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不知 3
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「依子、いらっしゃい」
「あ、こ、こんにちは。大地先輩」
「おい、馴れ馴れしく呼ぶな。依子も相手すんな」
歩み寄って来た先輩と私の間に、割り込むように桐嶋が立つ。
「馴れ馴れしいって…仕方ないだろ?俺たち実際ただの先輩後輩以上の関係だったんだから。ね、依子?」
桐嶋の背中にブワッと炎が上がったのが見えそう。
「だ、大地先輩!父は?所長室ですか?」
「応接室に通すように言われてるよ」
もう隣に居るのが嫌なくらい桐嶋からドス黒いオーラが出てる。
なのに、通された応接室で何故か大地先輩も席に着いた。
「…何で堂本先生まで座るんすか?」
「園宮先生、月曜日が締め切りの書面の起案されてて少し待って欲しいって」
「何で座ってるのか聞いてるんですけど」
「桐嶋くんと依子をこの部屋で二人きりにしたくないからだよ」
「余計なお世話ですね」
「大体、今日何しに来たの?」
「堂本先生にはまっっったく関係ないことです」
その後しばらくの沈黙が続き、刺々しい空気に耐えられなくなった私は
「お、お茶、入れて来ます。今日事務局誰もいらっしゃらないんですよね?」
と応接室を離れた。
私が部屋を出たことが引き金になり、大人気ない二人の罵り合いが始まったらしい。
耳を塞いで給湯室へ行き、お茶を淹れていると父が所長室から出て来た。
「依子?」
「あ、お父さん。
「桐嶋くんと一緒に来たんだな」
「は、はい。お忙しいのに突然すみません。書面は間に合いそうですか」
「何とかな。お前に内容証明出してたら忘れてたんだ」
まさか、そのせいで大地先輩休日出勤だったんだろうか。
「で?通知書への回答は?」
「あ、あの、今日受け取ったばかりでまだ」
「そうか…」
父は何故かホッとしたようにそう言うと、魔の応接室のドアをノックしようとした。
「はぁ!?お前が依子と結婚?ふっざけんなよ!」
大地先輩の怒声に固まる父。
「依子に薬盛って監禁したヤツにとやかく言われる筋合いはねぇ!」
「それを言ったらお前なんて依子のこと無理矢理…」
大地先輩の言葉の続きが判った瞬間
「やめてっ」
とドアの前で叫んでいた。
私の声で応接室は水を打ったように静まり返った。
父がドアを開けて、私がその後ろに続く形で応接室に入った。
「そ、園宮先生っ!」
大地先輩がたじろぐ。
「堂本先生、薬盛って監禁ってどういうこと?まさかうちの依子に?」
父の目が鋭く光る。
「お父さん、違います。『薬持ってきてくれて歓喜した』です。か、風邪引いた時お見舞いに来てくださって」
私が慌てて弁解…になってるのか甚だ疑問だけど口を挟む。
あぁ、苦しい。苦しすぎる。
「桐嶋くん、君、無理矢理依子に何かしたのかい?」
「え?き、桐嶋さん、私に無理矢理何かしたっけ???」
父からはともかく、何で二人からもそんな目で見られないといけないのっ!
でも、大地先輩の監禁の事も、桐嶋にされたことも絶対に父の耳に入れるわけにはいかない。
身体中の毛穴から変な汗が止まらない。
父は三人の顔を順番に見ると、
「依子は本当に…」
と呟いてソファに座った。
「堂本先生、準備書面のドラフト作っといたから確認して。次からは先生に作ってもらうから、しっかり主張内容整理しながら読んでくださいね」
父がそう言うと、やっと大地先輩は応接室を出て言った。
私たちにも座るように促す。
「で?桐嶋くんは、今日はどういった用件でここに来たんだね?」
父の単刀直入な質問を受けると、桐嶋は真面目な顔をして背筋を伸ばし
「この度は園宮先生に断りもなく、依子さんを私の所に住まわせてしまって申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。
「つまり、君と依子はそういう関係なの?この間会ったとき、君は依子のことを『特別な存在』と言ったけど、二人の関係が特別とは言わなかったよね?」
「依子さんを住まわせたきっかけは、依子さんが不審者に付きまとわれていると知ったからです。私の自宅は事務所を兼ねていることもあり、セキュリティも万全です。何より依子さんの職場から近いということもあって、私が半ば強引に家に連れて来ました」
物は言い様だ…。
これ、不審者=大地先輩、だよね。
「それで、その不審者はどうなった?」
「家に来てからは見かけなくなったんだよな?」
私に相槌を求める顔に『余計なこと言うなよ』と書いてある。
「あ、うん、はい」
この目に睨まれて逆らえるなら、最初から逃げ回ってません。
「相手が誰かハッキリしなかったこともあり、園宮先生へのご報告が遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした」
「…依子の身の安全の為とは言え、一緒に住むっていうのは少々軽率じゃないかい?30手前とは言え、嫁入り前の娘だよ?」
「十分承知しています」
「それじゃ何かい?君が責任を取るとでも言うのかい?」
「はい」
あーーーー。
ここに来た時から気付いてたけど、本当にやった。
既成事実がダメなら周りから固める気らしい。
「…君が依子と結婚…?」
父の眼光が見たことないくらい鋭くなる。
「はい。お許しいただけないでしょうか?」
さすがの桐嶋も少し緊張した面持ちで父の返事を待っている。
だけど、これは私の人生が左右される話で、黙ってなんていられない。
「ちょっと、二人とも!!私はまだ…」
「依子は黙っていなさい!!」
全部言い終わらないうちに、父の怒声が飛んだ。
日頃から頑固な父ではあるが、こんな風に声を荒げることは滅多にない。
同棲の話だけならまだしも、突然結婚にまで言及した桐嶋に対して激怒しているのだろうか。
アラサーとは言え一応私、一人娘だし。
私はまだ桐嶋と結婚なんて考えてもないんだけどな。
でも、このピリピリした空気にはハラハラする。
「…桐嶋くん。君が依子と結婚したら…」
「あ、こ、こんにちは。大地先輩」
「おい、馴れ馴れしく呼ぶな。依子も相手すんな」
歩み寄って来た先輩と私の間に、割り込むように桐嶋が立つ。
「馴れ馴れしいって…仕方ないだろ?俺たち実際ただの先輩後輩以上の関係だったんだから。ね、依子?」
桐嶋の背中にブワッと炎が上がったのが見えそう。
「だ、大地先輩!父は?所長室ですか?」
「応接室に通すように言われてるよ」
もう隣に居るのが嫌なくらい桐嶋からドス黒いオーラが出てる。
なのに、通された応接室で何故か大地先輩も席に着いた。
「…何で堂本先生まで座るんすか?」
「園宮先生、月曜日が締め切りの書面の起案されてて少し待って欲しいって」
「何で座ってるのか聞いてるんですけど」
「桐嶋くんと依子をこの部屋で二人きりにしたくないからだよ」
「余計なお世話ですね」
「大体、今日何しに来たの?」
「堂本先生にはまっっったく関係ないことです」
その後しばらくの沈黙が続き、刺々しい空気に耐えられなくなった私は
「お、お茶、入れて来ます。今日事務局誰もいらっしゃらないんですよね?」
と応接室を離れた。
私が部屋を出たことが引き金になり、大人気ない二人の罵り合いが始まったらしい。
耳を塞いで給湯室へ行き、お茶を淹れていると父が所長室から出て来た。
「依子?」
「あ、お父さん。
「桐嶋くんと一緒に来たんだな」
「は、はい。お忙しいのに突然すみません。書面は間に合いそうですか」
「何とかな。お前に内容証明出してたら忘れてたんだ」
まさか、そのせいで大地先輩休日出勤だったんだろうか。
「で?通知書への回答は?」
「あ、あの、今日受け取ったばかりでまだ」
「そうか…」
父は何故かホッとしたようにそう言うと、魔の応接室のドアをノックしようとした。
「はぁ!?お前が依子と結婚?ふっざけんなよ!」
大地先輩の怒声に固まる父。
「依子に薬盛って監禁したヤツにとやかく言われる筋合いはねぇ!」
「それを言ったらお前なんて依子のこと無理矢理…」
大地先輩の言葉の続きが判った瞬間
「やめてっ」
とドアの前で叫んでいた。
私の声で応接室は水を打ったように静まり返った。
父がドアを開けて、私がその後ろに続く形で応接室に入った。
「そ、園宮先生っ!」
大地先輩がたじろぐ。
「堂本先生、薬盛って監禁ってどういうこと?まさかうちの依子に?」
父の目が鋭く光る。
「お父さん、違います。『薬持ってきてくれて歓喜した』です。か、風邪引いた時お見舞いに来てくださって」
私が慌てて弁解…になってるのか甚だ疑問だけど口を挟む。
あぁ、苦しい。苦しすぎる。
「桐嶋くん、君、無理矢理依子に何かしたのかい?」
「え?き、桐嶋さん、私に無理矢理何かしたっけ???」
父からはともかく、何で二人からもそんな目で見られないといけないのっ!
でも、大地先輩の監禁の事も、桐嶋にされたことも絶対に父の耳に入れるわけにはいかない。
身体中の毛穴から変な汗が止まらない。
父は三人の顔を順番に見ると、
「依子は本当に…」
と呟いてソファに座った。
「堂本先生、準備書面のドラフト作っといたから確認して。次からは先生に作ってもらうから、しっかり主張内容整理しながら読んでくださいね」
父がそう言うと、やっと大地先輩は応接室を出て言った。
私たちにも座るように促す。
「で?桐嶋くんは、今日はどういった用件でここに来たんだね?」
父の単刀直入な質問を受けると、桐嶋は真面目な顔をして背筋を伸ばし
「この度は園宮先生に断りもなく、依子さんを私の所に住まわせてしまって申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。
「つまり、君と依子はそういう関係なの?この間会ったとき、君は依子のことを『特別な存在』と言ったけど、二人の関係が特別とは言わなかったよね?」
「依子さんを住まわせたきっかけは、依子さんが不審者に付きまとわれていると知ったからです。私の自宅は事務所を兼ねていることもあり、セキュリティも万全です。何より依子さんの職場から近いということもあって、私が半ば強引に家に連れて来ました」
物は言い様だ…。
これ、不審者=大地先輩、だよね。
「それで、その不審者はどうなった?」
「家に来てからは見かけなくなったんだよな?」
私に相槌を求める顔に『余計なこと言うなよ』と書いてある。
「あ、うん、はい」
この目に睨まれて逆らえるなら、最初から逃げ回ってません。
「相手が誰かハッキリしなかったこともあり、園宮先生へのご報告が遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした」
「…依子の身の安全の為とは言え、一緒に住むっていうのは少々軽率じゃないかい?30手前とは言え、嫁入り前の娘だよ?」
「十分承知しています」
「それじゃ何かい?君が責任を取るとでも言うのかい?」
「はい」
あーーーー。
ここに来た時から気付いてたけど、本当にやった。
既成事実がダメなら周りから固める気らしい。
「…君が依子と結婚…?」
父の眼光が見たことないくらい鋭くなる。
「はい。お許しいただけないでしょうか?」
さすがの桐嶋も少し緊張した面持ちで父の返事を待っている。
だけど、これは私の人生が左右される話で、黙ってなんていられない。
「ちょっと、二人とも!!私はまだ…」
「依子は黙っていなさい!!」
全部言い終わらないうちに、父の怒声が飛んだ。
日頃から頑固な父ではあるが、こんな風に声を荒げることは滅多にない。
同棲の話だけならまだしも、突然結婚にまで言及した桐嶋に対して激怒しているのだろうか。
アラサーとは言え一応私、一人娘だし。
私はまだ桐嶋と結婚なんて考えてもないんだけどな。
でも、このピリピリした空気にはハラハラする。
「…桐嶋くん。君が依子と結婚したら…」
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