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第1章 廃棄少女テア

第1話 私はラスボス廃棄少女1

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「テア!  起きてテア!」

    少女のような高い声。長らく幼女と触れ合えていない私にこの声は刺激が強いな、と思いつつ目を開ける。テアちゃんかー。外国の子でもいるのかな、なんて思ってゆっくり身体を起こす。

    右、石壁。
    左、少女。その奥に石壁。
    前、牢屋?
    うーん、なんで私は牢屋にいるんだろうか?

「テア、大丈夫?  なかなか目を覚まさないから心配したよ」

    少女が私に話しかけているようだが、私は牧田莉緒だ。
    うん、段々頭がはっきりしてきた。何となくわかる。この子の名前はサーラ。確か9歳の女の子だ。ショートカットの優しそうな目をした女の子だね。

 ……なんでわかるんだ?
 なんだろうこの感じ。私の中に牧田莉緒としての人生以外の記憶がある。前世というわけでもないだろうし、サーラが私をテアと呼ぶことにも不思議と違和感がないのだ。

    ということは間違いない。テアとは私のことだ。だって他に誰もいないし。なら牧田莉緒はどこ行った?
    冷静になって思い出そう。確か私は徹夜でゲームをクリアして、仕事へ行って……。階段で転んだと。ん?

    私階段から落ちて死んだわけ?
    なんてこったい、やっとつまらない人生から抜け出してこれから、ってときに!

 いやいやいや、私今生きてここにいるじゃんか。もうこれどういうことなんだかさっぱりわかんないんだけど!?

「ごめん、なんか頭が混乱してる」
「そうだよね、無理もないよ……。盗賊団にみんな殺されて私たち売られちゃったんだもん……」
「え……?」

    サーラに言われ、そのときの光景がありありと脳内で再生される。燃え盛る炎、斬り殺される村の人達、奪われる食糧。男は殺され、若い女はさらわれた。その先は想像すらしたくない。

    他人事ではなく私自身に起きたこと。そんな自覚が生まれると、流したくもない涙が頬を伝う。悔しさ、悲しさ、怒りはきっとこのテアという少女のものだ。しかし間違いなく私自身の心にも芽生えている。

    それが嫌でも私はもう牧田莉緒ではなく、テアという少女なのだと自覚させる。だからといって自分が自分で無くなった訳では無いようだ。だけど今はそんなことどうでもいい。そのくらい今私の心は色んな感情をぶち込まれてぐちゃぐちゃなのだ。あんまり乱雑にぶち込むものだから、きっとそこかしこにダマがあるに違いない。ミキサーで攪拌しても均一にすらならないだろう。

「ふん、目が覚めたかお前たち」

    と、そこへ紫色のローブを被った不気味な男が入って来た。フードを目深にかぶっているので顔はよくわからないが、少なくとも善人ではないだろう。

    まだ感情の整理がついてないんだから、しばらくそっとしておいて欲しいんだけどね。

「お前たちはこの私が購入した。今から私の実験に付き合ってもらおう」
「……実験?」
「そうだ。付いてくるといい。実験が終われば腹いっぱい食わせてやる」

   腹いっぱい……。そういえばお腹が空いてきたかも。少しずつ落ち着きを取り戻すと記憶が整理されてくる。
    私、牧田莉緒とテアの2つの記憶。本来交わることのなかった記憶なんだろうけど、それが1つになると新しい私になったような気さえする。それが進化か退化かはさておき、きっと新しい私は牧田莉緒であってテアでもあり、元の2人でもない新しい私なのだ。

    ローブの男の後をついて行く間に色々整理できたようで良かった。テアの記憶によればここは文化レベルはさして高くもない世界のようだ。今更ながらに異世界転生とかいうものが脳裏を過ぎった。夢かとも思ったがそれはさすがにないだろう。

    そういえばここの通路は全て石壁のようだ。うん、ようやく周りに目を向けられる余裕ができたということか。それにしてもこの石壁というやつはとても無機質で冷たい感じがする。裸足で歩いているせいか石床も冷たい。

「着いたぞ。入れ」

   ローブの男が通路の先の扉を開け、中へと入っていく。私とサーラも中へと入っていった。

    その部屋は想像した実験室とは違った。もっとこうやたらとでかいカプセルとかあるのかな、と思ったが、むしろ学校の理科室に近い。並んだテーブルの上には実験器具のビーカーやフラスコが並んでいる。中身は入っていない。奥の方では他の青いローブを来た人達が何かを調合しているようだ。

「おい、魔神の血を持って来い」

    紫ローブの男が青ローブに命じる。すると奥から薬の入った注射器を2本持って来た。
   それにしても魔神の血か。……どこかで聞いたような?

「よし、2人を押さえつけろ」

    紫ローブが命令すると私たちの後ろにいた青ローブに拘束される。後ろから首と左腕を押さえ付けられ身動きが取れない。暴れようともがくと腕で首を締め上げられた。抵抗は無駄なんだろうけど、それでもあがくのが人間てものだ。

「よし、まずはお前からだ」

  紫ローブが私の左腕を掴む。その手に持つ注射器の針が今はナイフより恐ろしい。

「嫌……!」

    はっきりいって嫌な予感しかしない。しかし9歳の女の子に抗う術などあるわけがなく、わたしの左腕にチクリと針が差し込まれた。そして身体の中に変なクスリが入って来る。
  少しして胸に痛みが走った。

「くぁっ……!?」

    なにこれ、気が遠くなる……。
    あ、思い出した、魔神の血……。
    それは『君の願いは誰がために』のラスボス廃棄少女、テアがゾーア教団に打たれた薬の名前だ……。
    そうか、私はラスボス廃棄少女……。この世界は……。

    そこまで理解したところで、私の意識は再び暗転した。
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