上 下
67 / 209
第七章 中央教会の聖女コロン

067-独り酒そして再会

しおりを挟む
【聖王歴128年 黄の月 12日 夜】

<聖王都プラテナ 北街 宿屋>

「ふぅ……」

 コロンと別れた俺達は、二人で宿へと戻ってきた。

『コロンさん、大丈夫でしょうか……?』

「ああ。今ヘタに動くよりも、とりあえずは普通に過ごしてもらう方が良いさ。奇跡の聖女様をいきなり手にかけるような事はまず無いだろうし」


 ――最近、怪しい人達が教会を出入りしているのです。


 助けを求めに来た理由を聞いた俺達に対し、コロンはそう答えた。
 聖王都中央教会は前々から「人間こそ神に選ばれた唯一の存在である」と強く説いて国民から強い支持を集めていたのだが、先のプリシア姫誘拐事件によって、その人気に陰りが見え始めていた。
 だが、時を同じくして同教会の大司祭ツヴァイが二人組の「全身白ずくめの付き人」を教会に連れ込むようになったのだそうだ。
 それだけならまだ「怪しい」で済む話なのだが、コロンは彼らの会話を偶然聞いてしまったらしい。


……


けがらわしいトカゲ共め」

「何としてでも始まりの地を……聖地を再び我らの手に」

「っ!?」


……


 コロンが言うには、中央教会にとっての「始まりの地」とは、聖典に書かれている聖地らしく、お偉いさん達が言うにはそれがドラゴン達の暮らす東の森の事なのだそうな。

「そして、そんな会話を耳にした直後、狙ったようにシャロンからの手紙が届いた……と」

『コロンさん、怖かったでしょうね……』

 自らが身を置く教会が裏で反国家活動をしている疑いがあり、それも暴力的な行動に及ぶ可能性があるのだから、気が気ではないだろう。
 以前、港町アクアリアへ向かう時に寄った街でも騎士団と反体制派との軽い衝突はあったものの、この国で最大の宗教組織である中央教会の信者が全て暴徒と化したならば、どれだけの被害が出るのか想像もつかない。
 そんな状況に幼い女の子が独り置かれて、実の両親に頼ることすら出来ないのだから、とても心細かったに違いない。

「だから、俺らが守ってやらねーとな」

「はい!」

 俺は明日に備え部屋の明かりを消すと、二人はそれぞれのベッドで眠りに……。




 眠りに……。

 ね、眠りに……!

「就けるかあっ!!」

 バッと上半身を起こして隣のベッドを見ると、薄暗い月明かりの中でもハッキリと判る薄水色の長い髪がゆっくり上下していた。
 さすがエレナ、完全無防備で一瞬にして眠りに落ちたらしい。
 これだけ信頼されていると、それはそれでとても嬉しいのだけど……。

「サツキのヤツ、絶対これ狙ってただろ……」

 ハジメ村を三人で出発し、それからユピテルが加わり四人。
 ハルルとフルルも入って六人……と、これまでは確実に皆の目があった。
 ……だけど実は俺、女性と二人きりの部屋で寝るのは初めてなのです!!!
 いや、一応は二年前に戻った直後もエレナと二人同じベッドで寝てたけど、あれは不可抗力だろう。

「……」

 ……。
 んで、どうしろと?

「そうだ西街はんかがい、行こうっ!」

 これでいいのだ!
 うんうん、こういうのは流されちゃ駄目さ!
 そもそも結婚前の男女がそういう事は――

『んっ……』

「!!!」

 隣のベッドから聞こえる吐息に胸が高鳴りつつも、俺は己の理性と戦いながら音を立てないよう気をつけて部屋を脱出するのであった!


<聖王都プラテナ 西街 酒場>


「ふぅ……」

 夜に独り酒をたしなむなんて、勇者パーティを追い出された日以来だろうか。
 サイハテの街で極貧生活をしていた時も、そんな余裕無かったしなぁ。
 てなわけで、エールをちびちびと堪能しているわけだが、周りを見ると冒険者やら傭兵やらが楽しそうにやっていて、やっぱり大きい街だなあと実感する。

「さて、明日からどうすっかな」

 中央教会が何か良からぬ事を企んでいるにしても、俺らがそれを直接調べるのは無理がある。
 となると、中央教会に情報を漏らす恐れのない協力者の助けが必要になるのだが……。

「そんな都合の良い人なんて早々いねーよなぁ」

 グラスを手に独り言を呟いたその時――


「カナタ様……?」


「!?」

 突然声をかけられ、驚いてそちらへ目を向けると、そこに居たのは何とアクアリアの歌姫ことマリネラだった!

「どうしてマリネラがここに? ……あっ、そういえばエメラシティへ仕事に行ってるってスイメイが言ってたっけ」

「はい。ちょうど昨日にエメラシティ公演を終えて、今日こちらに入ってきたところです。明日からは聖王都でお仕事の予定で、景気づけにと思ったところちょうどカナタ様のお姿が見えまして」

 さすが売れっ子の歌姫。
 休み無しでなかなか大変そうである。

「へえ。それならせっかくだし、俺達も聴かせてもらおうかな。今度の会場はどこ?」

「それは是非とも! 今回は初の試みなのですが、教会の聖歌隊との合唱です」

「えっ!?」

「明日の昼から教会に入ってリハーサルやって、いきなり夕方から本番ですからね。気合いを入れて頑張らないとっ!」

 ふんぬっ! と、やる気満々の表情のマリネラを見て、俺の頭に一つのアイデアが浮かぶ。
 これは……チャンスかもしれない!

「マリネラっ! お願いがあるんだ!!」

「はいぃっ!?」


【聖王歴128年 黄の月 13日 昼過ぎ】


<聖王都中央教会>

「これはこれは歌姫様。この度は遠方まで御足労様でございました」

「いえ。私としても中央教会聖歌隊の皆様と御一緒させて頂けるなんて、光栄の極みです」

 にこやかに答えるマリネラに対し、教会の人は笑顔で会釈した後……少し困惑気味に目線をマリネラの後ろに向けた。

「あの、こちらの方々は……?」

 教会の人の目線の先には、怪しげな男女二人組の姿。
 男は鉄兜に鎖帷子くさりかたびら、古ぼけた剣……という貧乏傭兵丸出しな格好。
 女は顔まで隠れる真っ黒なローブに身を包み、古ぼけた木の杖……というこれまた貧乏魔法使い丸出しの格好である。
 あまりの怪しさに、マリネラが居なければ確実に警備兵がすっ飛んでくる様相であろう。

「はい。実は昨月に聖王都でお仕事をさせて頂いた際、暴漢に襲われまして……」

「なんと!?」

「我がアクアリアの町長から女性の独り旅は危険であると、護衛をつけて頂ける事になったのです」

「なるほど……。さぞ恐ろしい思いをされたのですね。そんな事情もつゆ知らず、軽率な質問をしてしまい申し訳ありません」

「いえ、この者達が居れば大丈夫ですからご安心を」

 マリネラの言葉に併せて護衛の二人はペコリと頭を下げる。
 風貌は怪しいものの礼儀はなっているようだし、歌姫マリネラのお墨付きという事で教会の人も安心したのか、ほっと一息をついた。
 それから控え室への案内されたマリネラは、部屋のドアを閉めて……ニヤリと笑った。

「ふふふ。私、これなら女優業でもやっていけそうですっ」

「……すみません、無理なお願いをしちゃって」

「いえいえ。以前助けて頂いた恩を考えれば、どうってこと無いですから」

 マリネラはそう言うと、怪しげな格好をした男女……つまり、俺とエレナに向けて微笑んだ。
しおりを挟む

処理中です...