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第四章 エルフの少年ユピテル

028-ユピテルの願い

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【ユニークスキル 全てを奪う者】
アンロックに成功しました。スキル使用可能です。


 無機質な天啓の声が響くとともに、俺の右手の周りに虹色のもやが漂い始めた。

「さあ、ユピテルを返してもらおうか!」

『なるほど、我が神に匹敵するのならば、貴様はその神に反逆すると言うか。……まだ完全ではないが良かろう!』

「!」

 イフリートが呟くと同時にユピテルの全身から炎が噴き上がると、封印の指輪がまるで太陽のように強い光を放ちながら、細指を抜けて宙へと舞う。


『グオオオオオオオオォォォォォッーーーーーーーーー!!!』


 空中に真っ赤な炎をまとったオオカミのような巨大な獣が現れ、雄叫びとともに周囲へ凄まじい炎を撒き散らした。
 先程イフリートの放ったインフェルノとは比べものにならない程の熱が、文字通りチリチリと皮膚を焼いてくる。

「これがイフリートの真の姿か……」

 勇者カネミツの呟きに対し、炎の獣は妖しくわらう。
 そして、ユピテルはまるで人形のように力なくドサリと音をたてて地面に倒れた。

『ユピテル!!』

 彼の名を叫ぶ声に思わず振り返ると、そこに居たのは長い金髪が美しい女エルフ……レネットだった。
 今にも泣きそうな顔で弟ユピテルを見つめる姿が、かつて見た『自らの手で弟の命を奪った姿』と重なり心が痛む。
 ……そうだっ!

「エレナ。ユピテルは生きてるかっ?」

 俺の問いかけに、エレナは慌ててユピテルに向けて両手を掲げ……安堵の表情で微笑んだ。

『大丈夫ですっ!』

 エレナの言葉に、レネットは感情が抑えきれなくなったのかわんわんと泣きだした。

「ありがとうエレナ」

 エレナに礼を伝えつつ、俺は再びイフリートの方へと向いた。
 これでユピテルを生還させる目的は達成したわけだが、残す問題はコイツをどうするか、だ。

『ククク……』

「?」

『我が真の力、とくと見るがよい』

 イフリートが周囲の空気を大量に吸い込むと、巨大な口を俺達に向けた。
 その直後――


【危機感知】
死亡リスク 極大


 これは間違いなく、シャレにならない一撃が来る!

「早く、防御魔法をっ!!!」

『は、はいっ!!』

 エレナを始めカネミツや村のエルフ達が両手を広げ、魔力防壁を展開する。
 二重、三重、四重……大小様々なシールドが重なった直後、壁の向こうで眩い光が見え――俺は咄嗟に、エレナをかばうように目の前へと飛び出した!




「ハッ!」

 一瞬だけ気を失っていたようだが、気づいたらエレナが泣きそうな顔で俺を抱き抱えていた。

『カナタさん、良かったっ!』

「エレナは大丈夫か?」

『は、はいっ。でも皆さんが……』

 俺が慌てて飛び起きると、周辺の家がいくつか消し飛び、カネミツやエルフ達が地に伏していた。

「カネミツ!」

「ははは、一撃でやられるとは情けないねぇ」

 剣を地面に突き立てながらどうにか立ち上がろうとしているものの、鎧が砕けてボロボロになっている姿を見る限り、既に戦えない状況なのは明らかだ。

『軽い挨拶代わりだったのだが、それでこの様とは……。全くもって猿共は脆弱であるな』

 呆れた様子でぼやくイフリートに少しイラッとしたが、ふと横を見ると俺以上に苛立っているエレナがいた。

『あなたは"二つ"大きな勘違いをしています』

 エレナが淡々とした口調で話しかけると、イフリートはいぶかに首を傾げた。

『勘違いだと?』

『まず一つは、あなたは自信過剰です。身の程を知ってください』

『……は?』

 いきなり開口一番で煽られ、イフリートの目が点になった。

『そしてもう一つ。ユピテルさんの身体を解放した事で逃げられると思ったのかもしれませんが……』

 エレナが俺の右手を見てクスリと笑う。

『カナタさんの右手からは絶対に逃げられません』

 エレナはそう言うと俺の隣に立ち、両手を前に突き出しながら詠唱を始めた。
 それは今まで聞いたことの無い呪文ワードで、読み上げる都度に凄まじい魔力がうねりを打つ。
 周囲には冷気が漂い、村を焦がす炎が飲み込まれてゆく……。

『き、貴様ッ! 一体何を……!!?』

 困惑するイフリートの問いに答える事なく、エレナは詠唱を続ける。

『私が奴を止めますから、カナタさんは……とびきりカッコイイところを見せてください♪』

 先程までの冷たい表情から一転、満面の笑みを向けてくれるエレナを見て思わず苦笑しつつ、俺は右手の拳をグッと握った。
 肩を並べて構える俺達の姿に、イフリートは怒りの形相で俺達に向けて大口を開けた。

ちり一つ残さぬっ!!!』

 イフリートが再び炎を放とうとしているようだが、炎の塊の中に一瞬キラリと光るモノが見えた。
 ……なるほど、それが指輪ほんたいだな。

「はは、人様を猿呼ばわりしたくせに、結局てめえも単なる犬コロだよ!」

 俺は真っ直ぐに狙いを定めてイフリートに向けて走る!
 このまま炎の直撃を浴びれば、イフリートの言うように塵一つ残さず消し飛んでしまうだろう。
 だけど俺は信じている。

「エレナ!!」

『……行きます!!』

 直後、イフリートは周囲の音が聞こえなくなる程の轟音を響かせながら灼熱の炎を吐き出した!
 先の魔力防壁を撃ち抜いたモノとは比べものにならないその炎は、まさに全てを焼き尽くす地獄の業火だ。
 だが、ヤツは知らない。
 かつてエレナは世界の果てにある常闇とこやみの大地で、長きにわたり"たった一人"で聖なる泉を護り続けていた事を。
 ガーゴイル、ワイバーン、グレーターデーモン……数多くのモンスターが多数出現する地獄で、たった一人で戦い続けたという事の意味を。

 そして――それを成し遂げる程の強さがどれほど『規格外』なのかということを!!


『エターナル・ブリザード・ノヴァーーー!!!』


 エレナの凜とした声が辺りに響くと、灼熱の地獄は一瞬にして極寒の大地へと変貌した。
 絶対零度の吹雪はイフリートの放った炎だけでなく、村を焼く火すらも消し去ってゆく。

『なん……だと……』

 イフリートの姿は陽炎のように霞み、今にも消えそうだ。
 俺は足を止める事無く、狙いを一点に定めて走る!


 ――この右手は全てを奪うだろう。


 ――全ての悲しみ、苦しみ、そして運命すらも!


 ――俺が奪い去ってやる!!


『ふざけるなアアアアアァァーー!!』

 再びイフリートは巨大な炎のオオカミの姿になると、俺を食い殺すべく巨大な口を開いた。
 眼前に迫る鋭い牙が見えたが、俺はそれを左手に握ったダガーで打ち払い、狙いを一点に定める!

「テメェの全て……俺によこしやがれええええッッッ!!!」

 空中の一点に向けて右手を伸ばし"それ"を思いきり握ると、全力で魔力を流し込む!
 イフリートの全身に魔力の根が張り上書きしてゆく――。
 肉体、精神、存在……その全てが「俺のモノ」へと変貌する!!

『ば……かな……』

 イフリートの姿が宙へと融けて消えてゆく……。
 それからしばらくして光が収まり、再び周囲は静けさを取り戻した。
 そして――


【ユニークスキル 全てを奪う者】
 成功しました。


【スキル習得】
 精霊イフリートが召喚可能になりました。


「へへ、ざまあみろ犬っコロめ」

 俺は天啓を聞き流しつつ振り返ると、胸の前で手を組みながら祈っていたエレナの前へと足を進めた。
 目の前まで来たところで何だか少し照れつつも、俺は綺麗な長い薄水色の髪をそっと撫でながら言葉を口にする。

「ちゃんと格好ついたかな?」

『……はいっ! 最高にかっこよかったですっ!!』

 そのまま嬉しそうに抱きついてくるエレナを受け止め~……あれ?

「うおわっ!?」

 俺は尻餅をついてコケてしまった。
 どうやら魔力だけでなく体力も限界だったらしい。

『わああっ、カナタさんっ! 大丈夫ですか!?』

「うぅ、格好つかねえなぁ……」

 オロオロと困り顔で慌てるエレナを見て和んでいると、周りから続々と皆が集まってきた。

「なんでそこでコケちゃうかなー。まあ、おにーちゃんらしいけどさー」

「うっせー」

 サツキの苦言にジト目で返すと、勇者カネミツがやって来て俺の手を取って起こしてくれた。

「あれだけ頑張ったんだから、そりゃ仕方ないよね」

「うむ、拙者も感動したでござる」

「うー……勇者様の次にカッコよかったですよっ」

 勇者パーティの面々に讃えられて何だか照れつつも、彼らの後ろに居た姉弟ふたりを見て思わず息を飲んだ。

『カナタにーちゃん、ありがとなっ!』

『君には本当に感謝している。ありがとう……』

 そこには元気そうなユピテルと、深々と頭を下げて涙を流すレネットの姿があった。
 俺は思わず泣きそうになりつつ、それを誤魔化すようにユピテルの頭をガシガシと撫でてやった。

『いてててっ、何なにどうしたのさ?』

「俺の方こそ、ありがとうな」

『『へ?』』

 逆に感謝されてしまい不思議そうに首を傾げる姉弟を見て、エレナは嬉しそうに笑った。






【聖王暦???年 ???の月 ??日】


 復讐の鬼と化した姉は、弟の仇を討つべく魔王を倒す旅へと出ました。

 ですが、イフリートと共に果てた弟はそんな事を望んではいませんでした。

 望みは何か?

 自分を犠牲に助かろうとした村人への復讐?

 ……もちろん、弟がそんな事を望むわけがありません。

 彼の望みはただ一つ。

 ほんの細やかな、それでも叶わなかった夢……。

 彼が神にその想いを伝えると、大変驚かれました。

 感心した神は一つの「可能性」を授ける事にしました。

 神は彼を「金色の鳥」へと変えると次のように言いました。

『その姿で世界を渡りなさい』

・・

 それから年月が過ぎ。

 彼は水の精霊の胸元にある、小さな宝石へと姿を変えていました。

 目の前では姉弟が嬉しそうに笑っています。

 ようやく彼は夢を叶える事ができたのです。

『ありがとう』

 彼が呟くと、黒髪の青年が不思議そうに首を傾げました。

 それを見て、何だかおかしくて、嬉しくて……。

 そして役目を終えた彼の魂は天へと還っていきました。

 とても満足そうに、とても幸せそうに。
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