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第六章 ゆきの国の妖精ハルルとフルル

058-本当の強さのために

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「……ひっでー話」

 国王の御前ながらうっかり素で言ってしまい、俺は慌てて自分の口を押さえたものの、ウラヌスに苦笑されてしまった。

「まあカナタの気持ちも分かる。しかし、その方法であればフロスト王国"だけ"は助かるからな。最良であるとは言い難くとも、国が滅ぶかどうかの瀬戸際ならば国王様の選択としては間違いとは言えんさ」

 すかさずフォローを入れるウラヌス、さすがである。

『だとしても、最終的には駄目そうですけどね』

 エレナの呟きに、今度は俺が苦笑する。
 だが、エレナは聖なる泉の結界がモンスターの大襲撃で崩壊するとともに死ぬ運命だったからこそ、この方法が必ずしも安全ではないと身をもって知っているのである。
 実際この国だって、かつて俺が見た世界では魔王四天王「炎のメギドール」に結界が突破されて都が火の海になっていたし、いずれ破綻する事が避けられないのは事実だ。

「でもさー、その話からすると……もしかして、王様も昔は勇者だったの?」

 相変わらず偉い人にタメ口を利いてしまうサツキにハラハラしてしまうが、国王はその問いに対してウムと頷いた。

「ああ、かつての私の二つ名は――」


『孤高の勇者シグルド』


 突然聞こえた声に、国王はハッとした顔でそちらに目を向けた。
 その先に居たのはサツキなのだが、当然ながら先程の声はサツキのものではない。

『常にソロを好み、決して誰とも組もうとしなかった変わり者っすよ。でも、腕は確かだったっすよね』

「ハ、ハルルっ!? どうしてここに!!」

 サツキのフードからひょっこりと顔を出したハルルの姿に、国王は再び仰天。
 口ぶりから察するに、かなり昔から面識があるようだ。

『当時シグルドは、なんと神々の塔をたった一人で踏破するという前人未踏の偉業を成し遂げる程、本当に凄い"勇者だった"っす。妖精の命の結晶であるアイスソードを授けられるくらい、それほどに。……昔は勇敢で素晴らしい"勇者だった"っすよ』

 ハルルの言葉は全て過去形で、その一言一句が国王に鋭く突き刺さる。
 さらに、サツキのフードから顔を覗かせたフルルが国王の正面へ来ると、無表情のまま口を開いた。

『僕はアニタの魂の結晶を渡す際……君に強くなれと言った……弱き人々を護るために。だけどそれは……未来の子供達へと……美しい世界を紡ぐため。僕の言ってる事……わかるよね?』

「あ、あああ……」

『仮初めの平和に……執着するなっ……!』

 フルルの叱咤を受けた国王は、憔悴しょうすいした様子で二人へ問いかける。

「……ならば私はどうすればいい! どうやって民を護れば良いというのだ!?」

 自らも民を護るために力を失い、勇者としての力も名誉も失った国王の悲痛な叫びが謁見の間に響く。
 だが、フルルは答えを口にする事なくウラヌスに目線を送ると、ハルルと共に定位置サツキのフード へと戻っていった。

「私は、私はどうすれば……!」

 そして国王が頭を抱えうなだれる中、一人の女性が現れ懇願した。

「お父様、もうやめにしましょう!」

「ルルミフ……!」

 やってきたのは、今回の一件で勇者と結婚するはずだったルルミフ王女だった。
 容姿端麗かつ、雪のように透き通る肌に長い金髪が特徴的ではあるものの、それすらも霞んで見える程に、凛々しく強い光の宿った瞳が印象的だ。

「勇者様だけに負担を押しつけるのではなく、これからは我々と民とで手を取り合い、脅威へと立ち向かうべきではありませんか?」

「……」

 彼女も半ば強制的に結婚させられる立場だったためか、一通りの事情は聞かされているらしい。
 娘から現状を変えてゆくべきという提案を受け、国王は困惑したまま黙っていたが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。

「だが、小さな島国である我々の戦力は他国に酷く劣る……」

「ならば、これから強くなれば良いのです! 神の加護に頼らず、我が国を自ら護ることが出来るように。そしていつの日か、私達が世界中の国々を救えるように!」

 ルルミフ王女の言葉を聞いて、ハルルは懐かしそうな様子で笑う。

『勇者シグルドが私らの神殿にアイスソードを取りに来た時もこんな感じだったっすね。いやはや懐かしい。ま、この子が女王ならフロスト王国は安泰っすかね~?』

『姫騎士……かっこいい』

 ウラヌスはそんな妖精二人の反応を見てクスリと笑うと、何かを決心した様子でクルルに顔を向けた。

「しばらく次の冒険はお預けだな……それでも俺と一緒に来てくれるか?」

 ウラヌスの問いかけに対し、クルルは一切迷いを見せず彼の顔を見上げると……

「君と一緒ならどんな困難にだって打ち勝ってみせるよっ!」

 クルルはウラヌスの手を強く握り、とても嬉しそうに笑った。


【エピローグ】


「はー、何だか大変な旅だったねー」

 帰りの船の中、サツキはのんびりと遠くに浮かぶ白い雲を眺めながら呟いた。

「だけど、これでお偉いさん連中の目も覚めただろうし一件落着さ」

「ふーん、そんなもんか~」

『私的にも、これで心置きなく旅に出られるってもんっすよ』

『立つ鳥……跡を濁さず』

 ハルルとフルルはそんな事を言いつつ、潮風に羽をパタパタとはためかせている。
 そしてエレナは俺の隣にやってくると今回の出来事を振り返り、しみじみと呟いた。

『シグルド国王も、ウラヌスさんも……凄い決断だったと思います』

 先日の話し合いの後、二人は民衆へ向けてこれまでの経緯を公言した。
 当然ながら国中が大騒ぎとなったわけだが、意外なことに人々の反応は好意的なものであった。


 ――勇者ウラヌスの正体は、なんと勇者の影武者!

 ――真の勇者クルルを護る為に自ら矢面に!

 ――安全神話ついに崩れる! 今こそ強い国づくりを!


 ウラヌスが勇者の肩書きを偽っていた理由が勇者クルルを護るためであり、これまで長きに渡り勇者の犠牲の上に国の安全が守られていた事。
 さらに、国王シグルド自身も自らの力と引き替えに民を護っていた事から、彼らを責めようとする者はほとんど居なかったのだ。

『シグルドが再び一念発起してくれたのも、個人的には満足っすね』

 国王は再び剣を手に取り、ウラヌスと共に騎士や近衛兵達の育成を始めた。
 クルルも勇者でありながら支援職や魔術師達の育成に尽力してゆく事となった。
 全てが上手くいって万々歳~……なのだが、ただ一人ユピテルだけは不満そうな表情である。

『君だけ浮かない顔してる……どうしたの?』

『うーん……。なんていうかさ、皆で団結して強くなろうーって頑張れるのは正直羨ましいよ。だけどオイラの村じゃ絶対無理だなーって思うんだ。どうせ、強すぎる力は争いを生むのじゃあ~とかジジイ連中が言うせいで、反対派の声が勝っちまうだろうしさ』

「確かにユピテルの時は大変だったもんなぁ」

 よくよく考えると、エルフ村での一件と今回の出来事は「皆を護るために誰かを犠牲にする」という点ではどちらも共通していた。
 だからこそ余計に、未来志向で歩み始めたフロスト王国が羨ましく思えて仕方ないのだろう。
 するとユピテルの不安が伝播でんぱしたのか、サツキも浮かない表情でぽつりと呟いた。

「……でも、本当に大丈夫なのかな? エルフ村の考えに賛成するわけじゃないけど、いつかこの国が本当に強くなって、そうしたら強すぎる力が誰かを傷つけるために悪用されたりしないのかな?」

 エレナはチラリと俺に目を向けてから優しく微笑むと、サツキの頭を優しく撫でて応えた。

『きっと大丈夫です。たとえ大きな力を手に入れたとしても、それが誰かを護るため……そして誰かの幸せのためであれば、きっと人々は道を誤る事はありませんから』

「!」

 かつてエレナは、怪盗ルフィンことアナイスが宝剣ライトニングダガーを容赦なく悪用する姿を見て「人の心の醜さ」を知り、ひどく落ち込んだ事があった。
 ……だけど、今はそれを踏まえたうえで人を信じてくれているんだ。
 俺は、なんだかそれがとても嬉しかった。

『ま、いざとなったら私らがとっちめてやりゃ良いんすよっ!』

『悪い子には……鉄拳制裁。この世の果てまで……追い詰めてやる』

「お前ら、時々出てくる本音がメッチャ怖いんだけど」

 苦言を吐く俺を見たハルルは、わざとらしくコホンと咳払いをしつつフルルと共に帆柱マストの頂上へと登ると、遠く大海原を仰いだ。

『さあ、この海を越えれば新天地っすよ!!』

『僕らの冒険は……これからだー』

「それ、なんか話が終わりそうで嫌なんだけど~!?」

 ……てなわけで、俺達は新たな仲間とともに一路、聖王都プラテナを目指すのであった。












【聖王歴???年 ?の月 ?日】


「行ってまいります父上、母上!」

 少年は凛々しい表情で塔の入り口へ入ると、手強いモンスターを退けながら上の階層へと登ってゆく。
 第二階層、第三階層と進むにつれて敵の攻撃は激しくなり、恐怖に心が負けてしまいそうになる。
 だけど、偉大な先人達に負けぬよう頑張ってきた少年は、勇気を振り絞って先へと進む。
 そして第五階層に来ると、異国の鎧に身を包んだ老人が現れて勝負を挑んできた。
 凄まじい剣技を前に、少年は圧倒されながらも勇気をもって立ち向かう!
 しばらく打ち合いが続いた後、いきなり老人は剣を構えながら大声で叫んだ。

『我は問う! ぬしの剣は何の為にる!!』

 老人の問いに、少年は即答する。

「大切な民を守り、弱きを救うためだ!!」

 すると老人は剣を鞘へ収め、それまで険しかった顔を緩めて右手を振り上げた。
 呆気にとられる少年の目の前に輝く階段が現れると、老人はドシンとその場にあぐらをかいて言った。

『若き"勇者"よ。ゆくがよい、この先にお主の望むものがある』 

「……はいっ!」

 真っ直ぐに階段を駆け上がる少年の背を見ながら、老人は満足そうに笑う。
 そして最上階層に到着した少年の目に映ったのは、フロスト王国の広大な銀世界と一枚の黒い石板だった。

「えっと、これを模写すれば良いんだっけ」

 少年は床に紙を敷くと、目の前の石板に緑色で描かれた文字を模写し始めた。
 どうやら石板に書かれているのは異国の文字らしく、少年には何が書かれているのかはサッパリ分からない。
 だけど『真ん中あたりに二つ並んでる縦棒があれば大丈夫っす』と聞いていた通りのものが見えたので、少年はホッと一安心。
 模写が終わると同時に塔の周囲をぐるりと囲むように螺旋階段が現れ、少年は大喜びで階段を駆け下りる。
 塔の下で待っていた父へと書いたばかりの紙を手渡すと、横から見ていた母は安堵の溜め息を吐いた。

「良くやった。偉いぞ」

 父に褒められた少年は、嬉しそうに今一度自分の書いたそれを自慢げに見つめた。 
 紙に描かれていたのは――


【フォースフィールド展開履歴】
 最終実行者:サツキ
 最大耐久値:1
 現在耐久値:1
 耐用期間 :無期限
 備考欄  :この美しい雪の大地が永遠に平和でありますように。


―― 第六章 ゆきの国の妖精ハルルとフルル true end.
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