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不知 4
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「うちのリフォームの設計とかやってもらえたりするのかい?」
「…は?」
私と桐嶋の声がハモった。
「桐嶋くんの設計、怖いくらい私好みなんだよ。しかもかなり人気があって『行列のできる建築家』って言われてるんだよ。一緒に仕事してるのに、依子はそんなことも知らないのかい?」
父がすごいドヤ顔で桐嶋について語ってる。
「おと、お父さん?この前会ったときはそこまで桐嶋贔屓じゃなかったよね?」
「ん?そうだったかな?いや、前々から桐嶋くんの作品に興味はあったんだよ。ちょうどこの間大倉ホテルで会ってから、色々調べてたらすっかりハマっちゃってね」
父の目が…完全に建築物オタクのそれに変わっている…。
書面の提出期限が迫っているにもかかわらず、桐嶋からの当日アポを了承するなんて変だと思ったら。
桐嶋は勝ち誇ったように私を見ると、父の方に向き直り、満面の営業スマイルを浮かべ、
「もちろんです。リフォームでも新築でも最優先且つ最高の図面を引かせていただきますよ」
と父にとって最高の殺し文句でとどめを刺す。
「…『お父さん』って呼んでくれて構わないから」
こうして桐嶋と私の関係は、父公認のものになってしまった。
「信じられない!!」
帰りの車中、私は終始不機嫌だった。
桐嶋が強引なのはいつものことだけど、父がここまで私の気持ちを無視して結婚の許しをしてしまうなんて。
普通さ、大事な一人娘の結婚話って言ったらもっとこう
「ダメだダメだ!お前みたいな男に娘は絶対にやらん!」
とかあるでしょう?
それを自分の趣味の為にこんなあっさりと許すなんて。
情けなくて涙が出る…。
「嬉し泣きか?」
信号待ちの桐嶋は私の頬に零れた涙を掬ってペロリと舐めると、満足そうな顔をして聞いてきた。
「そんなわけないでしょ」
私の答えを聞いて、意地悪く笑っている。
最近、この顔よく見るな。
もっと無邪気に笑えないんだろうか。
そんなことを考えてたら車が止まった。
「機嫌直せば?」
「こんなとこ何で知ってるの?」
「近くで仕事したことがあって」
目の前には海が広がっている。
ちょうど日没の時間帯らしく、濃紺からオレンジのグラデーションで空が染まっていて、綺麗の一言に尽きる。
「ちょうどいい時間だな」
「ちょっと下りてみていい?」
「寒いぞ」
「うん。平気」
とは言ったものの、初冬の海辺は予想以上に寒かった。
歯がカチカチ鳴りそうになるのを我慢しながら、日が沈みきるのを見つめる。
太陽は見えなくなっても、まだうっすらと空は明るかった。
はっくしょん!!
と豪快にクシャミが出た。
「戻ろう!やっぱ寒かった」
と振り返ると、私の後ろに立っていたふわりと桐嶋のコートの中に包まれた。
「桐嶋…?」
「髪、海風で爆発してるぞ」
そう言いながら私の髪をちょいちょいっと触って整えていたかと思うと、いきなり私の前髪を上げて額を全開にして笑い出した。
「ちょ!何?止めてよ」
どうせ止めてはもらえないと分かっていながらも、抵抗はする。
「懐かしいな。デコ出し」
「は!?」
「お前部活の時だけいつもデコ出してただろ」
「!?」
「似合わねーな、やっぱり」
見られてた!?
前髪があるとテニスの球がよく見えないので、誰も気にしないと言い聞かせてピンで留めてたんだった。
「そんなとこまで見ないでよ」
「見るしかできなかったからな。ずっと見てた」
親指だけで私の額を撫でる。
「やっと触れた途端にめちゃくちゃに傷つけて」
親指で撫でていた場所に愛おしそうに口付ける。
「なのに今俺の腕の中にいるんだな…」
「…桐嶋って…何部だったの?」
「は…?」
「もしかして帰宅部?」
「本気で言ってるな?お前…」
「だって全く視界に入ってなかったもん」
「……この状況で全く視界に入ってなかったとか言うな。サッカー部だよ、サッカー部」
「サッカー部?知らなかった…。でも運動場とテニスコートって離れてない?見えないよね?」
「ランニングで近く走ってたんだよ」
「き、桐嶋がランニングっ」
「お前…もう黙れ」
さっき額を撫でた親指で顎を持ち上げられると、触れるだけの長い長いキス。
聞こえるのは、波の音と風の音だけ。
「依子…一生俺だけのものになって」
真っ直ぐ私だけに向けられる瞳から、私を包む腕から、桐嶋の思いが伝わってくる。
「桐嶋、私…」
「YES以外受け付けない。あと、呼び方戻すなって」
「…冬馬、必死過ぎ」
「悪いか」
「悪くない」
桐嶋のコートの襟をグッと引き、頬にキスした後
「そういうとこ、好きだよ」
と言って車までダッシュで逃げた。
だから桐嶋がこの寒い海辺で、真っ赤になって頬に手を当てていたことを私は知らない。
「…は?」
私と桐嶋の声がハモった。
「桐嶋くんの設計、怖いくらい私好みなんだよ。しかもかなり人気があって『行列のできる建築家』って言われてるんだよ。一緒に仕事してるのに、依子はそんなことも知らないのかい?」
父がすごいドヤ顔で桐嶋について語ってる。
「おと、お父さん?この前会ったときはそこまで桐嶋贔屓じゃなかったよね?」
「ん?そうだったかな?いや、前々から桐嶋くんの作品に興味はあったんだよ。ちょうどこの間大倉ホテルで会ってから、色々調べてたらすっかりハマっちゃってね」
父の目が…完全に建築物オタクのそれに変わっている…。
書面の提出期限が迫っているにもかかわらず、桐嶋からの当日アポを了承するなんて変だと思ったら。
桐嶋は勝ち誇ったように私を見ると、父の方に向き直り、満面の営業スマイルを浮かべ、
「もちろんです。リフォームでも新築でも最優先且つ最高の図面を引かせていただきますよ」
と父にとって最高の殺し文句でとどめを刺す。
「…『お父さん』って呼んでくれて構わないから」
こうして桐嶋と私の関係は、父公認のものになってしまった。
「信じられない!!」
帰りの車中、私は終始不機嫌だった。
桐嶋が強引なのはいつものことだけど、父がここまで私の気持ちを無視して結婚の許しをしてしまうなんて。
普通さ、大事な一人娘の結婚話って言ったらもっとこう
「ダメだダメだ!お前みたいな男に娘は絶対にやらん!」
とかあるでしょう?
それを自分の趣味の為にこんなあっさりと許すなんて。
情けなくて涙が出る…。
「嬉し泣きか?」
信号待ちの桐嶋は私の頬に零れた涙を掬ってペロリと舐めると、満足そうな顔をして聞いてきた。
「そんなわけないでしょ」
私の答えを聞いて、意地悪く笑っている。
最近、この顔よく見るな。
もっと無邪気に笑えないんだろうか。
そんなことを考えてたら車が止まった。
「機嫌直せば?」
「こんなとこ何で知ってるの?」
「近くで仕事したことがあって」
目の前には海が広がっている。
ちょうど日没の時間帯らしく、濃紺からオレンジのグラデーションで空が染まっていて、綺麗の一言に尽きる。
「ちょうどいい時間だな」
「ちょっと下りてみていい?」
「寒いぞ」
「うん。平気」
とは言ったものの、初冬の海辺は予想以上に寒かった。
歯がカチカチ鳴りそうになるのを我慢しながら、日が沈みきるのを見つめる。
太陽は見えなくなっても、まだうっすらと空は明るかった。
はっくしょん!!
と豪快にクシャミが出た。
「戻ろう!やっぱ寒かった」
と振り返ると、私の後ろに立っていたふわりと桐嶋のコートの中に包まれた。
「桐嶋…?」
「髪、海風で爆発してるぞ」
そう言いながら私の髪をちょいちょいっと触って整えていたかと思うと、いきなり私の前髪を上げて額を全開にして笑い出した。
「ちょ!何?止めてよ」
どうせ止めてはもらえないと分かっていながらも、抵抗はする。
「懐かしいな。デコ出し」
「は!?」
「お前部活の時だけいつもデコ出してただろ」
「!?」
「似合わねーな、やっぱり」
見られてた!?
前髪があるとテニスの球がよく見えないので、誰も気にしないと言い聞かせてピンで留めてたんだった。
「そんなとこまで見ないでよ」
「見るしかできなかったからな。ずっと見てた」
親指だけで私の額を撫でる。
「やっと触れた途端にめちゃくちゃに傷つけて」
親指で撫でていた場所に愛おしそうに口付ける。
「なのに今俺の腕の中にいるんだな…」
「…桐嶋って…何部だったの?」
「は…?」
「もしかして帰宅部?」
「本気で言ってるな?お前…」
「だって全く視界に入ってなかったもん」
「……この状況で全く視界に入ってなかったとか言うな。サッカー部だよ、サッカー部」
「サッカー部?知らなかった…。でも運動場とテニスコートって離れてない?見えないよね?」
「ランニングで近く走ってたんだよ」
「き、桐嶋がランニングっ」
「お前…もう黙れ」
さっき額を撫でた親指で顎を持ち上げられると、触れるだけの長い長いキス。
聞こえるのは、波の音と風の音だけ。
「依子…一生俺だけのものになって」
真っ直ぐ私だけに向けられる瞳から、私を包む腕から、桐嶋の思いが伝わってくる。
「桐嶋、私…」
「YES以外受け付けない。あと、呼び方戻すなって」
「…冬馬、必死過ぎ」
「悪いか」
「悪くない」
桐嶋のコートの襟をグッと引き、頬にキスした後
「そういうとこ、好きだよ」
と言って車までダッシュで逃げた。
だから桐嶋がこの寒い海辺で、真っ赤になって頬に手を当てていたことを私は知らない。
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