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第十一章 死の洞窟の案内人 嘘つき少女シエル
165-相違点
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<死の洞窟 第二層>
ワイワイと騒ぎながら進んでいた第一層とは一転し、第二層からは空気が一気に重くなった。
危機感知スキルが幾度となく警告してくる状況が続くゆえに、じわりじわりと神経がすり減って行く。
改めてここが多くの人々の命を喰らう【死の洞窟】であると嫌でも実感してしまうわけだが、それ以上に気を張りながら進むシエルの表情からは、皆の命を預かる責任感の重さが伝わってくる。
「ふぅ、これで大丈夫や」
部屋の四隅の壁に仕掛けられたトラップを解除したシエルは「よっこらしょっとー!」と独特な掛け声を上げながら、第三層へと続く階段にドカッと座った。
「お疲れ様。ここらで少し長めに休憩する?」
「せやね。この先もずっと気ィピリピリなるし、そうしてもらえると助かるわー」
シエルはそう言って額の汗を袖で拭いつつ、階段の上に望む深淵へと目をやる。
「全部覚えてる言うても、油断は出来ひん。こんなトコで死んだら、にーちゃんの日記に書いとったアホンダラ以下やん? それだけはイヤや」
彼女の言うアホンダラとはつまり、第三層の罠でシャロンをかばって死んだ自分自身のことであろう。
自分のこととはいえ、そこまでバッサリとアホ呼ばわりするとは……。
『うーん……』
と、俺の隣にぺたりと座ったエレナが悩ましげな顔で首を傾げている。
「何か気になることでもあった?」
『カナタさんの記録だとシエルさんは、この後にシャロンさんから平手打ちされてるんですよね』
「あー……」
エレナの言葉に日記の内容を思い出したのか、シエルも足下に落ちている石を手に取ると、不満げな顔で階段をガリガリと削りつつポイッとそれを放り投げた。
「ウチもそこ一番ムカつくわ。そもそもここから先は即死トラップの雨あられや。そんな状況で必死扱いてんのにビンタとか、めっちゃムカつくやん。死んでまえ思うわ」
「言い方ッ!」
シエルの返事を聞いたエレナは更に難しそうな顔で、心の内を言葉にする。
『その後、シエルさんはシャロンさんを助けようとして亡くなってるんですが……なんだか、おかしいと思いません?』
「おかしい?」
『シエルさんは、そんな状況下でシャロンさんを助けるために命をかけられますか』
「絶対スルーやろな。ウチもあそこで助ける理由がサッパリわからへん」
問いに対しシエルがまさかの即答。
だが、その反応を想定していたかのように、エレナはため息を吐いた。
『私もそう思って、これまでの日記を読み返してみましたけど……よくよく考えると、明らかにカナタさんの書き忘れとは思えない相違点《・・・》がいくつかあるんです』
相違点と言われても、死の洞窟にプリシア姫がついて来ちゃってる時点で相違点だらけな気がする。
けれどエレナが言いたいのは、それとは違う意図のようだ。
『シエルさんもですけど、先日のドワーフの都で出会ったセツナさんもおかしかったじゃないですか。いくら勇者相手だからって、空で高笑いするような性格では無いですし』
「……酒飲んで酔っぱらったまま勇者達と戦闘になって、テンションアゲアゲだったんじゃないの?」
『うぐっ!』
いきなりサツキに突っ込まれてぐうの音も出ないのか、エレナは頭を抱えてしまった。
とりあえず、サツキに一発チョップをかましておく。
「ごめんエレナ。続きをお願い」
『あっ、はい。……少なくとも今のシエルさんは、カナタさんの知るシエルさんとは全く別人だと思います。仮にそうだとしても、どうしてそのような変化が起きているのかまでは分からないのですが」
「うーん……」
さらにエレナは洞窟の奥へと目を向けると、少しだけ暗い表情で呟く。
『そして、聖なる泉の守護者である私はここに居ます。私と同等の存在が居れば良いのですが、もしも居なければ……洞窟の向こう側の世界は、どうなっているのでしょう……?』
「!」
今の言葉で、ようやくエレナの悩んでいた理由が分かった。
死の洞窟を無事に全員で突破出来たとしても、その先にサイハテの街が俺の知る形で存在しているという確証が無いんだ。
シエルの両親だって、危機的状況から我が子を護るため、命からがら死の洞窟を越えてきた可能性だってある。
そうなると、生まれ故郷に戻ったシエルが残酷な現実を突きつけられることに……。
『ですから、このまま進んだところで結局は、シエルさんに辛い思いをさせてしまうんじゃないかと。それが心配なのです』
エレナの言葉に、皆は足を止めてうつむく。
そんな状況を見てシエルは首を横に振ると、エレナの肩をぽんぽんと叩いた。
「ねーちゃんアホなん?」
『うええっ!?!?』
あまりにあんまり過ぎる一言に、エレナは素っ頓狂な声を上げるものの、シエルはヤレヤレと呆れ顔で苦笑する。
「婆さんが気ぃ利かせてくれとったけどな、ぶっちゃけウチは故郷に思い入れなんて無いねん。こーんな小さい頃の話やで? 覚えてへんわ」
シエルは指先でちっちゃい丸を作りながら説明するけれど、そこまで小さくは無かったと思う。
「ウチがアンタらを案内しとるんは、それが仕事だからや。そもそも、洞窟越える前に目先の心配せなアカンとちゃうん。バケモン相手にするんやろ? そこでウチ死んだら、ねーちゃんの枕元に化けて出るで」
『ひーん! そうでしたぁーーっ!!』
頭を抱えて半泣きになってしまったエレナを見ながら、シエルはイシシシとイタズラげな顔で笑っている。
……確かにコレを見る限り、どう考えても俺が知っている彼女とは全くの別人だと言える。
エレナが言うように、彼女の性格が俺の知っている世界と全くの別人である理由は分からない。
だけど……
「シエル」
「なんや?」
今言えることは一つ。
「今度こそ誰も死なせない。絶対に、皆揃って向こう側へ行こう」
そう宣言すると、俺の知らない笑顔でシエルは嬉しそうに応えた。
「おう、任せたで!」
ワイワイと騒ぎながら進んでいた第一層とは一転し、第二層からは空気が一気に重くなった。
危機感知スキルが幾度となく警告してくる状況が続くゆえに、じわりじわりと神経がすり減って行く。
改めてここが多くの人々の命を喰らう【死の洞窟】であると嫌でも実感してしまうわけだが、それ以上に気を張りながら進むシエルの表情からは、皆の命を預かる責任感の重さが伝わってくる。
「ふぅ、これで大丈夫や」
部屋の四隅の壁に仕掛けられたトラップを解除したシエルは「よっこらしょっとー!」と独特な掛け声を上げながら、第三層へと続く階段にドカッと座った。
「お疲れ様。ここらで少し長めに休憩する?」
「せやね。この先もずっと気ィピリピリなるし、そうしてもらえると助かるわー」
シエルはそう言って額の汗を袖で拭いつつ、階段の上に望む深淵へと目をやる。
「全部覚えてる言うても、油断は出来ひん。こんなトコで死んだら、にーちゃんの日記に書いとったアホンダラ以下やん? それだけはイヤや」
彼女の言うアホンダラとはつまり、第三層の罠でシャロンをかばって死んだ自分自身のことであろう。
自分のこととはいえ、そこまでバッサリとアホ呼ばわりするとは……。
『うーん……』
と、俺の隣にぺたりと座ったエレナが悩ましげな顔で首を傾げている。
「何か気になることでもあった?」
『カナタさんの記録だとシエルさんは、この後にシャロンさんから平手打ちされてるんですよね』
「あー……」
エレナの言葉に日記の内容を思い出したのか、シエルも足下に落ちている石を手に取ると、不満げな顔で階段をガリガリと削りつつポイッとそれを放り投げた。
「ウチもそこ一番ムカつくわ。そもそもここから先は即死トラップの雨あられや。そんな状況で必死扱いてんのにビンタとか、めっちゃムカつくやん。死んでまえ思うわ」
「言い方ッ!」
シエルの返事を聞いたエレナは更に難しそうな顔で、心の内を言葉にする。
『その後、シエルさんはシャロンさんを助けようとして亡くなってるんですが……なんだか、おかしいと思いません?』
「おかしい?」
『シエルさんは、そんな状況下でシャロンさんを助けるために命をかけられますか』
「絶対スルーやろな。ウチもあそこで助ける理由がサッパリわからへん」
問いに対しシエルがまさかの即答。
だが、その反応を想定していたかのように、エレナはため息を吐いた。
『私もそう思って、これまでの日記を読み返してみましたけど……よくよく考えると、明らかにカナタさんの書き忘れとは思えない相違点《・・・》がいくつかあるんです』
相違点と言われても、死の洞窟にプリシア姫がついて来ちゃってる時点で相違点だらけな気がする。
けれどエレナが言いたいのは、それとは違う意図のようだ。
『シエルさんもですけど、先日のドワーフの都で出会ったセツナさんもおかしかったじゃないですか。いくら勇者相手だからって、空で高笑いするような性格では無いですし』
「……酒飲んで酔っぱらったまま勇者達と戦闘になって、テンションアゲアゲだったんじゃないの?」
『うぐっ!』
いきなりサツキに突っ込まれてぐうの音も出ないのか、エレナは頭を抱えてしまった。
とりあえず、サツキに一発チョップをかましておく。
「ごめんエレナ。続きをお願い」
『あっ、はい。……少なくとも今のシエルさんは、カナタさんの知るシエルさんとは全く別人だと思います。仮にそうだとしても、どうしてそのような変化が起きているのかまでは分からないのですが」
「うーん……」
さらにエレナは洞窟の奥へと目を向けると、少しだけ暗い表情で呟く。
『そして、聖なる泉の守護者である私はここに居ます。私と同等の存在が居れば良いのですが、もしも居なければ……洞窟の向こう側の世界は、どうなっているのでしょう……?』
「!」
今の言葉で、ようやくエレナの悩んでいた理由が分かった。
死の洞窟を無事に全員で突破出来たとしても、その先にサイハテの街が俺の知る形で存在しているという確証が無いんだ。
シエルの両親だって、危機的状況から我が子を護るため、命からがら死の洞窟を越えてきた可能性だってある。
そうなると、生まれ故郷に戻ったシエルが残酷な現実を突きつけられることに……。
『ですから、このまま進んだところで結局は、シエルさんに辛い思いをさせてしまうんじゃないかと。それが心配なのです』
エレナの言葉に、皆は足を止めてうつむく。
そんな状況を見てシエルは首を横に振ると、エレナの肩をぽんぽんと叩いた。
「ねーちゃんアホなん?」
『うええっ!?!?』
あまりにあんまり過ぎる一言に、エレナは素っ頓狂な声を上げるものの、シエルはヤレヤレと呆れ顔で苦笑する。
「婆さんが気ぃ利かせてくれとったけどな、ぶっちゃけウチは故郷に思い入れなんて無いねん。こーんな小さい頃の話やで? 覚えてへんわ」
シエルは指先でちっちゃい丸を作りながら説明するけれど、そこまで小さくは無かったと思う。
「ウチがアンタらを案内しとるんは、それが仕事だからや。そもそも、洞窟越える前に目先の心配せなアカンとちゃうん。バケモン相手にするんやろ? そこでウチ死んだら、ねーちゃんの枕元に化けて出るで」
『ひーん! そうでしたぁーーっ!!』
頭を抱えて半泣きになってしまったエレナを見ながら、シエルはイシシシとイタズラげな顔で笑っている。
……確かにコレを見る限り、どう考えても俺が知っている彼女とは全くの別人だと言える。
エレナが言うように、彼女の性格が俺の知っている世界と全くの別人である理由は分からない。
だけど……
「シエル」
「なんや?」
今言えることは一つ。
「今度こそ誰も死なせない。絶対に、皆揃って向こう側へ行こう」
そう宣言すると、俺の知らない笑顔でシエルは嬉しそうに応えた。
「おう、任せたで!」
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