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第八章 獣の国の王子ライカ

097-聖者の答え、新たな答え

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【聖王歴128年 赤の月 8日 同日】

<ジェダイト帝国王城 地下牢>

 皇帝陛下から正式許可を得た俺達は、ライカ王子と剣士レパード同伴のもと、地下牢へとやって来た。
 俺もここに来るのは二回目……というか前回の出所のとき以来ではあるのだけど、やはりこの「広さ」に驚くばかりだ。

「すごいねー、でっかいねーっ」

 サツキも同じ事を考えていたらしく、感心した様子で独房が並ぶ広大な空間を眺めていたのだが、レパードは先の感想を聞いて気まずそうな表情で呟いた。

『牢屋がデケェってのは自慢にも何にもならねーんだがな。要するにバカが多いってんだから』

「あー、そういうことになっちゃうんだねぇ」

 納得した様子で脳天気に答えるサツキの姿には、ライカ王子も苦笑するばかり。
 そんなたわいも無い話をしながらしばらく進んだ後、レパードが古ぼけた鉄製の扉の前で立ち止まると、ガンガンとそれを叩いた。

「……どうしました?」

 中から聞こえてきたのは、優しそうな男性の声。
 レパードは彼に対してどのように返事したものかしばらく迷っていたものの、それから決心した様子で口を開いた。

『釈放だ』

「え? ……えええええっ!?」

 あまりに唐突過ぎて、ドアの向こうの人物は仰天してしまった模様。
 レパードのぶっきらぼうさには、さすがのライカ王子も呆れてしまっている。

『それはさすがに言葉が足らなすぎるのでは……?』

『すみませんライカ様。どうにも適切な言い回しが思いつかなくて』

 まあたしかにレパードとは面識が無いみたいだし、何かを話せと言われてもそりゃ無理だよなぁ。
 どうにか気を取り直しレパードがドアを開けると、そこには痩せこけた中年男性が呆然としていた。
 そう、彼こそがかつて聖王都中央教会で最高権威者である大司祭だった男――アインツその人であった。

「あ、貴方達は一体……!?」

 アインツは俺達の姿を見るや否や、表情が困惑の色に染まってゆく。
 それもまあ仕方あるまい。
 なんたって、こちらのメンツは獣人の兵士を先頭に、可愛らしい男の子、シーフ、水の精霊、エルフ、田舎娘~……と、バリエーション豊かすぎる顔ぶれである。
 アインツの問いかけを受け、ライカ王子は少し遠慮気味にレパードの前に出て、緊張した様子で彼に話しかけた。

『あの……わたしの声を覚えていますか? 以前、ドア越しにお話させて頂いた者です』

 アインツはハッとした顔でライカ王子の顔を見つめると、それから嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、覚えていますとも。私がここへ入ったばかりで不安だった時に、とても可愛らしい声が聞こえて……あのときは、まるで天使様が来たのかと思いました」

 まるで天使と例えられたライカ王子は少し恥ずかしそうに笑いながらも、すぐに真面目な表情になると、アインツへ自らの意思を伝えた。

『アインツ様に……大切なお話があります』


◇◇


 聖王都でツヴァイの起こしたグレーターデーモン召喚事件をはじめ、明日襲撃してくるであろう魔王軍のことや、俺達が協力を求めて来た旨を伝えると、アインツは悲しそうにうつむきながら呟いた。

「なんということでしょう、私が捕まっている間にそのような事が……! 私が浅はかだったせいでツヴァイ君に辛い思いをさせ、罪に手を染めさせてしまうなんて……」

『な、何をおっしゃるのですかっ! 元はと言えば、我が国の者が無実の罪でアインツ様を幽閉したのが元凶! 貴方は何も悪くありませんよ!!』

 帝国に対する恨みつらみや苦言を一切言おうとしないアインツに対し、ライカが驚いた様子で声を上げる。
 しかしアインツは首を横に振ると、ぽつりぽつりと自らの胸の内を語り始めた。

「若き日の私は、ツヴァイ君のように力を持たずして生まれた子が、誰からも必要とされず苦しむ姿を見て、同じように苦しむ子供達を一人でも多く救えればと思いました。そして、この国で神の教えを説けばそれが叶うと信じていたのです」

『はい……』

「しかし、私は大切なことを見落としていたのです。そのせいで、力でしか自らの存在意義を誇示できない、この国の多くの方達の居場所を奪ってしまう、と……」

『そんなことはっ……!』

「そして、そんな私の浅はかな考えでツヴァイ君に辛い思いをさせてしまった……これは紛れもなく私の罪なのです」

 と、アインツがこの暗い部屋の中で導き出したであろう「答え」を口にした直後、それまで黙っていたレパードが声を上げた!

『それは違うぜ先生ッ!!』

「えっ!?」

『この国は先生みてえに頭のイイ奴なんてほとんどいねえ、力の強いモンが正義っつー、なんつーか、正直クソみてえに頭の悪い国だ。バカでも強けりゃ英雄になれる、そんな国だよ。それは紛れもねえ事実だ!』

 偉い方々に聞かれたら役職もろとも首が物理的に飛びそうな問題発言の連発に、アインツだけでなくライカ王子までも呆然としている。

『……だけどな、てめえの力が正義だってんなら、アンタが引っ張ってきた信仰という新たな力に対し、今まで通りにガチンコでケンカして勝ち取ってこその正義だ! それを、馬車を襲ったうえ戦わずして牢屋に閉じこめるなんざ単なる卑怯モンじゃねえか! そんなヤツの正義なんて守ってやる必要は無え! そんな連中のために俺ら軍人は命張ってんじゃねェぞ!!』

「……」

『まあ、そんなコト言ってる俺だって、力だけでのし上がったバカ野郎だけどよ。アンタみたいな考え方を許す方が、ウチの王子様もちょっとばかし肩の力を抜いて楽に生きられる気がするんだよなぁ』

「貴方は一体……?」

 アインツの問いに対し、レパードは真剣だった表情を崩しかんらかんらと笑う。

『へへへ、俺は頑張り屋のお坊ちゃんを応援してるだけの平凡なオッサンさ』

 レパードは相変わらずそう言って謙遜していたが、ライカ王子はそんな彼を見て嬉しそうに笑いながら今まで伏せていた事実を口にした。

『レパードはわたしが生まれてすぐの頃からずっと見守ってくれているのです。そもそも彼の率いる遠征隊だって、名目上は軍事力強化のための調査としていますが、わたしが強くなるために役立ちそうなモノを探そうと彼がでっち上げたものですから』

『お、王子っ、この事は他言無用とっ!!』

 どうやら極秘事項だったらしいが、焦るレパードを見てライカ王子は笑う。

『もういいのですレパード。皆様のおかげで、わたしなりの戦い方が見えてきましたから』

『ライカ様……』

『……わたしの家来達が貴方様を苦しめたにも関わらず、身勝手な願いというのは重々承知です』

 ライカ王子はそう言いながらアインツの前に立つと、レパードが俺にした時と同じように両手でアインツの右手を握った。
 それは、ジェダイト帝国における最高の尊敬や敬愛を表す意思表示……。

『聖者様お願い致します。……どうか、わたし達をお救いください』
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