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ディスプレイが暗くなったスマホを置いたダイニングテーブルには、二人分どころではない量の食材と、フルボトルのワイン。
それから、晴臣の好きないちごのショートケーキと、私の好きなザッハトルテ。
「…一人でどうしろって言うのよ、こんなに…っ!」
冷蔵庫に押し込み、コートを仕舞うためにウォークインクローゼットに向かう途中、玄関で足が止まった。
「『ただ側にいられるだけでいい』って…『一生側にいさせてくれ』って言ったのに…」
吐き捨ててから、コートをハンガーに引っ掛け、玄関を見ないようにして自室へ駆け込んだ。
その勢いでベッドにダイブすれば、すぐにここで初めて晴臣と一緒に寝た日の温もり、声、仕草、全部が鮮明に蘇ってしまった。
瞬きもしていないのに、目から勝手に涙が溢れて、頬を伝う。
「こんな家…一人で住めるわけないじゃない!」
冷たい布団を目一杯きつく抱きしめ、自分に尋ねた。
じゃあ、ここを引き払いさえすれば、元の生活に戻れる?
答えは、NOだ。
とっくに、晴臣のいない人生なんて考えられなくなっていた。
生まれたときから私は晴臣の一部で、晴臣は私の一部だったから。
本当は、晴臣だって同じはず。
「私がいないと眠れない癖に…!」
私はベッドから跳ね起きて涙を拭くと、もう一度ウォークインクローゼットへ向かい、コートを掴んで走り出した。
勢いで光越本社に来たまでは良かった。
でも、その後のことは何も考えていなかった。
エントランスには警備員が立っていて、アポイントも何もない部外者の私なんてとても中に入れそうにない。
そもそも中に入れたとしても、晴臣は仕事中だ。
邪魔をするわけにはいかない。
短絡的な自分に呆れつつも、ここに来たのは間違いではないという確信だけはあった。
今日話をしなければ、多分晴臣は消えてしまう。
私が婚約の解消を申し出たときと同じように。
そして、今度こそ二度と私の前に姿を表さないだろう。
それだけは、嫌だ。
その一心で、社屋前に佇む街路樹にもたれ、私は晴臣が出てくるのを待つことにした。
あっという間に日中暖かく照らしてくれていた太陽が沈むと、一気に気温が下がり、体を芯から冷たくした。
何度か仕事を終えた光越の社員らしき人に、誰か待っているのかと尋ねられたけれど、「お構いなく」と断った。
けれど、待てど暮せど晴臣は出てこない。
ビルの灯りが一つ消える度に、どんどん心細くなり、変な遠慮なんてせずに、晴臣を呼んでもらえば良かったと後悔は大きくなった。
そしてとうとう、最後の灯りが消えた。
どうか、晴臣でありますように。
祈るような気持ちで、エントランスから出てくる人物の顔を見た。
長身で、涼し気な目元の男―
「…千歳ちゃん?」
でも、その声も、その呼び方も、晴臣のものではなかった。
それから、晴臣の好きないちごのショートケーキと、私の好きなザッハトルテ。
「…一人でどうしろって言うのよ、こんなに…っ!」
冷蔵庫に押し込み、コートを仕舞うためにウォークインクローゼットに向かう途中、玄関で足が止まった。
「『ただ側にいられるだけでいい』って…『一生側にいさせてくれ』って言ったのに…」
吐き捨ててから、コートをハンガーに引っ掛け、玄関を見ないようにして自室へ駆け込んだ。
その勢いでベッドにダイブすれば、すぐにここで初めて晴臣と一緒に寝た日の温もり、声、仕草、全部が鮮明に蘇ってしまった。
瞬きもしていないのに、目から勝手に涙が溢れて、頬を伝う。
「こんな家…一人で住めるわけないじゃない!」
冷たい布団を目一杯きつく抱きしめ、自分に尋ねた。
じゃあ、ここを引き払いさえすれば、元の生活に戻れる?
答えは、NOだ。
とっくに、晴臣のいない人生なんて考えられなくなっていた。
生まれたときから私は晴臣の一部で、晴臣は私の一部だったから。
本当は、晴臣だって同じはず。
「私がいないと眠れない癖に…!」
私はベッドから跳ね起きて涙を拭くと、もう一度ウォークインクローゼットへ向かい、コートを掴んで走り出した。
勢いで光越本社に来たまでは良かった。
でも、その後のことは何も考えていなかった。
エントランスには警備員が立っていて、アポイントも何もない部外者の私なんてとても中に入れそうにない。
そもそも中に入れたとしても、晴臣は仕事中だ。
邪魔をするわけにはいかない。
短絡的な自分に呆れつつも、ここに来たのは間違いではないという確信だけはあった。
今日話をしなければ、多分晴臣は消えてしまう。
私が婚約の解消を申し出たときと同じように。
そして、今度こそ二度と私の前に姿を表さないだろう。
それだけは、嫌だ。
その一心で、社屋前に佇む街路樹にもたれ、私は晴臣が出てくるのを待つことにした。
あっという間に日中暖かく照らしてくれていた太陽が沈むと、一気に気温が下がり、体を芯から冷たくした。
何度か仕事を終えた光越の社員らしき人に、誰か待っているのかと尋ねられたけれど、「お構いなく」と断った。
けれど、待てど暮せど晴臣は出てこない。
ビルの灯りが一つ消える度に、どんどん心細くなり、変な遠慮なんてせずに、晴臣を呼んでもらえば良かったと後悔は大きくなった。
そしてとうとう、最後の灯りが消えた。
どうか、晴臣でありますように。
祈るような気持ちで、エントランスから出てくる人物の顔を見た。
長身で、涼し気な目元の男―
「…千歳ちゃん?」
でも、その声も、その呼び方も、晴臣のものではなかった。
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