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毒 2
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「っはい。アマノ建材、園宮でございます」
「お前、まだ会社?」
相手の声を聞いてギクッとする。
「は…ハイ」
返事するだけなのに、ちょっと声が上擦る。
「…W社のカタログが要る。…5分で行くからそこに居ろ」
言いたいことだけ言って、ブツッと電話は切れた。
ついさっきまで火照っていた顔から、一気に熱が引いたのが自分でもわかった。
神田くんが渡辺さんの席に座ってクルクルしながら私の顔をじっと見ている。
その様子はすっかりいつもの彼のそれ。
「誰だったんですか?」
「あ…桐嶋…社長。腰壁のカタログが要るらしくて」
「…どっかから見張ってんのかよ。依子さん今から行くんですか?」
「いや、5分で取りに来るって」
「取りに来る?桐嶋さんが?」
「うん。渡したらそのまま帰ろうかな」
これ以上神田くんと二人きりでここに居たら心臓が破裂する。
「神田くんも帰る?」
「そうですね。桐嶋さんの顔の傷見て帰ろうかな」
悪戯っぽく笑いながら、自分のデスクに向かう神田くんの背中を見て、密かに胸を撫で下ろした。
急いで帰り支度を済ませ、フロアの消灯を任せた後、指定されたカタログを持って先にエントランスまで降りた。
自動ドアが開くのと同時に桐嶋の車が横付けされた。
電話を切ってからジャスト5分だ。
運転席から出て来た桐嶋の両頬には、くっきりとした引っ掻き傷。
今更だけど、抵抗するなら傷になっても見えないところを殴るとかにすればよかったと後悔した。
せめてマスクをするとかして隠せば良いのに、見せつけるかのように晒している。
こんな綺麗な顔に傷を付けてしまった。
罪悪感がジワジワと湧いてきて、桐嶋の顔から目が離せなくなった。
だから気付くのが遅れた。
桐嶋がこちらに向かって足を踏み出したことに。
あっという間に目の前まで来ると、私が傷付けた、桐嶋の美しい顔がどんどん近付いてくる。
キスされると思った瞬間
スンッ
と桐嶋の鼻が音をたてる。
冷たいものが背中を走る。
少し体を戻して私を射るように見る双眼に、覚えのある怒りの炎。
「神田」
「え!?」
さっきのことがバレたの!?
犬並みの嗅覚!?
と思ったら、私の後ろに神田くんが立っていた。
「こんな時間までお疲れ様です。桐嶋さん。どうしたんですか?その傷」
神田くん、分かってる癖にシレッと聞いちゃうなんて、良い性格してるなあ。
「…新しく飼い始めた猫、生意気なことにキスすると引っ掻くんだよ」
「ね、猫!?」
「へえ、意外。桐嶋さん猫なんて気難しい動物より、すぐ腰…じゃなくて、尻尾振る犬のほうが合ってるんじゃないですか?」
「…んなことより、明日篠原設計との顔合わせ、俺が紹介してやったんだからしっかりやれよ」
「分かってますって。桐嶋さんの担当はもう俺じゃないんですから、ウチの依子さんに無茶ばっかり言わないでくださいね」
「俺のなんだから、どう使おうが勝手だろ」
神田くんはニコニコ、桐嶋はいつもの無表情で話してるけど、何故かそれが妙に怖い。
「そんなこと言ってたらまた引っ掛かれちゃいますよ」
「一から躾け直す」
「っくしゅん!」
冷たい夜風のせいで、くしゃみをしたのは私。
二人の視線が一気にこちらに向く。
桐嶋は、それ以上何も言わずに助手席のドアを開けると、私の腕を掴み、体を押し込んだ。
すぐにドアを閉め、私が出られないようにそこに背中をもたれて神田くんと少し話をして運転席に乗り込んだ。
神田くんに挨拶もさせてもらえないまま、車は動き出した。
「お前、まだ会社?」
相手の声を聞いてギクッとする。
「は…ハイ」
返事するだけなのに、ちょっと声が上擦る。
「…W社のカタログが要る。…5分で行くからそこに居ろ」
言いたいことだけ言って、ブツッと電話は切れた。
ついさっきまで火照っていた顔から、一気に熱が引いたのが自分でもわかった。
神田くんが渡辺さんの席に座ってクルクルしながら私の顔をじっと見ている。
その様子はすっかりいつもの彼のそれ。
「誰だったんですか?」
「あ…桐嶋…社長。腰壁のカタログが要るらしくて」
「…どっかから見張ってんのかよ。依子さん今から行くんですか?」
「いや、5分で取りに来るって」
「取りに来る?桐嶋さんが?」
「うん。渡したらそのまま帰ろうかな」
これ以上神田くんと二人きりでここに居たら心臓が破裂する。
「神田くんも帰る?」
「そうですね。桐嶋さんの顔の傷見て帰ろうかな」
悪戯っぽく笑いながら、自分のデスクに向かう神田くんの背中を見て、密かに胸を撫で下ろした。
急いで帰り支度を済ませ、フロアの消灯を任せた後、指定されたカタログを持って先にエントランスまで降りた。
自動ドアが開くのと同時に桐嶋の車が横付けされた。
電話を切ってからジャスト5分だ。
運転席から出て来た桐嶋の両頬には、くっきりとした引っ掻き傷。
今更だけど、抵抗するなら傷になっても見えないところを殴るとかにすればよかったと後悔した。
せめてマスクをするとかして隠せば良いのに、見せつけるかのように晒している。
こんな綺麗な顔に傷を付けてしまった。
罪悪感がジワジワと湧いてきて、桐嶋の顔から目が離せなくなった。
だから気付くのが遅れた。
桐嶋がこちらに向かって足を踏み出したことに。
あっという間に目の前まで来ると、私が傷付けた、桐嶋の美しい顔がどんどん近付いてくる。
キスされると思った瞬間
スンッ
と桐嶋の鼻が音をたてる。
冷たいものが背中を走る。
少し体を戻して私を射るように見る双眼に、覚えのある怒りの炎。
「神田」
「え!?」
さっきのことがバレたの!?
犬並みの嗅覚!?
と思ったら、私の後ろに神田くんが立っていた。
「こんな時間までお疲れ様です。桐嶋さん。どうしたんですか?その傷」
神田くん、分かってる癖にシレッと聞いちゃうなんて、良い性格してるなあ。
「…新しく飼い始めた猫、生意気なことにキスすると引っ掻くんだよ」
「ね、猫!?」
「へえ、意外。桐嶋さん猫なんて気難しい動物より、すぐ腰…じゃなくて、尻尾振る犬のほうが合ってるんじゃないですか?」
「…んなことより、明日篠原設計との顔合わせ、俺が紹介してやったんだからしっかりやれよ」
「分かってますって。桐嶋さんの担当はもう俺じゃないんですから、ウチの依子さんに無茶ばっかり言わないでくださいね」
「俺のなんだから、どう使おうが勝手だろ」
神田くんはニコニコ、桐嶋はいつもの無表情で話してるけど、何故かそれが妙に怖い。
「そんなこと言ってたらまた引っ掛かれちゃいますよ」
「一から躾け直す」
「っくしゅん!」
冷たい夜風のせいで、くしゃみをしたのは私。
二人の視線が一気にこちらに向く。
桐嶋は、それ以上何も言わずに助手席のドアを開けると、私の腕を掴み、体を押し込んだ。
すぐにドアを閉め、私が出られないようにそこに背中をもたれて神田くんと少し話をして運転席に乗り込んだ。
神田くんに挨拶もさせてもらえないまま、車は動き出した。
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