forgive and forget

恩田璃星

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贈 3

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 「…早過ぎ…しかも生で触ってねぇのに」

 桐嶋がショートパンツから手を抜いた後も、強く圧迫されていた先端はジンジンと脈打ち続けた。

 「最初の時は…ここまで早くなかった」

 桐嶋は、篠原さんと同様に遠慮なく私の不可侵領域に踏み込んだ。

 苛立ちを抑えて


 「何が言いたいの?」


と聞くと、桐嶋は下卑た笑みを浮かべて尋ねた。



 「依子、もしかして一人でスる?」



 質問の意味が分かるまでちょっと時間がかかった。
 そして分かった瞬間、絶頂の余韻は吹き飛んで行った。


 「バカ!サイテー!!信っじらんない!!!」

 「…シない?」

 「っしない!!!」

 …正直全くしないわけじゃない。

 だけど、最近はしてない。する必要ないし。

 こんな…こんな質問されたら何て答えればいいの?
 それ以前に普通彼氏やパートナーってこんなこと聞く!!?


 そんな事で頭がいっぱいで、質問の意図を取り違えていたことに私は気付けなかった。

 「ここまでイきやすくされるって、相当堂本に弄られたんだ?」

 言いながらフツフツと怒りのボルテージを上げているのが伝わってくる。

 「ちょ、ちょっと…!いくら何でもベッドの上で前の人の話はマナー違反じゃない?」

 「あー。やっぱ時間戻ればいーのに。絶対アイツの邪魔してやる」

 「そんなこと言ってたら私何人の邪魔しないといけないのよ…」

 「多過ぎて気になんねぇだろ」

 「自慢するところ?」

 「絶対的な一人が居るのまじムカつくんだよ。くそ、死ね堂本」

 「…そんな事言ったって…意味ない…」

 「分かってるけど言いたくなる」

 急に肩を強く掴まれて、目を見開く。

 「だからお前も言え、依子。どんな言葉でも聞く」




 桐嶋の一言で、波のように行ったり来たりしていた私の感情が爆発した。


 あの日あの場所で味わった屈辱と絶望。


 あの日から続いた悪夢と、抱いた自分自身への嫌悪感。


 篠原さんに与えられて私に与えられなかったものへの羨望と憤懣。



 自分の中にある負の語彙の引き出しを片っ端から開け散らかして桐嶋を罵り、なじり、毒づいた。


 その間中流れ続ける涙に色があったなら、きっと血の色をしていたと思う。


 桐嶋は何も言わず、激しい感情の昂りに息もできなくなった私の全てを受け止めていた。




 桐嶋の腕の中でいつの間にか眠っていたらしい。

 頭が痛い。
 喉が痛い。
 瞼が重い。
 ついでに体も重い。

 私の後ろ斜め上から規則的に聞こえる桐嶋の寝息を確認し、体の向きを変える。

 サイドテーブルに置かれたライトが、柔らかな光で桐嶋の綺麗な寝顔を照らしている。

 「嘘…」


 思わず掠れた声が漏れたのは、ハッキリと桐嶋の頬に涙の跡が残っていたから。


 「…ごめん」


 あんな風に仕向けられなければ、桐嶋を責めるつもりなんてなかったのに。


 あの日以来、時間が巻き戻ればいいと願った回数を超えて考えて来たことがあった。


 「何故私はあんな目に遭ったのか」


 その答えを手にした今、私は桐嶋を責めることができなくなった。

 性犯罪において、私は基本的に加害者が絶対的な悪であると言い切ることを恐れない。

 だけど、私と桐嶋とのことについてはこんなにも…
 自分に向けられるしつこくて重たい愛情を知ってしまった今、私に全く非がなかったとは言えないと思うようになった。

 私は彼の気持ちを抹殺し続けたのだから。

 なのに桐嶋は、「シカトしやがって」くらいは言ったものの、一度も私の所為だと言ったことはない。

 さっきだって、私の負の感情を全て吐き出させるように仕向け、甘んじてその全てを受け止めた。

 私の涙も血の色をしていたけれど、桐嶋の両腕は、いや、全身は傷だらけのはずだ。

このヒトは、十分罪を償ってきた。

 でなきゃこんな美しい寝顔になんてならない。

 もう、全部水に流してしまいたい。

 そう心から思った。




 桐嶋が目を覚ましたら何て言おう。

 ありがとう?
 ごめんね?
 もういいよ?
 …イヤになった…?

 重たい頭をスッキリさせるために桐嶋の腕をすり抜けて音を立てないようにバスルームへ向かった。


 お湯を張りながら腫れ上がった目を冷やし、着ているものを脱いでいく。


 ん?

 …あれ?

 何で?

 は?

 まさか…





 「冬馬っっっ!!!!」

 ついさっきまで「桐嶋が起きたら」と考えていたことなんて頭から消し去って、叩き起こす。

 「…んだよ…」

 桐嶋はギロリと目だけ不機嫌そうに動かして返事をした。ちょっと怖い。

 けど!!

 「ぱ、パ、パンツっ!!わたっ、私パンツ穿いてないっ!!!」

 「あー」

 「『あー』じゃなくてっ!!」

 「貰っといた」

 「は!!?」

 「誕生日プレゼント?」

 「はぁっ!!??」

 「…昨日の染み込んでるし?」

 「サイッテー!!!ちょっと顔が良いからって何でも許されると思うな!このド変態っ!!!」


 笑いを噛み殺す気配を背後に感じながら、バスルームに駆け戻った。





 …薄々気付いてる。私、単に粘着質のストーカーに降参させられただけなんだってこと。



 とか思いつつ、気まずくならないようしてくれたのかな、と都合よく解釈してしまうのは、桐嶋のことかなり好きになってるからかもしれない。


 どっちにしても桐嶋の思う壺。
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