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偶然の運命 3
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翌日、いつもより早く出勤し、『葵様』のことを調べた。
「本当にいた…」
真田葵。
お嬢様大学として有名な私立の女子大を卒業後、新卒入社。
総務部所属で、俺より1つ年下の26歳。
経歴的に問題はない。
もしかしたら俗に言う『行き遅れ』かもと思っていたが、それも違った。
10も20も上だったら…と懸念していたので、正直安堵した。
残念だったのは、ここにも顔写真がなかったことだ。
年齢が問題なかった分、やはり容姿が?
そうでなければ、何故『葵様』は秘密裏に政略結婚させられるのか?
と疑念が強まる。
しかし、考えても答えは出ないし、迷っていても埒があかない。
始業とともに、祖父の代から会社に尽くしてくれていて、殆ど身内と変わらない役員と、その妻である秘書課のメンバーに経緯を説明し、『葵様』を秘書課に引き抜くと伝えた。
俺が社長に就任した時に、社長付きの秘書が必要だったので、誰も異議は唱えなかった。
と、言うより、秘書課の三人は妙に色めきたっていたような…。
『葵様』の美醜がどうであれ、可能な限り早く落として、結婚まで持ち込まなければ。
その為に、とにかく側に置くのが最善と考えた結果だった。
「私から人事部と総務部に話つけとうこか?」
と、利加子に言われたが、断った。
もうじき社長に就任することはおろか、俺が利加子の息子で、創業者の血族であるということは、社の他の人間は知らない。
そのせいで、入社してすぐに秘書課の課長になると、事情を知らない人間たちは異例の抜擢に驚き、俺は社長の愛人という噂が広がってしまった。
利加子は面白がって、俺はどうでも良くて、放置した結果、各部署の部長クラスの人間さえ、俺に逆らう者はいなくなった。
だから、わざわざ利加子の手を煩わせることもなく総務部から引き抜けるだろう。
俺が社長になったら、会社のこういう体質は改善させよう。
そんなことを考えながらも、やはり息を吸うくらい簡単に人事部長の決済を得て、総務部のフロアへと急いだ。
だだっ広い総務部をザッと見回しながら、部長の席に向かう途中、この中に『葵様』がいると思うと、緊張で心臓がドクドクと煩い。
ごくん、と唾を飲み込み、作戦開始。
足を止め、フロア中に聞こえるよう、はっきり大きな声で,佐々木部長に言った。
「真田葵さんを、俺にください」
公開プロポーズのような言葉に、フロア中が静まり返る。
手っ取り早く意識してもらいたいがために考えたセリフではあるが、本気度は100%だった。
半ば強制的に佐々木部長の許可を得て、ついに『葵様』とのご対面。
「真田さん、どこ?」
呼びかけても返事はない。
ざわめき始める社員の視線の先に、地蔵のように固まった、華奢な背中。
走って行きたい気持ちを抑えつつ、彼女の背後に回って声をかける。
「真田、葵…さん?」
ついに拝顔。
なんて余裕があったのはここまでだった。
彼女がゆっくりと振り返り、猫のように大きな目と視線が絡んだ瞬間、拳で心臓を直に殴られたような衝撃が走った。
「は…い」
声を聞けば全身が痺れるような感覚。
『葵様』の何がこんなに俺の心を掻き乱すのか。
知りたくて、脳が勝手に葵様の顔のパーツを上から分析し始め、桜色の小さな唇を見た時。
今ここで食べてしまいたい。
マグマのように熱い衝動が、腹の底から湧き上がった。
白昼のオフィスじゃなかったら、ヤバかった。
本当にあの場でキスしてしまいそうだった。
総務部ほぼ全員の視線のお蔭で正気を取り戻した後、上手く平静を装うことすらできず、葵様の荷物を勝手に奪って来た。
まだ心臓がバクバク言ってる。
下手したら、下半身が臨戦態勢に入りそうなレベル。
あれは一体何だったのか?
いやいや。
単に、ずっと神秘のベールに包まれていた葵様の顔が見れたという達成感からの興奮に違いない。
何のために葵様を秘書課に異動させるのか思い出せ。
「真田さん!」
気合いを入れ直して呼び掛ける。
なのに。
同僚と話していた葵様は、パッとこちらを見ると、猫目の癖に、忠実な小型犬みたいに俺を目掛けてピュッと走って来た。
エレベーターを待つ俺の斜め後ろでブレーキをかけると、ふわりと髪からいい匂い。
それだけで、また胸の辺りでギュンッと変な音がする。
静かに開いたエレベーターのドアの中は幸か不幸か空っぽで、秘書課のある最上階までの密室の中、俺は心の中でひたすら般若心経を唱えていた。
「本当にいた…」
真田葵。
お嬢様大学として有名な私立の女子大を卒業後、新卒入社。
総務部所属で、俺より1つ年下の26歳。
経歴的に問題はない。
もしかしたら俗に言う『行き遅れ』かもと思っていたが、それも違った。
10も20も上だったら…と懸念していたので、正直安堵した。
残念だったのは、ここにも顔写真がなかったことだ。
年齢が問題なかった分、やはり容姿が?
そうでなければ、何故『葵様』は秘密裏に政略結婚させられるのか?
と疑念が強まる。
しかし、考えても答えは出ないし、迷っていても埒があかない。
始業とともに、祖父の代から会社に尽くしてくれていて、殆ど身内と変わらない役員と、その妻である秘書課のメンバーに経緯を説明し、『葵様』を秘書課に引き抜くと伝えた。
俺が社長に就任した時に、社長付きの秘書が必要だったので、誰も異議は唱えなかった。
と、言うより、秘書課の三人は妙に色めきたっていたような…。
『葵様』の美醜がどうであれ、可能な限り早く落として、結婚まで持ち込まなければ。
その為に、とにかく側に置くのが最善と考えた結果だった。
「私から人事部と総務部に話つけとうこか?」
と、利加子に言われたが、断った。
もうじき社長に就任することはおろか、俺が利加子の息子で、創業者の血族であるということは、社の他の人間は知らない。
そのせいで、入社してすぐに秘書課の課長になると、事情を知らない人間たちは異例の抜擢に驚き、俺は社長の愛人という噂が広がってしまった。
利加子は面白がって、俺はどうでも良くて、放置した結果、各部署の部長クラスの人間さえ、俺に逆らう者はいなくなった。
だから、わざわざ利加子の手を煩わせることもなく総務部から引き抜けるだろう。
俺が社長になったら、会社のこういう体質は改善させよう。
そんなことを考えながらも、やはり息を吸うくらい簡単に人事部長の決済を得て、総務部のフロアへと急いだ。
だだっ広い総務部をザッと見回しながら、部長の席に向かう途中、この中に『葵様』がいると思うと、緊張で心臓がドクドクと煩い。
ごくん、と唾を飲み込み、作戦開始。
足を止め、フロア中に聞こえるよう、はっきり大きな声で,佐々木部長に言った。
「真田葵さんを、俺にください」
公開プロポーズのような言葉に、フロア中が静まり返る。
手っ取り早く意識してもらいたいがために考えたセリフではあるが、本気度は100%だった。
半ば強制的に佐々木部長の許可を得て、ついに『葵様』とのご対面。
「真田さん、どこ?」
呼びかけても返事はない。
ざわめき始める社員の視線の先に、地蔵のように固まった、華奢な背中。
走って行きたい気持ちを抑えつつ、彼女の背後に回って声をかける。
「真田、葵…さん?」
ついに拝顔。
なんて余裕があったのはここまでだった。
彼女がゆっくりと振り返り、猫のように大きな目と視線が絡んだ瞬間、拳で心臓を直に殴られたような衝撃が走った。
「は…い」
声を聞けば全身が痺れるような感覚。
『葵様』の何がこんなに俺の心を掻き乱すのか。
知りたくて、脳が勝手に葵様の顔のパーツを上から分析し始め、桜色の小さな唇を見た時。
今ここで食べてしまいたい。
マグマのように熱い衝動が、腹の底から湧き上がった。
白昼のオフィスじゃなかったら、ヤバかった。
本当にあの場でキスしてしまいそうだった。
総務部ほぼ全員の視線のお蔭で正気を取り戻した後、上手く平静を装うことすらできず、葵様の荷物を勝手に奪って来た。
まだ心臓がバクバク言ってる。
下手したら、下半身が臨戦態勢に入りそうなレベル。
あれは一体何だったのか?
いやいや。
単に、ずっと神秘のベールに包まれていた葵様の顔が見れたという達成感からの興奮に違いない。
何のために葵様を秘書課に異動させるのか思い出せ。
「真田さん!」
気合いを入れ直して呼び掛ける。
なのに。
同僚と話していた葵様は、パッとこちらを見ると、猫目の癖に、忠実な小型犬みたいに俺を目掛けてピュッと走って来た。
エレベーターを待つ俺の斜め後ろでブレーキをかけると、ふわりと髪からいい匂い。
それだけで、また胸の辺りでギュンッと変な音がする。
静かに開いたエレベーターのドアの中は幸か不幸か空っぽで、秘書課のある最上階までの密室の中、俺は心の中でひたすら般若心経を唱えていた。
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