舗旅館では似つかわしくない光景なのは重々承知の上だ。

 買ったお酒は微発泡で日本酒なのにフルーティーな味。
 とても飲みやすくて、どんどんイケる。

 一口飲むごとに桐嶋から連絡がないことも、部屋に帰れない言い訳を考えないといけないことも、小さな泡になって弾けていく。

 そんな感覚を夢中で追いかけていると、四合瓶が空になっていた。


 …あー。これは酔ってる。
 立てなくなるうちに父に部屋番号聞かなきゃ。

 そう思ってスマホに手を伸ばした瞬間、スマホが震えた。






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