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第七章 中央教会の聖女コロン

069-黒幕との遭遇そして…

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 ――東の森の調査許可は得られたか?

 ――ああ、ツヴァイ殿が言うには大丈夫だそうだ。

「『!?』」

 ドアの向こうから聞こえてきた会話に、一同に緊張が走る!
 しかも今、名前の出た「ツヴァイ」は確かこの中央教会の大司祭だったはず。
 俺達は身を潜めて先程施錠したドアへと耳を傾けた。

 ――そうか、それは良かった。

 ――ただし騎士団も同行だ。

 ――我らの動きを監視するつもりか。

 ――だがライナス殿下から直々の許可を頂けたのは心強い。

「『!?!?』」

 この一件にライナス殿下も関わっているのかっ!?
 ……となると、中央教会が国から許可を得て東の森を調査という事だろうか?
 考えたくないけれど、殿下が黒幕という可能性も……いや、まだだ!
 まだ「確証」となる情報が全く足りない!!

 ――しかしツヴァイ殿の目論見が分からぬ。

     ――どうして我々を。

          ――まあ良い。

              ――■日には……。

 声が少しずつ遠ざかり、そのまま聞こえなくなった。
 俺とエレナがコロンに目を向けると、不安そうな表情で頭をコクリと縦に振った。

「今のがツヴァイ大司祭の連れてきた二人組です!」

 俺は急いでドアを開けて廊下を見渡したが、既に二人の姿は見当たらず。
 走って追いかけようとしたものの、部屋を出てすぐに通りすがりのシスターと遭遇してしまい、適当に事情を説明している間に完全に見失ってしまった……。

「エレナは何か見えた?」

『すみません。一瞬だけ見えた気はしますが、恐らく人間であるという事しか……』

「そっかー……」

 せっかく黒幕に直接繋がる手がかりが得られるかと思ったのだが、惜しくもチャンスを逃してしまった。
 それからしばらく周囲を捜索したものの、怪しい白装束男と遭遇する事は出来ずじまい。
 そして、夕方から行われる合唱イベントのためコロンと別れた俺達は、特等席ぶたいうらから聖歌隊の合唱を眺めていた。
 もちろんマリネラの歌を聴きたいというのもあるのだけど、主な目的はもちろん場内に怪しい人物が居ないか探るためである。

「何か特徴的なヤツは見える?」

『いいえ。やはり全員ごく普通の人間ですね』

 俺も目視で大聖堂の中を観察しているものの白装束姿の二人組は見当たらず、大司祭とやらも不在のようだ。
 結局その後も特に変わったことが起こらないまま、最後の賛美歌が終わってしまった。


【聖王歴128年 黄の月 13日 夕刻過ぎ】


 マリネラの仕事も片付いたし、さっさと脱出して明日に備えよう~……と思っていたものの、先方の厚意でマリネラが教会敷地内のゲストハウスで一泊する事になってしまった。
 当然ながら、護衛である俺とエレナが「んじゃ、そういうことでっ!」……と帰るわけにはいかないわけで。
 ホントはすぐにでもライナス殿下が今回の一件にどう関与しているかを調べに行きたいのだけど、明日まで我慢して待つしか無さそうだ。

「……まあ、頭を冷やすにはちょうど良いかな」

 ちなみに部屋の割り当ては俺が男性向け個室で、マリネラとエレナが修道院近くの相部屋である。
 空き部屋の都合上仕方が無いというか、そもそもここは教会なので男女相部屋なんぞあるわけがない。
 ホッとしたような少し残念なような……。


 ――少しくらい強引にされても、嫌いになったりしません……よ?


 昼間のやり取りを思い出して、俺は思わずベッドで悶え転がる。
 やっぱりアレはアレか、やはりアレな意味なのか!?

「うーーーん……」

 だが、エレナの言う「強引」とは、果たしてどこまでを指しているのだろう。
 その認識に差異ギャップがあると、最悪の事態を招く恐れもある。
 一線どころか、もっと手前で『何するんですかっ!』とか言われてビンタ一発! ……なんて可能性もあるのでは?

「いやいやいや、でもなあ……」

 そんなこんなで悶々とした夜を独り過ごし……気づけば寝落ちしていた俺なのであった。


【聖王歴128年 黄の月 14日】


 翌日、ゲストハウスを出た俺達は再び「怪しい装備」に身を固め、マリネラと共に教会へとやってきた。
 ここを出る前にコロンともう少し話をしておきたかったけれど、どうやら朝は朝で色々と忙しいらしく、顔を合わせることなく出発の時間になってしまった。

「それではマリネラ様……と、護衛の方々、お気をつけて」

「はい、お世話になりました。またご一緒させてくださいね」

 マリネラはしっかりと次回に向けて営業スマイルをしつつ、三人は教会を出発。
 それから少し離れた場所で怪しい装備を全て外した俺とエレナは、再び元の軽装へと着替えた。
 鉄兜やら黒ローブやらは今後の使い道が無いので、後で古物屋にでも売りに行こうと思っているけれど、ひとまず大袋に入れて保管しておこう。

「マリネラさん。大事な仕事の最中にも関わらず、本当にありがとうございました」

「ふふ。昨日も言いましたけどお安いご用ですよ~。それに、今回の件でインスピレーションがビシビシ刺激されましたからっ。なんだか、今すごく良い曲が書けそうな気がするんです!」

「はあ……」

 その刺激理由が俺とエレナだとすると、とても嫌な予感がするのだけど……。

「それでは、またアクアリアに遊びに来た時は、ぜひ寄ってくださいね~♪」

 そしてマリネラと別れた俺達は、一度宿に戻ることにした。
 さすがに、ずっと鉄兜の入った大袋を抱えたまま行動するのは邪魔だし、荷物を置いておきたいところだ。

『今日はこれからどうしましょう?』

「宿に戻って荷物を置いた後は、城へ訪ねてみようと思う。ライナス殿下が城内に居るかどうかは分からないし、謁見の許可が得られるかも分からないけれど、ひとまず行ってみないと」

『はいっ』

 今後の予定を決めた俺達は、中央教会のある北東の区画から北街の宿に向かった。
 ……と、何やら宿の周辺に人だかりが出来ているのが見えた。

『何かあったのでしょうか……?』

「うーん、事件とかだったら嫌だなあ」

 街で暮らす人々の多くが信仰者である聖王都とて、全ての住民が純真かつ清き心を持っているわけではない。
 俺の故郷であるハジメ村でも多少のいさかいはあったし、多くの人が集まる聖王都であれば、人が多いなりに揉め事はあるものなのだ。

「ちょっとすみませんー、通りますよっと」

 人だかりの中を抜け、俺とエレナが宿の前まで来たその時「あっ!」と一人の男性が声を上げた。
 格好を見たところ王国騎士のようだけどだけど、俺の姿を見るや否や慌てた様子で駆け寄ってきた。

「君がシーフのカナタ君かい?」

「あ、はい。ここで何かあったんですか?」

 俺がキョトンとしたまま訪ねると……

 カシャンッ

「かしゃん???」

 俺の右手首の周りにヒヤリと謎の冷たい肌触りがあった。
 そちらに目線を向けると、黒い鉄の板に赤文字で何らかの術式が組まれた謎の塊があり、そこから伸びた鎖はエレナの左手首に付けられた黒い鉄の塊に繋がっていた。

『なんですかこれ?』

 エレナも状況をイマイチ飲み込めていないらしく、俺と同じような表情で騎士達に尋ねるものの、最初に駆け寄ってきた騎士が呆れた様子で溜め息を吐いた。

「あー、被疑者カナタおよびエレナ。君達には国家反逆罪および国王様への不敬ふけいなど、いくつかの罪で訴状が届いている」

「『……はい?』」

「無駄な抵抗はせず、我々とご同行を願おうか」

「『はい???』」

 そのまま頭にスポッと袋を被せられた俺とエレナは、全く意味が分からないまま、どこかへと連行されていったのだった。
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