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第九章 東の国の白竜スノウ

112-アイの形

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 声の主の名はレネット。
 言わずと知れたユピテルの実姉であり、かつて俺が「別の世界」で一緒に旅をした仲間でもある。

『ど、どうしてこんなことにっ!?』

 こんなこととはズバリ、我が妹サツキによるマウントポジションからの殴打のこと。
 しかも目の前で殴られているのは弟のユピテルときたもんだ。
 ところが、当事者であるはずのユピテルは弱々しく笑いながら、首を横に振るばかり。

『オイラの口が軽いのが悪いんだ。だからねーちゃんは心配しないでおくれよ』

『そんな!』

 いや、心配しないでおくれと言われても、さすがにこの状況はスルーできないって!
 そんな弟の姿にレネットがオロオロと困惑していると、サツキのフードの中からポンッと顔を覗かせて妖精姉妹ハルルとフルルがフワフワと飛んできた。

『えっ! 妖精っ!?』

 驚きの連続に困惑気味なレネットだったが、そんな彼女の肩をハルルがぽんぽんと叩いた。

『弟君は、あの上下関係に納得してるッス!』

『???』

 上下関係って、すごく物理的に上下になってますけど。

『あれもまた……アイの形。互いに……合意の上』

『愛……』

「あのー、話がおかしな方向へ行ってませんー?」

 しかし、レネットは再びユピテルの目を見つめながら『ふっ』と小さく笑い、遠くの空へと視線を向けた。

『そっか、おねーちゃんビックリしちゃったけど。ユピテルちゃん、大人になったんだね……』

『親は無くとも……子は育つ』

「ねー、話を聞いてー?」

 俺の呼びかけもむなしく、レネットは何か納得した様子で頷いている。
 いやはや、どうしたもんだか。

『レネットさん、なんだかずいぶんと雰囲気が変わりましたね……』

「一緒に旅してた時はなんというか……こうキリッとしてて、もっとクールな感じだったんだけどなあ」

『ねーちゃんは昔からずっとこんな感じだけどね……むぎゅー』

 サツキに馬乗りされたままのユピテルが俺達の疑問に答えてくれたけれど、どうやら素のレネットはこんな天然ボケなおねーさんらしい。
 俺の記憶の中にあった『いつも気を張りながら弓の手入れをしていた姿』は、ガラガラと音を立てて瓦解してゆく……。

「まあ、姉の了解を得られたのなら、これで良い……のかなぁ」

『そうですねぇ』

 そんなわけで、俺とエレナが複雑な愛の形を眺めながら――……って、あれ?

『じー……』

 すっごく、エレナから熱視線が飛んでくる。
 えーっと……。

「……あああっ!」

 このゴタゴタで気を取られていたけれど、エレナの問いを保留したままじゃないか!!
 俺は慌てて彼女の方へ向くと、コホンと咳払い。

「あ、あのさっ!」

『は、はいっ!』

「さっきの質問だけど……俺は、歳がどうとかじゃなくてさ。エレナのことはすごく大切に思ってて、それでー……」

 俺は勇気を振り絞って、自分のありったけの想いを――


「君達は何をしているんだい……?」


 勇者カネミツがあらわれた!

「もおおおおーー、なんなのこれぇーーーッッッ!!!」

『む~~~~……』

「???」


◇◇


 結局、粛正されていたユピテルはすぐにサツキから解放され、俺達一同はヤズマト城の近くにある木造家屋で一緒に食事をしつつ、これまでの旅の経緯を話していた。

「なるほど、君達は西の帝国側を迂回して来たのか」

 ちなみに勇者パーティは予想通り、東の海岸沿いのルートを通ってヤズマト国まで来たようだ。
 だけどそうなると、一つだけ気になる事がある。

「ここに来るまでずいぶんと日数かかったんだな。何か事件でもあったのか?」

 聖王都からエルフの森を抜けて東の港町「ポートビスタ」へ行くには、三日間ほど徒歩で移動した先にある砂漠の都フェルスパで馬車をチャーターし、そこからさらに丸二日かけて東へ。
 ポートビスタから馬車を乗り換えてすぐに南下すれば、いくつかの集落を経ながら十日ほどでヤズマト国へと到着する。
 つまり、順調にいけば二十日もかからず渡れる道のりを、勇者パーティはその何倍も時間をかけて移動したことになってしまう。

「フェルスパでは風の精霊による竜巻騒ぎがあってそこでも足止めをくらったけど、やっぱり一番時間がかかったのはポートビスタでの海賊騒ぎかな。町民達を助けるために協力をすることになったのだけど、思った以上に大変だったんだよ」

 勇者パーティは完全に「俺の知らないルート」を突き進んでいるようだ。
 ……まあ、本来は勇者パーティが行くはずだった旅路を俺達が進んでいるのだから、当然っちゃ当然だけども。

「うんうん。私なんてうっかり船から落っこちゃったうえ、敵の捕虜になっちゃってさー。ホントどうなることかと思ったよ~」

 魔法使いのシズハの発言に、俺達一同もさすがにビックリ仰天!
 そんな彼女を見て、隣席のクニトキが呆れた様子でガクリと肩を落とす。

「まったく、本当に無事で良かったでござる……」

「それがきっかけだったんだけどねぇ。私も~」

『こほんっ』

 クニトキとシズハの会話へ割り込むように、レネットがわざとらしく咳払いをひとつ。
 どうやら、ノロケ話に突入して話が脱線しないように配慮してくれたらしい。

「やっぱ、お前のねーちゃんはしっかり者だよ」

『え、そうかい? なんだか嬉しいなあ、えへへ』

 姉のことを褒められたのがよっぽど嬉しかったのか、ユピテルは今日一番のニコニコ顔で笑った。
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