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第四章 エルフの少年ユピテル

023-救いのないセカイ3

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~ 旅の記録 ~

【聖王歴128年 青の月 35日】

 聖王都プラテナを南に向かって出発した俺達は「エルフの森」と呼ばれる場所へとやってきた。
 勇者カネミツ曰くこの森を抜けるのは非常に困難らしく、森の守護者であるエルフの協力を得るため、俺達は彼らの集落を目指して行く事になった。
 俺が「集落に行く前に迷ったら?」と素朴な疑問を口にしたところ、シャロンが「目印があれば迷わないでしょ?」などと言いながら、樹木をファイアーボールで炎上させていたのが何とも豪快で驚いた。

【聖王歴128年 青の月 36日】

 エルフの森での生活2日目、俺達はエルフ村に到着!
 そして……檻の中に連れて行かれました。
 どうやら目印のために樹木を燃やしたのが原因で森のエルフ達が怒ってしまったらしく、責任を感じたのかシャロンにしては珍しく落ち込んでいた。
 しばらくするとエルフの長老が現れて勇者だけを連れて行ってしまい、残された俺とシャロンは不安な一夜を過ごしたのであった。

【聖王歴128年 青の月 37日】

 早朝にいきなり叩き起こされ、長老の屋敷へと連れて行かれた。
 カネミツ曰く、どうやら条件付きで俺達は釈放される事になったらしい。
 その条件とは『ユピテルという名のエルフの少年を捜してほしい』だそうで、どうやら村に代々伝わる秘宝を盗んで居なくなってしまったんだそうな。
 エルフ村民の目撃情報によると聖王都プラテナに逃げた可能性が高いらしく、俺達は再び聖王都へと戻る事になってしまった。

【聖王歴128年 青の月 38日】

 聖王都に戻った俺達が聞き込みを行ったところ、エルフの少年ユピテルは城の地下牢に捕らえられている事が判明した。
 どうやら食い逃げで捕まったそうで、看守が言うには余罪も多数あるらしい。
 盗んだ秘宝をどこにやったのか聞いても全然答えようとしないので、自白の魔法は無いのかとシャロンに聞いたところ「そんな悪趣味な魔法は修得してないし、エルフは凄まじい耐魔防御力だから、並大抵の状態異常スキルは効かない」のだそうだ。
 本当に効かないのか確認するため、試しに覚えたばかりの新スキル「影縛り」をユピテルに向かって使ってみたが、全く効果が無かったうえカネミツにめちゃくちゃ怒られた。

【聖王歴128年 青の月 39日】

 国王に直談判でユピテルの釈放を求めたものの、昨日も書いた通り窃盗の余罪が多すぎるせいで、勇者特権を用いても即座に釈放が出来ないと言われてしまった。
 俺のアンロックで鍵を破って連れ出す案はどうかと持ちかけたものの、カネミツから即答で却下されたのは言うまでもない。

【聖王歴128年 青の月 40日】

 プラテナ城の地下牢が襲撃されたと一報を受けて現場へと向かったが、そこにユピテルの姿は無かった。
 そして、急いでエルフの森へと向かった俺達の目に映ったのは、炎に焼き尽くされたエルフ村の惨状だった。
 長老曰く、ユピテルの盗んだ秘宝『炎の指輪』には精霊イフリートが封印されており、その封印が解けてしまったそうだ。
 どれだけユピテルに説得を試みてもおかしな返事をするばかりで、シャロンが言うには「強すぎる魔力に魂を飲み込まれて暴走した者の末路」らしい。
 村の中央広場でオオカミのように雄叫びを上げながら凄まじい炎魔法を繰り出すユピテルに対し、炎魔法のエキスパートであるシャロンですら、圧倒的な魔力の差に為すすべなく敗れてしまった。
 だが、万事休すと思ったその時、突如現れた一人の女エルフがユピテルの心臓を矢で射抜いた。
 森にイフリートの悲鳴が響くと同時に村を包んでいた炎は消え、深夜の騒乱は幕を閉じたのであった。

【聖王歴128年 緑の月 1日】

 イフリートの呪いで暴走したユピテルを止めた女エルフの正体は、彼の実の姉レネットだった。
 レネットは『弟はこんな事をする子じゃない! 絶対に魔王が黒幕だ!』と叫び、悔しそうに涙を流していた。
 自らの手で弟を殺めた贖罪と魔王への復讐を誓うレネットに、カネミツは表情を曇らせながら「復讐はまた別の復讐を生み出し、憎しみの連鎖を繰り返すのにな……」と呟いていて、勇者の過去が少し気になったものの、俺は黙ってユピテルの墓標の前で手を合わせてから、エルフ村を後にしたのだった。
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