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第十章 灼熱の大地と永遠雪のセツナ

141-救いのないセカイ9

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【聖王歴128年 黒の月 8日】

<ジェダイト領・灼熱の大地 ドワーフの街> 

 ヤズマト国を出てから五日後、俺達はジェダイト帝国領最南端に位置する火山地帯……通称「灼熱の大地」にあるドワーフの街へとやって来た。
 とにかく灼熱の名のとおり、じっとしているだけでも汗が吹き出すほど暑い!
 特に「真っ黒なローブにマント姿」というキツ過ぎる格好をしているシャロンに至っては、あまりの暑さに顔色が大変なことになっていた。
 ……というか、街に到着する手前で暑さにやられて倒れてしまったので、宿までおんぶで運んであげたんだけどさ。

 それから、ベッドに倒れ込んだまま動かなくなったシャロンを置いて三人で城へと向かい、ドワーフ族の領主と対面したのだが、勇者カネミツの姿を見るなり目を見開いて駆け寄ってきた。
 ドスドスと床を踏みしめながら屈強な身体が走ってくるもんだから思わず身構えてしまったけれど、領主は開口一番で『頼みがある!』と声を上げてカネミツの手を握ってきた。
 どうやら領主曰く、この近辺にモンスターが多数出現して困っているらしい。
 しかも、本来は火属性のモンスターが多いはずの灼熱の大地に、何故か水属性のヤツばかりが出現するのだそうで。
 探索は明日からだけど、またおかしなことに巻き込まれそうで嫌だなあ。

【聖王歴128年 黒の月 9日】

 灼熱の大地の探索初日。
 水属性モンスターが相手と聞いて、お得意の炎魔法の見せ所とばかりにシャロンが喜んだのも束の間、ファイアストームを放った際に発生した熱風にやられて自爆……というスゴい珍事を目撃してしまった。
 本人はかなり不満そうだったけれど、今日も宿に連れ帰ってベッドに寝かせた後、三人で街の周辺を回ることとなった。
 結果、火トカゲなどの火属性のモンスターとの遭遇が五回だったのに対し、スノープラントやアイスゴーレムといった水属性モンスターとの遭遇回数はなんと十四回!
 水属性が七割以上……というか、モンスターとの遭遇率が異常すぎる。
 領主の言う通り「おかしい状況」であるのは間違いないようだ。

【聖王歴128年 黒の月 10日】

 探索二日目。
 シャロンには軽装で出てこいと伝えたものの、この意地っ張り女ったら即答で「絶対にイヤ!」と装備変更を拒否!
 ところが、昨日とは一転やたら涼しげな顔をしているかと思いきや「炎魔法の応用で周囲の熱を杖の先端に集めれば、その反動で私の周りだけ涼しくできたわ」だそうで。
 全くこれだから天才ってヤツは!!|(でも、シャロンの周囲はホント涼しくて天国でした)。
 ちなみに、北西へ行くに連れてモンスターがどんどん強くなっていったので、明日はそっち方面を念入りに調べることになった。

 お、そういえば今日で黒の月は十日目だから、明日から久しぶりに空に太陽が浮かんで晴れ晴れした気分になれるはず。
 ずっと暑くて大変だったし、なにか良いことあれば良いなー。

【聖王歴129年 白の月 1日】

 探索三日目。
 実は白の月二日に記録をまとめて書いているのだけど、どうして昨日書けなかったのかは後述の内容を見て察してほしい。

 前日にも書いたとおり、北西へしばらく進んだ先で魔法結界によって封鎖された怪しい廃坑を発見。
 習得したばかりの新スキル「アンロック・カイ」で入口ドアを破壊し侵入を試みたところ、俺達の目の前には氷に覆われたダンジョンが広がっていた。
 奥へと進むと大きな空間があり、そこには巨大な魔法陣と大量の魔法鉱石があった。
 あまりに異様すぎる雰囲気に、背筋へ冷たい汗が流れる……。

「いけないっ!!」

 何かを察したシャロンが叫ぶや否や、慌てた様子で床に向けて攻撃魔法を詠唱し……前方から放たれたウォーターボールの直撃を受けて、小さな身体が宙を舞った。
 地面に叩きつけられる直前、俺が下敷きになる形でどうにか受け止めることが出来たものの、あまりの衝撃にシャロンは意識を失ってしまっていた。
 突然の状況に皆が驚愕している中、俺の危機感知スキルが恐ろしい警告をしてきた。


【非常に強い殺意 死亡リスク大】


 初めて見る「死亡リスク大」の一文に、心臓がドキリと跳ねる。

「奥にとんでもなくヤバい奴がいる!」

 俺がカネミツとレネットに警戒を呼び掛けたその時――

『おやおや……お客様とは珍しい』

「!」

 カツンカツンと靴音を響かせながら現れたのは、純白のドレスに身を包んだ銀髪の女。
 背中には巨大な羽があり、その姿から人間ではないことが明らかであった。
 そして女は魔法陣の中央に立つと、両手を広げて残虐な笑みを浮かべてこう言った。

『我が名は魔王四天王――永遠雪《エターナルホワイト》のセツナ!』

 床の魔法陣が激しく光りを放ち、危機感知スキルがさらに激しく反応する。

【前方に高魔力反応 死亡リスク大】

【頭上に高魔力反応 死亡リスク大】

【足下に高魔力反応 死亡リスク大】

 俺は状況を理解するよりも先に、失神したままのシャロンを抱きかかえ、必死に出口へと向かって走った!
 カネミツが「俺は戦うぞ!!」と勇ましく叫ぶものの、俺のシーフとしての直感が彼の選択を「愚行」であると全力で否定した。

「死にたくなければ走れバカ野郎ッ!!!」

『!』

 俺の悲鳴のような怒声にレネットが状況を察したのか、カネミツの手を引いて俺の後を追ってきた。
 激しい地鳴りが響き廃坑が崩れる中、俺達は一心不乱に走る!
 どうにか全員で廃坑を脱出し火山地帯へと抜けた直後、後方で凄まじい爆発音が聞こえたが、皆は一度も振り返ることなくドワーフの街を目指した。
 ……今思うと、そこでもし興味本位で振り返っていたならば、きっと助からなかっただろう。

 凄まじい悪寒と恐怖に耐えながらドワーフの城へと飛び込んだ後も、外からゴウゴウと嵐のような凄まじい風の音が聞こえてくる。
 一体何が起きているのかと混乱しているドワーフ兵達の横をすり抜け、建物の奥へと向かったカネミツが領主に事情を説明。
 俺は衛生兵に話しかけて救護室へ案内してもらうと、意識を失ったままのシャロンの小さな身体をベッドに寝かせてやった。
 そして再び三人が集まり、城の外へと踏み出すと――


 そこには、ただ「純白」があった。


 ハンマーで鉄を打つ音が響き、真っ赤に焼けた鉄と黒ぼけたススだらけだったはずの街は、まるで時が止まったかのように静かに、全てが白に染まっていた。
 ……魔王四天王 永遠雪エターナルホワイトのセツナが放った強烈な吹雪によって、灼熱の大地は極寒の大地へと変貌していたのだ。

『なんということだ……』

 変わり果てた街を見て、領主は呆然とするばかり。
 それをあざ笑うかのようにセツナは笑い声を響かせ、白い空へと高く飛び上がり両手を広げた。

【上空に高魔力反応 死亡リスク大】

「まだ何かやるつもりか!!」
 
 カネミツが空を睨み声を上げた直後、セツナの両手から放たれた巨大な氷塊が真っ直ぐに飛来し……街の中央にあった巨大な石板を撃ち抜き、ガラガラと巨大な音を立てて崩れ落ちた。

『ひいぃっ……!』

『ま、守り神様が……!!』

 どうやら石板がドワーフ達にとっての心の拠り所だったらしく、それが破壊される様を見て領主は悔しそうに泣き崩れていた。
 しかも立て続けにセツナの周囲を再び巨大な魔力の渦がうごめき――

【上空に高魔力反応 死亡リスク大】

「クソったれッッッ!!!」

 空に向けて叫んだ声が届いたのか、セツナは冷酷な笑みを浮かべながら再び手を振り上げる。
 もはやこれまでか……。
 と、皆が絶望する中、俺の真横に強烈な熱風が吹き上がった。
 一体なにが起きたのかと疑問を口にするよりも早く、セツナのそれを上回る程の魔力が生まれた。

「メギド・フレア・ランスーーーっ!!!」

 幼子のような高い声が響き、炎弾……いや、紅蓮の槍がまっすぐに上空へ向かい純白のドレスを貫いた。
 セツナ自身も何が起きたのか理解できていないらしく、目を見開き両手を広げたまま、虹色の光の粒となって空へ融けて消えていった……。
 魔王四天王を一撃で葬り去った凄まじい魔法を放ったのは、言わずとしれた我が勇者パーティの主砲たるシャロンだった。

「今のは一体……」

 俺が呆然としたまま呟くと、シャロンはぐったりと疲れた様子で杖にもたれながらこちらへ目を向けてきた。

「昨日気づいたばかりだけど、周囲の熱を杖の先に集められるのなら、魔法を何重にも収束できるってワケよ……バカみたいに疲れるけどね」

 全くこれだから天才ってヤツは!
 ……だけど、シャロンは喜ぶそぶりを見せることもなく、悲しそうに嘆くドワーフ達をじっと見つめている。

「もっと早く回復できてたら良かったんだけどね。あんな大事な場面でやられるなんて、いつも私は……本当、自分が嫌になるわ」

 シャロンはそう言って黙ると、その日は一言も言葉を交わすことはなかった。


【聖王歴129年 白の月 2日】


 魔王四天王 永遠雪のセツナを倒した翌日。
 セツナが消滅した後も街は雪に埋もれたまま、火山は雪山に……ドワーフの街が元に戻ることはなかった。
 つまり、この街は貴重な熱源を失い、鉄を打てなくなってしまったんだ。
 これまでジェダイト帝国に武器を供給することで成り立っていたであろう街の産業の主軸を失い、今後ドワーフ族の立場がどうなってしまうのか俺には想像もつかない。
 けれども、ドワーフ領主はカネミツの両手を握って感謝を意を表明してきた。

『我が都を救って頂き、ありがとうございました勇者殿』

「はい……」

 確かにシャロンの会心の一撃によって、魔王四天王を倒すことは出来た。 
 それが理由なのか、街の周辺から水属性モンスターは姿を消した。
 火属性のヤツだって、こんなに寒い場所に生息していくのは無理だろうし、今後この街が魔物に襲われる心配はないだろう。
 けれど、こんな結末がベストなわけがない。
 この街の方々を救えたなんて、言えるわけがない……。

「一度、聖王都に戻ろう。国王に……報告しないと……」

 悔しそうに呟くカネミツの姿に、俺達はただ頷くことしか出来なかった。
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