forgive and forget

恩田璃星

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不知 2

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 K-Designに戻ると、表に郵便配達の人が立っていた。
 こちらの様子を窺っている。

 「何か?」

と桐嶋が声を掛ける。

 「こちらに園宮依子さんという方はいらっしゃいますか?」

 私を見ながら聞かれたので

 「私です」

と答えると封書を渡されサインを求められた。

 窓付封筒に書かれた差出人を見てギョッとした。

 父からだった。

 宛名にははっきりと、

『桐嶋冬馬 様方 園宮依子 様』

と書かれている。

 バリバリと封を開けるとわざわざ内容証明郵便形式で現状と今後についての考えを報告するように記されていた。

 どうしよう。
 父に、ここに、桐嶋のところに居ることがバレている。
 ついでに法科大学院のことすっかり忘れてたこともバレている。

 アワアワしている私の手から封筒がヒョイと取り上げられた。

 「何だこれ」

 桐嶋が怪訝そうな顔で尋ねてきた。

 「父から結婚するか法曹関係の道に進むか迫られてて」

 「聞いてねぇ」

 「…言ってないもん」

 ハーッと深いため息を吐くと私を事務所に入るよう促した。

 桐嶋の居ない間にすっかりここの勝手を知った私は自分で二人分のお茶の準備をして掘り炬燵に入った。

 二人並んで、黙ってお茶を啜る。
 やっぱり落ち着く掘り炬燵。

 「何和んでんだよ。さっさとちゃんと説明しろ」

 「あ、ごめん。つい」

 いけない。
 桐嶋が居るのにこんなに寛いでしまった。

 「えっと…今の仕事に就くときに約束したの。30歳までに法曹の道に進むって」

 「…やっぱ法学部だったのか」

 「うん?うん。大学進学のとき特にやりたい事なかったから」

 「工学部じゃなかったんだな」

 「見るのは好きだけどね。理数苦手で」

 「お前にも苦手なものがあるんだな」

 最たるものがあなたでしたという言葉は飲み込む。

 「この間、あの…お見合いのちょっと前に父が現れて結婚か進学かって言い出して。お見合いはご存知のとおりな感じで…」

 最後の方声が小さくなる。
 まだ桐嶋の前で大地先輩の話はしない方が無難。機嫌悪くなるし。

 「何でいきなり結婚?」

 やっぱり顔が怒ってる。

 「孫の顔が見たいとか言ってたけど。結婚話はとりあえずなくなったからいいんだってば。問題は私がここに住んでることが父にバレてることと、法科大学院の試験まで日がないことなの」

 「結婚すればいいじゃん」
 
 「は?」

 「俺と結婚すれば全部解決するんじゃねーの?」

 「!!?」

 「俺は最初からそのつもりだし」

 「何言って…!?」

 「不服?」

 頬杖をついて私を覗き込む桐嶋の目は、不安と期待が入り混じった色をしている。

 「ふ、不服とかそういうことじゃなくて…!気持ちが」

 「気持ち?」

 「気持ちが…全然追いついてなくて」

 「追いつくって何に?」

 「桐嶋に」

 「呼び方戻すな…大体そんなの追い付けるわけないだろ」

 桐嶋の親指が私の唇に触れる。
 ゆっくりと桐嶋の顔が近づいてくる。

 「だ、ダメっ」

 慌てて桐嶋の唇を押さえて制止した。

 何でだよ、と明らかに吊り上がった目が言っている。

 「緊急避妊薬、飲んだ意味なくなる…から」

 私の言葉を聞くと口を押さえていた手を振り払い

 「聞いてねぇ…ってこれ言うの今日何回目だよ」

と吐き捨てる。

 「3回、かな」

 「何でそんなもん…」

 「だって!ダメって言ったのに!!」

 「俺的にはダメな理由は一つもない」

 「…っ。さっき言ったけど、まだ全然追いついてないんです!いきなり子どもなんてできたら困るんです!!」

 「つーかお前、気付いてる?」

 「何?」

 「さっきから俺のこと好きって言ってんの」

 「…っ!…んんっ」

 さっきの抵抗も虚しく結局唇を奪われる。

 「朝は『手が好き』しか言わなかったのに、何かあった?」

 唇をくっつけたまま話すのでこそばゆい。

 「好きとはいってな…んんっ」

 こちらが何か言おうとするとキスが深くなって話をさせてもらえない。

 「大体、キスじゃ妊娠しねーだろ」

 段々気持ち良すぎてクラクラしてくる。
 まずい。この流れ、キスだけで終わるとは思えない。

 「ダメ…んむ」

 「依子…」

 頭の中いっぱいに舌が絡み合う音が響いている。
 だけど。

 「ん、冬馬!!」

 「何?」

 「お願いっ」

 「…もっと?」

 「違うってば!!出掛けよう?」

 「今帰って来たばっかなのに?」

 このままここに居たら絶対流される。

 「ま、いーか。ちょうど行くとこできたし」




 出発前、どうして私は気付けなかったのか。

 名刺引っ張り出してアポ取ってたよね。
 わざわざ(一番高そうな)スーツに着替えてたよね。
 途中で手土産買ってたよね。

 出掛けようなんて言うんじゃなかった…。



 車が停まったのはついこの間都築くんと来た父の事務所で、

 「な、んでここ!?」

 「挨拶?」

 狼狽える私のことなんて完全に無視して、桐嶋はインターフォンを押した。

 「園宮先生とお約束させていただいている桐嶋です」

 「…そのようなお約束は存じ上げませんが」

 応対したのは原田さんではなくて、一番出て来て欲しくないあの人で、その声を聞いて桐嶋の表情が凍りつく。

 何でよりによって今日休日出勤してるの!?
 しかも弁護士が来客対応するなんて。
 事務局誰も居ないの?

 「チッ。さっさと確認して来いよ」

 「桐嶋!帰ろう!?今日は帰ろう!!?」

 「依子だけ置いてお帰りください」

 「大地先輩!?火に油注がないで下さい!」

 程なく大地先輩が入り口に現れて渋々鍵を開けてくれた。

 「初めまして。堂本大地です」

 「…桐嶋冬馬です」

 あぁ…父よりラスボス感漂ってます。

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