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6.夏立ち、月と遊ぶ

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 そのうえ、ボールを持った早坂晟は日捺子に傍迷惑な提案までしてきた。

「やっぱり勝負はやめて、里中さんのシュートが入るようにしましょう」
「は?」

 日捺子の口から気の抜けた声が漏れる。なんでそんなことを? 日捺子は今度こそちゃんと断るつもりだった。だって、入るようになりたいなんて、さらさら思っていない。むしろさっさとこんなことやめたいくらい。なのに、安心してください。入りますから。と、早坂晟は妙な使命感に燃えている。安心してくださいって、あなたはどこかのお笑い芸人ですか。わずらわしい。断るのにも力がいるのだ。誰かの気持ちを別の方向に向かせるには、熱が、いる。今の日捺子にそんなものはなかった。

「分かった。まず、なにをしたらいいの?」

 日捺子は、聞く。低い温度のままで。
  




「はい、力抜いて。だから手首に力入れない。目、閉じない。はい、投げて」

 早坂晟が後ろから離れたタイミングで、日捺子は教えられたとおり、のつもりで投げる。勢いだけはあるボールはゴールに届かないままゴールのずっと手前ですとんと落ちた。

「力入りすぎなんですって。左手は添えるだけって知りません?」
「知らない」
「諦めたらそこで試合終了ですよ、は?」
「なにそれ」

 早坂晟は地面に転がるボールを拾い、片手でぽんっとゴール投げ入れる。見ているぶんにはとても簡単そうなのに。ネットをくぐって落ちるボールを早坂晟がさらりと受け止めた。流れるようなその動きが、日捺子にはさっぱり理解できなかった。

「はい、もう一回!」

 ボールを投げ渡してくる早坂晟はうんざりするほどの爽やかさだ。

「炭酸飲料のCMみたい」
「それ、褒めてないですよね」

 日捺子は無言で肩をすくめる。

「やっぱり、やめます?」

 それには答えず、日捺子はポールを構えた。やりたくないはずなのに、やめるかと問われればなんだか癇に障った。私というひとはずいぶんと面倒臭い。ファミレスで私を“めんどくさいひと”と言った早坂くんには花丸をあげてもいいかもしれない。

「早坂くんはバスケやってたの?」

 ボールを投げながら日捺子は聞いた。またも地面に着地しようとしたボールを落ちる前に早坂晟がキャッチして、日捺子の元に戻した。

「いえ。授業とか遊びでやったくらいですよ。サッカー部でしたし」

 日捺子は、もう一度言われたことを思い出して、構えてみる。そして、何度目か分からないシュート打った。日捺子の手を離れたボールはゴールをかすることもなく地面に落ちる。

「里中さんは何部だったんですか?」
「私は、帰宅部」

 っぽいですね。ボールを拾いながら早坂晟が笑う。また、日捺子はボールを投げる。落ちたボールを早坂晟が拾う。それを何度も、何度も、繰り返した。残念なことに早坂晟はとても諦めが悪く、日捺子はとても負けず嫌いだった。

「あー今の、おしいっすね」

 全く飛ばなかったボールが、ゴールリングを弾くようになる頃には、日捺子は汗だくになっていた。カーディガンは放り投げTシャツ一枚だった。邪魔になったサンダルは脱ぎ捨て裸足だった。同じようになんども、できるまで、余計なことは考えないで、無心で体を動かす。
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