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翌朝、なかなか起きられなかった。
日本酒の二日酔いって、本当に性質悪い。
頭痛が酷い。ガンッガンする。
割れそうな頭に手を当てようとすると、いつかと同じように桐嶋が私に絡みついたままじっと私の顔を見ていた。
「…な、に?前も…」
「寝顔全然変わんねーなと思って」
寝顔?
「なに、言ってんの?」
「…さぁ?」
ダメだ。起きられる気がしない。
今日、クリニック行かなきゃいけないのに。
つまり、私の脳は都合良く昨夜のことを、キレイサッパリ消してはくれなかったということになる。
益々起きる気が無くなってもう一度目を閉じた。
「依子、そろそろ起きろ」
あ。
「依子」
うわっ…。
こっちも入眠前の祈りが無意味だったパターンだ。
呼び方変わってる。
彼氏気取りか!と突っ込みたいのを堪える。
「…おはようございます。桐嶋社長。今日は仕事休みなので、寝かせてください」
「仕事休みなら、俺今社長じゃねーだろ」
その通りです。
ダメだ。頭が働かない。
「…呼び方は変えません」
「何で?」
「…仕事中に間違ったら困ります」
「そんなバカじゃないだろ」
「いつもバカ呼ばわりしてるじゃない」
「…お前、まさか俺の名前知らない?」
「あ、そうそう。知らないの」
これはさすがに嘘だけど。
真相を知ってか知らずか、深いため息が聞こえた。
呼び方を変える件については諦めたらしく、桐嶋が寝癖のついた頭でバスルームに向かったのを横目で見送った。
…バスルーム?
あー…服びしょ濡れだったんだ…。
何着て帰るんだ、私。
ここで調達できる着替えってコスプレしかないよね。
コスプレ…ないない。
セーラー服とか本当に笑えない。
ベッドの上でゴロゴロしながら悩んでいるうちにシャワーを終えた桐嶋が戻って来た。
手には濡れたままの私の服。
「お前、何着て帰る?」
口角が意地悪い感じに上がっている。
「今考えてるところ」
「コスプレ頼むなら延長するけど?」
「頼まないわよ!!延長って何する気!?」
「セーラー服着ろよ」
「死んでも嫌よ!」
「じゃ、ナース?」
「!!!!」
そうだった。酔ってなくても桐嶋は変態だった。
忘れるところだった。
「…しょうがねーな。優子呼ぶか」
実はそれしか方法がないと思っていたところだった。
毎回『致してます感が』が半端なくて、できることならお呼びしたくないけれど、状況的に選択肢はない。
「お、お願いします」
「…じゃ、名前」
まだ諦めてなかったのか…。
「『冬馬』。呼んでみ?」
本当に私が名前知らないと思ってるらしい。
優子さんと都築くんが冬馬って呼んでたじゃん。
名前を呼ぶこと自体じゃなくて、いつも桐嶋の思い通りに事が運ぶのが気に入らなくて、不貞腐れ気味に小さな声で呼ぶ。
「…とーま…」
自分が呼べって言ったのになんの反応もない。
むしろ固まっているようにも見える。
少し経って
「…やっぱ延長する?」
と聞かれたので、間髪入れず返す。
「何でそーなるのよ!」
「なるだろ」
伸びてきた手を振り払いながら、優子さんの召喚さえ終わったら、呼び方を戻そうと心に決めた。
「やーん!依子ちゃん、お久しぶりー」
フロントに電話して開錠してもらうと、相変わらずのハイテンションで優子さんが登場した。
入れ替わりで桐嶋は室外の喫煙スペースに出て行った。
「あの、ほんと、毎回毎回、なん…なんて言ったらいいか…」
毎度消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
「えー?いいのよ。どーせいつも冬馬がガッついて服ダメにしちゃうんでしょ?依子ちゃんは気にしないでね」
ってことは、優子さんっていつもこうやって桐嶋の尻拭いしてるんだろうか…。
こんな弟、絶対イヤだな。
「あ!大丈夫よ。冬馬がガッつくなんて依子ちゃん相手にしか起きない事態だから」
思い切り顔に出ていたのか、優子さんがフォローを入れてくる。
ヤキモチ焼いたとかじゃないんだけど…。
「お二人仲良いんですね。何でも話せるって」
「やだぁ!あの子がそんなタイプに見える?依子ちゃんの前だけそんな素直なの?」
「え?いえ。でも、じゃあ何でそんなに冬馬さんのこと…?」
「簡単よぉ。日本酒飲ませたら超素直になるから。悩んでそうな時飲ませて聞き出すの」
優子さん…やっぱり桐嶋のお姉さんだな。
手段を選ばないタイプ。
「ま、冬馬が悩むなんて依子ちゃんのこと以外ないんだけどねー!」
と、カラカラと明るく笑ったかと思うと
「だから、色々暴走しちゃうみたいで…本当にごめんなさい」
と申し訳なさそうな顔で謝られて、ドキッとする。
優子さんはあのことも知ってるのかもしれない。
「でも、見てて痛々しいほど依子ちゃんしか見てないのは本当よ」
桐嶋が喫煙スペースから戻って来ると、またすぐにいつもの明るい優子さんに戻る。
「そう言えば、依子ちゃん結婚話は無くなったの?」
「へ?あ、はい。一応なくなりました」
「そうなの?良かったぁ」
本当にそう言えば。大地先輩との結婚話はなくなったけど、法科大学院とか司法試験のことすっかり忘れてた。
まだ頭痛のする頭が、一層痛くなる気がした。
そんな私の表情を見逃さない桐嶋は
「何?まだアイツと何かあんの?」
と明らかにイラついた顔で聞いてくる。
「大地先輩のことじゃなくて…」
「大地先輩って?もしかしてお見合い相手の人~?」
「あ、そうなんです。大学の先輩で…」
「え!知ってる人だったの?どんな人?」
「監禁グセのある変態弁護士」
「ちょっと!監禁されたのはこの間が初めてよ!」
「冬馬に変態とか言われたくないわよねーっ」
全くですよ。優子さん!!
口には出さずに優子さんが持ってきてくれた服を手に、パウダールームに引っ込んだ。
日本酒の二日酔いって、本当に性質悪い。
頭痛が酷い。ガンッガンする。
割れそうな頭に手を当てようとすると、いつかと同じように桐嶋が私に絡みついたままじっと私の顔を見ていた。
「…な、に?前も…」
「寝顔全然変わんねーなと思って」
寝顔?
「なに、言ってんの?」
「…さぁ?」
ダメだ。起きられる気がしない。
今日、クリニック行かなきゃいけないのに。
つまり、私の脳は都合良く昨夜のことを、キレイサッパリ消してはくれなかったということになる。
益々起きる気が無くなってもう一度目を閉じた。
「依子、そろそろ起きろ」
あ。
「依子」
うわっ…。
こっちも入眠前の祈りが無意味だったパターンだ。
呼び方変わってる。
彼氏気取りか!と突っ込みたいのを堪える。
「…おはようございます。桐嶋社長。今日は仕事休みなので、寝かせてください」
「仕事休みなら、俺今社長じゃねーだろ」
その通りです。
ダメだ。頭が働かない。
「…呼び方は変えません」
「何で?」
「…仕事中に間違ったら困ります」
「そんなバカじゃないだろ」
「いつもバカ呼ばわりしてるじゃない」
「…お前、まさか俺の名前知らない?」
「あ、そうそう。知らないの」
これはさすがに嘘だけど。
真相を知ってか知らずか、深いため息が聞こえた。
呼び方を変える件については諦めたらしく、桐嶋が寝癖のついた頭でバスルームに向かったのを横目で見送った。
…バスルーム?
あー…服びしょ濡れだったんだ…。
何着て帰るんだ、私。
ここで調達できる着替えってコスプレしかないよね。
コスプレ…ないない。
セーラー服とか本当に笑えない。
ベッドの上でゴロゴロしながら悩んでいるうちにシャワーを終えた桐嶋が戻って来た。
手には濡れたままの私の服。
「お前、何着て帰る?」
口角が意地悪い感じに上がっている。
「今考えてるところ」
「コスプレ頼むなら延長するけど?」
「頼まないわよ!!延長って何する気!?」
「セーラー服着ろよ」
「死んでも嫌よ!」
「じゃ、ナース?」
「!!!!」
そうだった。酔ってなくても桐嶋は変態だった。
忘れるところだった。
「…しょうがねーな。優子呼ぶか」
実はそれしか方法がないと思っていたところだった。
毎回『致してます感が』が半端なくて、できることならお呼びしたくないけれど、状況的に選択肢はない。
「お、お願いします」
「…じゃ、名前」
まだ諦めてなかったのか…。
「『冬馬』。呼んでみ?」
本当に私が名前知らないと思ってるらしい。
優子さんと都築くんが冬馬って呼んでたじゃん。
名前を呼ぶこと自体じゃなくて、いつも桐嶋の思い通りに事が運ぶのが気に入らなくて、不貞腐れ気味に小さな声で呼ぶ。
「…とーま…」
自分が呼べって言ったのになんの反応もない。
むしろ固まっているようにも見える。
少し経って
「…やっぱ延長する?」
と聞かれたので、間髪入れず返す。
「何でそーなるのよ!」
「なるだろ」
伸びてきた手を振り払いながら、優子さんの召喚さえ終わったら、呼び方を戻そうと心に決めた。
「やーん!依子ちゃん、お久しぶりー」
フロントに電話して開錠してもらうと、相変わらずのハイテンションで優子さんが登場した。
入れ替わりで桐嶋は室外の喫煙スペースに出て行った。
「あの、ほんと、毎回毎回、なん…なんて言ったらいいか…」
毎度消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
「えー?いいのよ。どーせいつも冬馬がガッついて服ダメにしちゃうんでしょ?依子ちゃんは気にしないでね」
ってことは、優子さんっていつもこうやって桐嶋の尻拭いしてるんだろうか…。
こんな弟、絶対イヤだな。
「あ!大丈夫よ。冬馬がガッつくなんて依子ちゃん相手にしか起きない事態だから」
思い切り顔に出ていたのか、優子さんがフォローを入れてくる。
ヤキモチ焼いたとかじゃないんだけど…。
「お二人仲良いんですね。何でも話せるって」
「やだぁ!あの子がそんなタイプに見える?依子ちゃんの前だけそんな素直なの?」
「え?いえ。でも、じゃあ何でそんなに冬馬さんのこと…?」
「簡単よぉ。日本酒飲ませたら超素直になるから。悩んでそうな時飲ませて聞き出すの」
優子さん…やっぱり桐嶋のお姉さんだな。
手段を選ばないタイプ。
「ま、冬馬が悩むなんて依子ちゃんのこと以外ないんだけどねー!」
と、カラカラと明るく笑ったかと思うと
「だから、色々暴走しちゃうみたいで…本当にごめんなさい」
と申し訳なさそうな顔で謝られて、ドキッとする。
優子さんはあのことも知ってるのかもしれない。
「でも、見てて痛々しいほど依子ちゃんしか見てないのは本当よ」
桐嶋が喫煙スペースから戻って来ると、またすぐにいつもの明るい優子さんに戻る。
「そう言えば、依子ちゃん結婚話は無くなったの?」
「へ?あ、はい。一応なくなりました」
「そうなの?良かったぁ」
本当にそう言えば。大地先輩との結婚話はなくなったけど、法科大学院とか司法試験のことすっかり忘れてた。
まだ頭痛のする頭が、一層痛くなる気がした。
そんな私の表情を見逃さない桐嶋は
「何?まだアイツと何かあんの?」
と明らかにイラついた顔で聞いてくる。
「大地先輩のことじゃなくて…」
「大地先輩って?もしかしてお見合い相手の人~?」
「あ、そうなんです。大学の先輩で…」
「え!知ってる人だったの?どんな人?」
「監禁グセのある変態弁護士」
「ちょっと!監禁されたのはこの間が初めてよ!」
「冬馬に変態とか言われたくないわよねーっ」
全くですよ。優子さん!!
口には出さずに優子さんが持ってきてくれた服を手に、パウダールームに引っ込んだ。
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