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暴かれた秘密 3
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出会ってたった二ヶ月だったけど、唯人はいつも優しくて。
私の気持ちに寄り添い、考えてくれた。
私が求めるものだけを与えてくれた。
だから、お爺様との取引のことだって、
「取引なんて関係ない。葵のことが好きだよ」
いつものように優しく笑って、そう言ってくれれば、その言葉を信じたのに。
ずっと騙していて欲しかったのに。
いつの間にかそれくらい好きになっていたことを、こんな形で気付かされた。
私には泣く資格なんてない。
分かっているのに、足元には涙でできた黒い染みが、どんどん数を増やしていく。
律に体を許したのは私。
律と関係を持っても、唯人なら許してくれると思い上がっていたのかもしれない。
一体私は、いつからこんなあさましい人間になったのだろう。
幻だった唯人の暖かい腕の中を思って、しばらく非常階段から動けなかった。
涙も鼻水も枯れるまで泣いたら,少しだけ落ち着きを取り戻した。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
仕事中の人たちの目をかいくぐり,何とか誰にも会わずに会社を脱出した。
エントランスを足早に出ると,植え込みのところにいつかと同じように,見慣れた綺麗な顔があった。
「りっちゃん…」
「すっごいブス顔」
酷いと思いつつ,隠すように頬に手を当てるとザラっとマスカラのこびりついた感触。
何も言い返せなさそうだ。
指の腹で擦って落としていると,見かねた律が,ポケットからハンカチを出して少し強めに拭いてくれた。
「何でここにいるの?仕事は?」
「アオが泣いてると思って」
「…何で分かるの」
「分かるよ。アオのことなら何でも分かる」
じっと見つめられると、本当に頭の中が見えてるんじゃないかと思えてくる。
「私のことが何でも分かるなら…」
言いかけたところで、会社の自動ドアが開き、続々と社員が出て来始めた。
昼休みになったらしい。
「帰るぞ。見られたくないだろ?そんな顔。家まで送る」
律は私の鞄をサッと取り上げると、自分の車の方に向かって歩き始めた。
駐車場を横切る時、無意識に目がいったのは、いつも社長用の社用車が止められているスペース。
外出したのか既に車はなく、ポッカリと空いたスペースが、まるで「お前は用無しだ」と言っているように見える。
枯れたはずの涙が、またじわりと湧いて来た。
律に見られないように目を瞬かせて、空気に混ぜて、律の車に乗り込んだ。
家までの道中、車内に言葉はなく、「私のことは何でもわかる」と言った律はただ、私が膝の上に作っていた拳に掌を重ねていた。
まるで私の気持ちに蓋をしているみたいに。
「今日はその話聞く気ない」と言っているみたいに。
「ありがとう、りっちゃん」
問題を先延ばしにするのは良くないけれど、律が聞く気がなければ仕方がない。
諦めて車を降りようとすると、私の腕を掴んで律がぼやいた。
「…アオ、この俺をアシにしといて茶の一杯も出さないの?」
迎えを頼んだ覚えはないのに、と思いつつ、いつもの律っぽい発言にちょっとだけ心が軽くなった。
それに、きちんと話をするチャンスかもしれない。
そう思って律を家に招いた。
「へえ、中こんな風だったんだ。アオん家」
「あれ?りっちゃん来たことなかったっけ?」
「ない」
確かにこの家に律がいることに、言いようのない違和感がある。
分家の人間が本家に行くことはあっても、本家の人間が分家に行くことはほとんどないからか。
「アオの部屋どこ?」
「2階だけど、今散らかってるからダイニングでいい?」
「優さんが留守がちだからって、だらしない生活するなよな」
小言を言われながら、二人連れ立って洗面所に向かう。
こうしていると、この数日間の出来事が、夢だったのではないかと錯覚してしまう。
でも、手を洗って、顔を上げると現実に直面した。
「何っ、これ!!」
「言っただろ?ブス顔って」
細かい描写は省略するけれど、鏡に映った私の顔は、想像以上に酷かった。
しかも、隣に律の顔があるせいで、元々酷いのが3割増しで酷く見える。
「顔洗ってから行くから、りっちゃんは手を洗ったら先にダイニングに行ってて!!廊下出て右側ね!!」
「その顔で公道を歩かせなかったんだから、感謝しろよ」
言い捨てて、律は洗面所から出て行った。
殆どメイクの残っていない肌に、クレンジングを馴染ませると痛いくらい沁みた。
私の気持ちに寄り添い、考えてくれた。
私が求めるものだけを与えてくれた。
だから、お爺様との取引のことだって、
「取引なんて関係ない。葵のことが好きだよ」
いつものように優しく笑って、そう言ってくれれば、その言葉を信じたのに。
ずっと騙していて欲しかったのに。
いつの間にかそれくらい好きになっていたことを、こんな形で気付かされた。
私には泣く資格なんてない。
分かっているのに、足元には涙でできた黒い染みが、どんどん数を増やしていく。
律に体を許したのは私。
律と関係を持っても、唯人なら許してくれると思い上がっていたのかもしれない。
一体私は、いつからこんなあさましい人間になったのだろう。
幻だった唯人の暖かい腕の中を思って、しばらく非常階段から動けなかった。
涙も鼻水も枯れるまで泣いたら,少しだけ落ち着きを取り戻した。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
仕事中の人たちの目をかいくぐり,何とか誰にも会わずに会社を脱出した。
エントランスを足早に出ると,植え込みのところにいつかと同じように,見慣れた綺麗な顔があった。
「りっちゃん…」
「すっごいブス顔」
酷いと思いつつ,隠すように頬に手を当てるとザラっとマスカラのこびりついた感触。
何も言い返せなさそうだ。
指の腹で擦って落としていると,見かねた律が,ポケットからハンカチを出して少し強めに拭いてくれた。
「何でここにいるの?仕事は?」
「アオが泣いてると思って」
「…何で分かるの」
「分かるよ。アオのことなら何でも分かる」
じっと見つめられると、本当に頭の中が見えてるんじゃないかと思えてくる。
「私のことが何でも分かるなら…」
言いかけたところで、会社の自動ドアが開き、続々と社員が出て来始めた。
昼休みになったらしい。
「帰るぞ。見られたくないだろ?そんな顔。家まで送る」
律は私の鞄をサッと取り上げると、自分の車の方に向かって歩き始めた。
駐車場を横切る時、無意識に目がいったのは、いつも社長用の社用車が止められているスペース。
外出したのか既に車はなく、ポッカリと空いたスペースが、まるで「お前は用無しだ」と言っているように見える。
枯れたはずの涙が、またじわりと湧いて来た。
律に見られないように目を瞬かせて、空気に混ぜて、律の車に乗り込んだ。
家までの道中、車内に言葉はなく、「私のことは何でもわかる」と言った律はただ、私が膝の上に作っていた拳に掌を重ねていた。
まるで私の気持ちに蓋をしているみたいに。
「今日はその話聞く気ない」と言っているみたいに。
「ありがとう、りっちゃん」
問題を先延ばしにするのは良くないけれど、律が聞く気がなければ仕方がない。
諦めて車を降りようとすると、私の腕を掴んで律がぼやいた。
「…アオ、この俺をアシにしといて茶の一杯も出さないの?」
迎えを頼んだ覚えはないのに、と思いつつ、いつもの律っぽい発言にちょっとだけ心が軽くなった。
それに、きちんと話をするチャンスかもしれない。
そう思って律を家に招いた。
「へえ、中こんな風だったんだ。アオん家」
「あれ?りっちゃん来たことなかったっけ?」
「ない」
確かにこの家に律がいることに、言いようのない違和感がある。
分家の人間が本家に行くことはあっても、本家の人間が分家に行くことはほとんどないからか。
「アオの部屋どこ?」
「2階だけど、今散らかってるからダイニングでいい?」
「優さんが留守がちだからって、だらしない生活するなよな」
小言を言われながら、二人連れ立って洗面所に向かう。
こうしていると、この数日間の出来事が、夢だったのではないかと錯覚してしまう。
でも、手を洗って、顔を上げると現実に直面した。
「何っ、これ!!」
「言っただろ?ブス顔って」
細かい描写は省略するけれど、鏡に映った私の顔は、想像以上に酷かった。
しかも、隣に律の顔があるせいで、元々酷いのが3割増しで酷く見える。
「顔洗ってから行くから、りっちゃんは手を洗ったら先にダイニングに行ってて!!廊下出て右側ね!!」
「その顔で公道を歩かせなかったんだから、感謝しろよ」
言い捨てて、律は洗面所から出て行った。
殆どメイクの残っていない肌に、クレンジングを馴染ませると痛いくらい沁みた。
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