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第九章 東の国の白竜スノウ

125-生還

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「…………」

 ゴウゴウと風の音だけが聞こえる……。

 どちらが上下なのかすら分からない暗闇の中、ゆっくりと落ちてゆく……。

 落ちてゆく、落ちてゆく……。

 脳裏をよぎる、世界の終わり……。

 動かなくなった自分を抱き締めながら、泣き崩れるエレナの姿……。

 知らないはずなのに、俺はその終わりを……知っている・・・・・気がした。





 だけど俺は思う、ここで終わってはいけないと。

 そして俺は誓う……必ず助かってみせると!

「こんなマヌケな終わり方、認められるわけねえだろうがっ!!」

 俺は大きく目を開いて、両腕を大きく広げた。
 冷たい風に両方のまぶたが凍り付きそうになりながら、全魔力を一点へと集中させる。
 俺の狙いはただ一つ……!

「イフリートッ!!」

 呼びかけに応えるかのように、右手中指の指輪から放たれた紅い光が夜の闇を照らす。

「俺と心中したくなけりゃ、全力でぶっ放せ!!」

 俺はそう叫ぶと、地面を殴りつけるかのように右手の拳を振り下ろす!
 ――直後、大地を揺るがす程の轟音とともに夜の闇を貫く火柱が上がった。

「うわあっちい!!」

 自分が放った炎で危うく火だるまになりかけて焦ったものの、地表スレスレで発生した爆発によって俺の身体は再び空中へと放り出された。
 これで九死に一生を得た……とはとても言えない状況だ。

「もう一度……イフリートッ!!」

 ……しかし返事がない。
 どうやら『全力の一撃』の対価として、全魔力を根こそぎ持って行かれたらしく、再度呼び出すことは叶わないようだ。
 しかも冷え切った身体へ追い打ちで炎によるダメージが加わったためか、全身がまるで鉛のように重く、小指一本すら動いちゃくれない。

「エレナ……」

 想い人の名を呼ぶものの、その姿は未だ遙か空の上。
 爆風によって落下の勢いは弱まったとはいえ、このまま落ちて無事で済むとは思えない。
 そして眼前へと荒野が迫る……。
 せめて、皆が暗黒竜ノワイルから逃げ切ってくれることを祈り――


「ウィンディーさんっ! あの人を助けてっ!!!」

『イエスマムッ!』


 そんなやり取り聞こえた直後、いきなり周囲に凄まじい風が渦巻き……俺の全身が柔らかな何か・・に包まれた。
 なにが起こったのかすら分からぬまま、ゆっくりと地上に……。

ドテンッ!

「いってぇ!?」

 雑に放り投げられて、思いっきり尻餅をついてしまった。
 浮いたり放られたりとさんざんな状況に目を白黒させていると、一人の男が目の前で「はぁ」と溜め息を吐いた。

「まったく、君ってヤツは……」

 呆れ顔でぶちぶちと文句を垂れながら現れたのは……勇者カネミツ!?

「どうしてここに?」

「いきなり遠くの空でドッカンバッカンだからね。都の人達も大騒ぎだし、そりゃ勇者として来るに決まってるじゃないか」

 いや、来るに決まってるかどうかは知らんけど。
 どうやら空中戦によって空を焦がした爆炎は、ヤズマトの都から見えるほど激しかったらしい。

「で、いざ到着したと思った矢先に地上で大爆発! しかも、その爆風の上から君が降ってきたのだからホント驚いたよ。真っ先に気づいたのはレネットだけどね」

「そっか」

 ユピテルの一件でかなり落ち込んでいたものの、どうやら立ち直れたらしくて一安心だ。

「ありがとう、レネット」

『いいや、礼を言うならこちらのウィンディーさんに言ってやってくれ。実際に助けたのは彼女だからな』

 レネットの言うとおり『ウィンディーさん』という女性へ目を向け……俺は驚きに目を見開いた。
 彼女は夜の闇でも輝く純白の羽衣はごろもを身にまとい、足下のスリットからは透き通るような白い肌がちらりと見える。
 まるで獲物を狙う狩人のような鋭い眼光は、彼女が戦いに身を置く武人であることを証明しているかのよう。
 そして最も特徴的な、腰まである長い髪は白金のような美しい銀色……。
 つまり……彼女は人間ではない・・・・・・

「このひとは風の精霊ウィンディーさん。砂漠の都フェルスパで暴れてた方だよ」

『いや、我も好きで暴れてたわけでは無いのだが……』

 事情は分からないけれど、どうやら勇者パーティには風の精霊も仲間に加わっていたらしい。
 今まで姿が見えなかったということは、イフリートと同じように普段は装飾品か何かに封印されているのだろうか。

「本当のところ彼女には、君のイフリートやエレナさんが竜退治で苦戦した時にお願いしようと思ってたのだけどね」

『大トリを任せてもらうはずが、こんな小僧ひとりを浮かせただけで終わりとは解せぬ』

 不満げに頬を膨らす様子がなんだかエレナに似ていて思わず笑って~……って、それどころじゃない!

「まだ上空にエレナ達が居るんだ! 王子も一緒にホワイトドラゴンの背に乗って、暗黒竜から逃げてる!!」

「なんだってっ!?」

 カネミツが驚きの声を上げると同時に、上空で爆発音が響いた。
 俺がすぐにホワイトドラゴンと共に逃げている経緯を手短に伝えるや否や、カネミツ達はウィンディーさんに交渉を始めた。

「ひとまず上まで行って、ホワイトドラゴンをここまで誘導してもらえるかい? それから暗黒竜との戦いの際は、僕達と共闘してほしい」

『……その代価は?』

 かつてシャロンはこう言っていた。

 ――精霊は人に従うときに、それと等しい『代価』を要求する。

 それは膨大な数の魔法鉱石や、貴重な宝石類だったり。
 場合によっては召喚者の魂すらも奪われるとも言われる……。
 暗黒竜との戦いという命の危険すら伴う要求に相応しい代価を求める精霊に対し、カネミツは真面目な顔でこう告げた。

「ヤズマトの一番美味い店で、スイーツ食べ放題ツアーで」

 ……はい?
 一瞬、カネミツが何を言ったのか理解できなかった。
 だがウィンディーさんは鼻でフンと笑うと、満足げな顔で夜空を見上げてこう言った。

『任せろ、全力で行く』

「ありがとう」

 カネミツに礼を言われたウィンディーさんは再び満足げに笑うと、一瞬で大空へと飛び上がっていった……。

「……今の、何?」

「あれが彼女が一番望む代価なんだよ」

「スイーツ食べ放題ツアーが!?!?」

 とんでもない代価に仰天する俺を見て、カネミツはしてやったりな顔で笑う。

「君と同じように彼女を見た目で判断した召喚者が、宝石だの武器だのを代価に渡そうとして、怒って暴れられた~……ってのがフェルスパでの一件だったのさ」

「なんだそりゃ……」

「ちなみに君を助けた代価は、僕達の泊まっている宿でのディナーだよ」

「安いなっ!?」

 助けられておいてなんだけど、夕食たった一回分で命を救われた俺って一体……。
 だがそんな俺に対し、シズハとクニトキが苦笑しながら肩を小突いてきた。

「それを言うなら、君と一緒にいることだけを望んでる一途な精霊ちゃんの方が、最高にオトクだと思うけどね~」

「まったくでござる」

「……うっせー」

 二人にからかわれて微妙に頬が熱くなるのを感じつつ、俺は地面に仰向けに寝っ転がり、束の間の休息に身を委ねるのであった。
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