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第九章 東の国の白竜スノウ

116-ふたりきりの夜

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【同日夜】

<ヤズマト国 宿屋>

「結局、王子が何をしたかったのか全然わかんねーな」

『そうですね……』

 かつて見た世界では、シディア王子が自ら志願してホワイトドラゴン討伐への同行を願い出てきた。
 しかも、ずっと寒さに震えるくらい雪山が苦手にも関わらず、だ。

「王子もホワイトドラゴン討伐についてくることになっちまったし、そこはに見た時と同じなんだよな」

 あれだけホワイトドラゴンの怖さや凶暴さを必死に説いていたわりに、結局、シディア王子は俺達との同行を希望してきた。
 もしかすると「異国の民が死地へと赴くのに、当事者である自分達がそれを放っておくわけにはいかない!」みたいな正義感かもしれないけれど、それならば自国の騎士や兵を連れて行くだろう。

『もしかして、王子はホワイトドラゴンの討伐を望んでいないのでしょうか……?』

「俺もその疑いもあるとは思ってるんだけどなー」

 エレナの言っていることを要約すると、次のような感じだ。
 王子が俺達にホワイトドラゴンの危険性を伝えたのは、女王の依頼を断らせるため。
 ところが王子の期待とは裏腹に勇者カネミツは一切怯むことなく、即答で討伐依頼を受けてしまった。
 その結果、王子自らが討伐を妨害するための同行を申し出た……と。
 だが、その推理には一つ大きな問題がある。

「プリシアんトコにいる聖竜のピートみたいに、人に危害を加えないならまだしも、これまで実際に生贄が何人も捧げられてるからな」

 この国でホワイトドラゴンに捧げられてきた生贄は、全て身よりのない孤児ばかり。
 かつて俺の見た世界では、後になって事実を知ったシャロンが激怒することになってしまったわけだが、もしも王子がホワイトドラゴンの討伐を拒んでいるのだとすれば、それはつまり「孤児を犠牲にし続けることを望んでいる」ということに他ならない。

「王子様、そんな悪人には見えないんだけどなぁ」

『ですねぇ』

 考えがまとまらぬまま、俺は立ち上がり二階の窓から外を眺める。
 街の灯は消え、月明かりだけが静かな田園風景を優しく照らしていた。

「ふぅ」

 涼しい風が肌を優しく撫で、虫の鳴き声がコロコロと響くのがなんとも心地よい。
 聖王都プラテナやジェダイト帝国のような都会も良いけれど、やっぱり田舎育ちの自分にはこういう田舎の方がしっくりくるよ。

『……』

 それからしばらく無言が続く。
 そして俺は、とても重要なコト・・・・・を忘れていたと気づいてしまった。

『じー』

 勇者パーティと合流した際、エルフの村にユピテルの許嫁いいなずけが居ると知ったサツキは、有無を言わさずユピテルと妖精姉妹ハルルとフルルを引き連れて出て行ってしまった。
 つまり今この部屋は、俺とエレナ二人きり・・・・ということだ。

『じーー』

 しかも窓の外を眺めている俺の背中に、すんごい視線を感じる。
 というか、エレナが自分で『じー』って言ってる。
 この状況で俺の頭をよぎるのは、かつて聖王都中央教会のゲストルームでエレナが言ったあの言葉……。


 ――少しくらい強引にされても、嫌いになったりしません……よ?


「!」

 ふわりと柔らかい髪が俺の横で揺れたと思った直後、エレナは俺の右手をぎゅっと握ってきた。
 驚きながら視線を向けると、少し表情を強張らせながらも真剣な眼差しで俺を見つめていた。
 彼女の白い頬はうっすらと赤く染まり、目が少し潤んでいるようにも見える。

「エレナ……」

『……はい』

 俺は小さな肩にそっと手を置いて、綺麗な薄水色の髪を撫でる。

『ん……』

 吐息を漏らすエレナは表情を赤らめ、そんな彼女の姿に胸が高鳴りつつ、俺は――


コンコンコンッ


「……」

 まさかのタイミングで部屋にノックの音が響いた。
 いや、マジでないない、これはない。
 空気を読めないとかそういう問題ですらない。
 前々から神様を一発ぶん殴ってやりたいとは思っていたけれど、今回ばかりは全力でドロップキックしてやりたい。

「えーーっと……」

『フリーズ・アロー』

 エレナは無表情で振り返ると、ドアに向かって氷の魔法を放つ!
 すると木製の戸板がバキバキと音を立てて凍結し、室内の温度が一瞬で極寒に……。

「うひゃあああ冷たっ! どっ、ドアに手がくっついたあっ!? ひーんっ、取れないよぉー! 助けてぇーーっ!!」

『……チッ』

 素で舌打ちするエレナこっわーーッッ!
 ……って、そういう問題じゃなくて!

「お、おいっ、大丈夫かっ!!」

 俺は慌ててライトニングダガーを手に取ると、ドアの向こうで泣いている人物の救出に向かうのであった……。
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