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今日は何だか落ち着かない。
背中の辺りがゾワゾワピリピリ。
上手く表現できない、複雑な遠い昔の感覚。
これ、何だっけ??
*
今日は後輩の付添いで小洒落たイベントに来ている。
人生初かもしれない「ワインパーティー」。
お酒は飲める口だけど、正直ワインよりカクテルの方が好きなんだよなぁ。
そんなことを考えつつスマホの画面をチェックする。
神田くんめ。どこで油売ってるんだ。
待ち合わせ時間を、もう20分も過ぎている。
それにしても、居心地悪い。
謎のゾワゾワも消えたかと思えば湧いてくる。
知らない人ばっかりだし。芳醇過ぎるワインの香りにも気分悪くなりそう。
「依子さーん!」
エントランスから神田くんがこちら目掛けて走って来た。
「神田くん…入口手前から走り始めた割に息切れしてるね」
「あ。バレました?さすが依子さん」
「ふふふ」
「あははー…ごめんなさい」
「最初から素直に謝ろうね?」
私たちは総合建材商社に勤めている。
3年前に入社して来た神田くんは絵に描いたような爽やかイケメンで,入社初日に未婚既婚を問わず女子社員からの絶大な支持を獲得した。
そんな中、会社が諸般の事情を考慮した結果、彼の教育係として選んだのが色気も化粧っ気もない、当時入社3年目の私、園宮依子だった。
神田くんは飲み込みも要領も良く、全然手がかからない子で、あっと言う間に教育係はお役御免となった。
その後彼は順調に実績を積み、短期間で営業部の次期エースと呼ばれるようになった。
自分が育てた後輩がそんな風になるのは嬉しいけど、「頼れる先輩」とおだてて、お役御免となった元教育係を上手く利用する程にまでは成長してくれなくても良かったのにな。
ふわふわした茶色の髪を手櫛で軽く整えながら、ニコニコと私の顔を見つめていた神田くんは、不意にその長身を折り曲げて私の顔を覗き込んだ。
あ。
神田くんのスタイリング剤の香り。
…甘いのに爽やか。
いつも思うけど,これ何の香りだろう。
「依子さん…気分悪いですか?いつもに増して顔が青白いですよ?」
「いや。大丈夫」
「もう帰っちゃいましょうか?」
「何言ってるの。来たばっかりで。神田くんのクライアントからのご招待でしょ」
そんな感じだから最近周りに「後輩のくせに、先輩を甘やかしてる」なんて言われるんだよ。
心なしか残念そうな顔をして私の少し前を歩く神田くんに付いてあいさつ回りに向かった。
「次で最後ですよ」
「さっきので最後じゃなかったの?
分かってたけど、こんな格好でひたすら名刺交換すると流石に疲れるわ」
いつものパンツスーツにローヒールパンプスで来れば良かった。
シフォン素材のドレスが膝に触れる度にくすぐったい。
「依子さん。今日めちゃめちゃ綺麗ですよ。いつもメイクこれくらいしっかりすれば良いのに」
「嫌よ。朝は一秒でも長く寝てたいもの。仕事なんだから最低限の身だしなみで十分だし、あんまり化粧濃くして仕事してたら『色目使ってる』とか言われるもの」
「へー。そんなこと言われるんですか。大変なんですね。女の人って。…あ、桐嶋さん!」
神田くんの目線の先には漆黒のスーツを着た男が立っていた。
途端に目の前が真っ暗になる。
嘘。
どうしてこの男がこんなところに?
「依子さん!?」
急に俯いた私に気付いて、その男に挨拶していた神田くんが慌てて振り返る。
「依子…?」
私が知るより少し低い声。
男が、神田くんを押しのけて目の前に立ちはだかった。
「園宮…依子…?」
私の名前を知っているということは、間違いない。
更に一歩詰め寄ると、いきなり私の身体をその肩に担ぎ上げた。
「ちょっ…、下ろして!」
私の言葉も神田くんが呼び止める声も全く気に留めず、淡々とエントランスに向かい、あっという間に彼のものと思われる真っ黒いセダンの助手席に押し込められた。
ー逃げなきゃ。
身体を起こしてドアノブに手を掛けたのと同時に男が運転席に滑り込んでエンジンをかけ、一言冷たく放った。
「勝手に降りたら轢く」
背筋が凍りつく。
男が何を考えているのか全く分からず,持ってきたバッグを強く抱きしめて解放されるのを待った。
背中の辺りがゾワゾワピリピリ。
上手く表現できない、複雑な遠い昔の感覚。
これ、何だっけ??
*
今日は後輩の付添いで小洒落たイベントに来ている。
人生初かもしれない「ワインパーティー」。
お酒は飲める口だけど、正直ワインよりカクテルの方が好きなんだよなぁ。
そんなことを考えつつスマホの画面をチェックする。
神田くんめ。どこで油売ってるんだ。
待ち合わせ時間を、もう20分も過ぎている。
それにしても、居心地悪い。
謎のゾワゾワも消えたかと思えば湧いてくる。
知らない人ばっかりだし。芳醇過ぎるワインの香りにも気分悪くなりそう。
「依子さーん!」
エントランスから神田くんがこちら目掛けて走って来た。
「神田くん…入口手前から走り始めた割に息切れしてるね」
「あ。バレました?さすが依子さん」
「ふふふ」
「あははー…ごめんなさい」
「最初から素直に謝ろうね?」
私たちは総合建材商社に勤めている。
3年前に入社して来た神田くんは絵に描いたような爽やかイケメンで,入社初日に未婚既婚を問わず女子社員からの絶大な支持を獲得した。
そんな中、会社が諸般の事情を考慮した結果、彼の教育係として選んだのが色気も化粧っ気もない、当時入社3年目の私、園宮依子だった。
神田くんは飲み込みも要領も良く、全然手がかからない子で、あっと言う間に教育係はお役御免となった。
その後彼は順調に実績を積み、短期間で営業部の次期エースと呼ばれるようになった。
自分が育てた後輩がそんな風になるのは嬉しいけど、「頼れる先輩」とおだてて、お役御免となった元教育係を上手く利用する程にまでは成長してくれなくても良かったのにな。
ふわふわした茶色の髪を手櫛で軽く整えながら、ニコニコと私の顔を見つめていた神田くんは、不意にその長身を折り曲げて私の顔を覗き込んだ。
あ。
神田くんのスタイリング剤の香り。
…甘いのに爽やか。
いつも思うけど,これ何の香りだろう。
「依子さん…気分悪いですか?いつもに増して顔が青白いですよ?」
「いや。大丈夫」
「もう帰っちゃいましょうか?」
「何言ってるの。来たばっかりで。神田くんのクライアントからのご招待でしょ」
そんな感じだから最近周りに「後輩のくせに、先輩を甘やかしてる」なんて言われるんだよ。
心なしか残念そうな顔をして私の少し前を歩く神田くんに付いてあいさつ回りに向かった。
「次で最後ですよ」
「さっきので最後じゃなかったの?
分かってたけど、こんな格好でひたすら名刺交換すると流石に疲れるわ」
いつものパンツスーツにローヒールパンプスで来れば良かった。
シフォン素材のドレスが膝に触れる度にくすぐったい。
「依子さん。今日めちゃめちゃ綺麗ですよ。いつもメイクこれくらいしっかりすれば良いのに」
「嫌よ。朝は一秒でも長く寝てたいもの。仕事なんだから最低限の身だしなみで十分だし、あんまり化粧濃くして仕事してたら『色目使ってる』とか言われるもの」
「へー。そんなこと言われるんですか。大変なんですね。女の人って。…あ、桐嶋さん!」
神田くんの目線の先には漆黒のスーツを着た男が立っていた。
途端に目の前が真っ暗になる。
嘘。
どうしてこの男がこんなところに?
「依子さん!?」
急に俯いた私に気付いて、その男に挨拶していた神田くんが慌てて振り返る。
「依子…?」
私が知るより少し低い声。
男が、神田くんを押しのけて目の前に立ちはだかった。
「園宮…依子…?」
私の名前を知っているということは、間違いない。
更に一歩詰め寄ると、いきなり私の身体をその肩に担ぎ上げた。
「ちょっ…、下ろして!」
私の言葉も神田くんが呼び止める声も全く気に留めず、淡々とエントランスに向かい、あっという間に彼のものと思われる真っ黒いセダンの助手席に押し込められた。
ー逃げなきゃ。
身体を起こしてドアノブに手を掛けたのと同時に男が運転席に滑り込んでエンジンをかけ、一言冷たく放った。
「勝手に降りたら轢く」
背筋が凍りつく。
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