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第164話 ナターシャの思い違い

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 アーカサスの砦を出発した僕らは最寄りの街であるメレーズの街を目指していた。アーカサスの砦からはそう離れておらず、それこそ出発すれば次の日には着いてしまうくらいに近い。道も街道なため見晴らしが良く、野生の魔物もあまりうろついていないから結構楽な行軍だ。

 そしてメレーズの街まで徒歩1時間圏内にある平野部に陣取る。そこには天幕が張られており、その中で一番立派で広い天幕の中で会議が始まった。

「いよいよ街の占領に入るわけだけど、ニーグリンドの人たちにとって我々が侵略者であるということが大きな痛手になっている。これはただの戦争ではなく悪魔達から人類を守るための戦いだ。だから通常の戦争とは異なり、占領下においた人々を無碍に扱うことは許されない。略奪や暴行は如何なる理由があってもさせるわけにはいかない。そのことを改めて周知させてやってくれ」

 エリオット殿下の言に参席した上層部たちがコクリと頷く。通常の戦争であれば占領下におかれた敵国の民なんて蹂躙されるのが普通なんだよね。しかしそんなことをすればエストガレスは大義名分を失うだろう。

「当然でございます。しかもこの戦いを皇女殿下と皇太子殿下が見届けるために同行されているのですからね。そんな真似をした愚か者は厳しい罰を与えるつもりです」

 将軍がチラリと皇太子殿下と皇女殿下の顔色を窺う。そう、捕虜達を本国に送った際に二人がこの戦いを見届けたいと強く願ったために同行しいるのだ。

 その後から何故かサルヴァンのやる気が凄いんだけどなんかあったのかな?
 身分が違いすぎるから恋煩いとかじゃないことを祈りたいとこだけど。

「それにしても意外だったのはニーグリンドの人々があの鬼畜のようなアマラを尊敬していることですわね」
「ええ、なんでも半年程前から急激に人気が高まってきたそうです。それに合わせて魔王ニーグリを皆が二ー様と呼び、男衆の間でも女装が流行っているとか……」

 ナターシャ様は信じられない、といった具合に訝しんでいる。それは僕も同意見だ。ルカのいた村のことといい、聖都に乗り込んで滅ぼしたことといい、とても人々のために何かをするような性格には見えない。

 実際に街を見てみないとわからないけど、身寄りのない孤児達を厚く保護させているらしい。そして悪魔達も人間にはとてもフレンドリーだそうだ。

「……なんで女装が流行るんだ?」
「なんでも魔王ニーグリはそれはそれは美しい女装をした男性で、男の娘という新しいスタイルの先駆者なのだそうです」
「……意味がわからないんだが」

 エリオット殿下の質問に配下の兵士が答える。殿下、僕も理解できないです。ナカーマ。

「街を解放した後は私が演説をします。アマラが如何に残酷で非情な男かを。そしてニーグリンドの人々は悪魔達に騙されていることを伝えないといけません」
「騙されている、ですか。確かに悪魔という存在の本質を考えるならニーグリンドの有り様は異様と言えますね」

 アルテア教の教えでは悪魔は至極自分勝手てあり、本能に忠実だ。しかし契約に対しては絶対であり、一度主従関係ができあがれば滅多なことでは裏切らない。

 となると考えられるのは魔王ニーグリとアマラの関係性か。恐らくだけど、この二人には切っても切れない繋がりがあるように思えてしまう。恐らくは写し身というやつか。ドレクとドレカヴァクのように似た性質を持つ場合と元となった人間の欲望を元に生まれる場合があるそうだ。

 ニーグリは恐らく後者なのだろう。そして魔王の名が示す通り全ての悪魔はこのニーグリの意向に従っているはずだ。

 つまり、魔王ニーグリが倒れればニーグリンドに住まう悪魔達は一斉に人間達に牙を剥く可能性があるのだ。しかし全ての街を解放してから魔王ニーグリを倒すのは時間がかかりすぎるし、こちらが疲弊する。というより不可能に近いはずだ。

「ええ、ですから必ず裏があるはずです。それを見つけなければなりません」
「裏か……。もしかしたらないかもしれませんね」

 ナターシャ様の言う裏とは企みのことだ。しかし魔王が付いているのに今更何を企むというのか。つまり今の状況こそがニーグリとアマラの共通目的であると考えたほうがスッキリする。

「どういうことかしら?」
「恐らくですが、ニーグリはクリフォトの実によるアマラの写し身です。つまり、ニーグリはアマラの欲望から生まれたパターンなのでしょう。だからニーグリの望みはアマラの願いを叶えることのはずです」
「つまり主犯はアマラで魔王ニーグリは実行役ということですの?」
「それに近い関係性でしょう。つまり今のニーグリンドの状況そのものがアマラの願っていたことなわけです」
「そんな……! 人々のために尽くしたいなら聖都を滅ぼさなくったっていいはずよ」
「それは手段だったからです。アマラにととっての敵味方の基準は人間と悪魔という基準ではなく一国の王と同じなのでしょう。自分の国の人間かそれ以外です」

 言い方は少々悪いけどこれは十分考えられることだ。以前ルード達に加護を受けるお金を出す条件でアマラの所属するコミュニティを調べてもらったことがある。そこで感じたことはアマラはコミュニティの人間に受け入れられていなかったことだ。

 だからアマラは彼等を見限った。つまり味方になれなかったから殺されたのだ。しかしニーグリンドの人達はアマラを信奉している。つまりアマラにとっては味方だ。

 だから保護しているのだ。そしてこの関係性で厄介なのはアマラが死ねばニーグリが人間を見放す可能性があることか。つまりどちらかがいなくなれば悪魔達は人間に牙を剥くかもしれない。

「アマラの治世を認める、ということでしょうか?」

 ナターシャ様が静かな怒りを込めて問いかける。怒らせちゃったかな。しかしアマラ憎しで語られてもニーグリンドの人達の心には響かないだろう。

「いいえ。悪魔に依存した関係性ですからね。歪以外の何ものでもないです。あれでは人々は堕落するでしょう。それはアルテア様の教えに背く方向性です。ですから演説をするのなら騙されているのを強調するのではなく、今の関係性の異常さを訴えるべきだと思います」

 ニーグリンドの人達はわかっていないのだ。自分達が悪魔によって生かされている存在に成り下がっていることを。もし仮に悪魔が援助をやめればたちまち生活は破綻する。魚が食べたいなら魚をもらうのではなく釣り方を教わるべきなのだ。

「そう……ですわね。少々憎しみに囚われていたようです。もう大丈夫ですわ」

 ナターシャ様は少し考えながら頷くと一度視線を落とす。しかしすぐに前を向き、晴れやかな笑顔を向けるのだった
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