forgive and forget

恩田璃星

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閃光 1

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 金曜日の夕方。

 社内は一週間分の疲労と、休日への期待とが混ざり合う落ち着かない空気に包まれる。

 私もこの一週間はバタバタで、どちらかと言うと疲労の色の方が濃い。

 父が翌日本当に提出した退職届は一応人事部でストップしてもらえている。
 だけど、このままギリギリまで引っ張ると各所に迷惑がかかる気がしてならない。

 この仕事好きだったのに、潮時かなぁ。

 パソコンで見積書を作成する。
 あ、コレ。桐嶋の所のだ。
 今のところ神田くんから引き継いだ案件しかないから、ココなんてそのまま次の人に引き継ぐのが一番迷惑かからないな。

 でも…月乃リゾートもK-Designの事務所もステキだったなぁ。私好みの和モダンな感じ。
 一軒くらい一から一緒に仕事してみたかった…かな。
 そもそも桐嶋は何で設計の仕事始めたんだろう?

 …考えたって分からない。
 私はあいつのこと何も知らない。

 これで良かったのかも。

 見積書もできたし、借りてた服も返さなきゃだし、帰りに寄ってザックリと事情を説明しよう。
 会社から車で5分のK-Designは、徒歩でも20分かからなかった。

 前回はガレージから出入りしてよく見えなかった外観を反対側の通りから眺める。


 キレイ



 内縁のオレンジ色の灯りが建物全体を優しく浮かび上がらせる。

 何だかノスタルジーを感じて、勝手に涙が溢れた。

 中指で軽く涙を拭って道を横切り、インターフォンを鳴らすと、出て来たのは先日の美女だった。

 「え!園宮さん!?いらっしゃい」

 未だに誰だか分からないので、どんな対応すべきなのか分からない。

 ただ、私に対する敵意はなく、好意しかないことだけははっきりしている。

 「あの…。すみません。先日お会いした以外でどこかでお会いしたことありますか?」

 おずおずと問いかけてみる。

 「えぇ!あ、そうよね。園宮さんは私のこと知らないのよね。ごめんね、馴れ馴れしくて!私、冬馬の姉の優子です」

 お姉さん!?似てない。桐嶋とは正反対のタイプ。
 明るくて気さく。そしてテンションが高い。
 でも何で私のこと知ってるの?

 「あの、その節…は大変お世話に…」

 “なりました”が恥ずかしさで消えそうになる。

 「やだ~!いいのよぉ。うふふ。依子ちゃんって呼んでいいかしら?色々ぴったりで良かったわ」

 「あの、お洋服お返しします。その他は…買い取らせてください」

 と言って、洋服と封筒を手渡す。

 「えぇ!?良かったのに。アレ全部私のお店のものだから。気に入ってくれたなら今度お店に来てね」

 笑顔がまぶしすぎて、つられてこちらもニッコリしてしまう。

 「ハイ。あと…あの。桐嶋さん、じゃなくてトウマさん今いらっしゃいますか?」

 「それがね、今現場に行っちゃってるのよ。何か御用だった?」

 「あ、そうなんですか。見積書を持ってきたのと、実は…担当になったばかりなんですけど、一身上の都合でこちらの担当から外れることになりそうなので一応ご挨拶をと思いまして」

 「何ですって!?依子ちゃん結婚しちゃうの!!?やだ!!」

 「え!?いや、あの。まだ何も決まってはないんですけど。ちょっと、家の都合で」

 「家の都合って何なの!?政略結婚?」

 「そ、そういうわけじゃ…」

 「冬馬とのことは遊びだったの!?」

 「えぇっ!?遊びも何も…大体遊んでるのは桐嶋の方じゃ…」

 まさか桐嶋のお姉さんからこんなに突っ込まれるとは思っていなかったので、シドロモドロして何を言っているのか自分でも分からくなってきた時、唐突にスマホが鳴った。

 天の助け!!

 電話がかかって来たことを大袈裟にアピールし、挨拶もそこそこに飛びついた電話は父だった。

 「もしもし」

 「依子か。私だ。明日11時に大塚ホテルに正装して来なさい」

 「もしかして」

 「見合いだ」

 「早くないですか!?」

 「相手が乗り気なんだ。遅れるなよ」

 それだけ言うと電話はプツリと切れた。
 

 土曜日の午前11時。
 私は父の言いつけどおり大塚ホテルに居る。

 きっちり振袖を着て。

 昨夜家に帰ると振袖一式に加え、美容室の場所と時間の書かれたメモが置いてあった。
 母が昼のうちに届けてくれたらしい。
 ハッキリ言って全然有り難くない。

 お陰で寝不足で気分が悪い。
 このまま帰りたいな、なんて思っていたら、肩を叩かれた。

 「依子」
 「え!?大地先輩!?」

 びっくりしすぎて声が裏返る。
 2歳年上の堂本大地は大学のときの先輩で、私の初カレにして元カレ。
 同じ学部同じサークルという縁で知り合って、彼が海外の大学へ進学するまで1年ちょっと付き合っていた。

 「…まさか?」

 「そのまさか。お前の見合い相手だよ」

 「えぇっ!?」

 「さすが園宮先生だよな。立候補したの昨日なのに、もう今日顔合わせだなんて」

 「…立候補?」

 「園宮先生が『娘の結婚相手探してる』って言うから」

 「大地先輩、父と知り合いなんですか?」

 「あぁ。今園宮先生のところにいるんだよ」

 全く知らなかった…。

 「それは、偶然ですか?」

 「さぁ?どうでしょう?」

 大地先輩はそう言って悪戯っぽく笑った。
 整った顔立ちが、少年みたいになる。
あぁ、この顔懐かしいな。

 「見合いっぽくちょっと歩くか?」
 
 「そうですね」

と、勢い良く立ち上がった瞬間、目の前が真っ暗になった。


 
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