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SS ニーグリの巫女様選定大会 前編

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「聞け! これよりクリフォト教の偉大なる魔神ニーグリ様のお言葉を伝える」

 メレーズの街の広場に突如飛来してきた悪魔が降り立ち民衆に向かって叫ぶ。その大きな声に近くにいた者は思わず耳を塞ぎ、少し離れた位置にいた者達もその悪魔に視線を向けた。

 その悪魔は姿こそ人間だが一回り大きい巨軀に肌が青白く、上半身裸で身体のいたるところに紋様が刻まれている。それは人の中に紛れ込んだ猛獣をも凌ぐ存在感を放っていた。

「ニーグリ様は自らに祈りを捧げる巫女を募集しておられる。巫女とはアルテア教でいうところの大司祭に相当し、貴様らを導く存在である!」

 悪魔は声たかだかに周りを見ながら叫ぶ。しかし不思議なことにその姿を見て逃げ惑う者は誰もいなかった。

 アマラが国を興して1年と少し。最初は悪魔を怖がっていた人々も豊かになっていく生活にアマラとクリフォト教に感謝するようになっていたからである。

 そこには悪魔達の協力が必要不可欠であった。やがてニーグリンドの人々は悪魔が自分たちを守ってくれていると認識するようになり、アマラを偉大な王として称える人さえ出てきたのだ。

「あ、あの、どうやったらその巫女様になれるんてすか!?」

 少しビクビクしながらも近くにいた少女がその悪魔に質問した。街に入る悪魔が人を害しないとわかっていてもその存在感には圧倒されているのだろう。しかしそれ以上にニーグリに仕える栄誉、というものがそれだけ魅力的たったのだ。

「いい質問だ! ニーグリ様に仕えるためには女装の似合う愛らしい男性でなくてはならん! 少女よ、残念ながら女性では巫女にはなれぬのだ。だがその憧れの気持ちは大事にするがいいぞ」

 少女の質問に気を良くした悪魔が彼女を見下ろしつつはにかむ。腕を組んで尊大な態度だが、この国では悪魔は支配階級なのだからそれも当然なのであった。

「ざ、残念です……。巫女なのに女ではなれないのですね」
「うむ、だが落ち込むことはない。貴様らがニーグリ様を敬い、祈りを捧げることは誰にでも許された行為だ。そこには巫女と平民に差はないのだぞ?」

 落ち込む少女に悪魔は優しい言葉をかけた。実際にはニーグリが力を得るための行為ともなるので悪魔達の利益にもなる。それゆえニーグリを崇拝し始めた国民は悪魔にとって守る価値のある存在なのだ。

「そ、そうですよね。麗しきニー様に祈りを捧げることは私にだってできますものね」

 悪魔の励ましに少女は顔を上げて微笑んで見せた。自分もニー様のお役に立てる。それを悪魔の口から聞けて少し元気が出たのだ。

 ニーグリは黙っていれば見目麗しい美少女である。その美貌ゆえに一部には熱狂的なファンが数多くいた。彼女もそんな中のひとりだったのである。

「皆のもの聞くがいい! 先ほども述べたように応募要項は可愛らしい男性であることのみ。我と思わん者は領主邸にて応募を受け付けている。皆の参加を待っているぞ」

 悪魔はそこまで伝えると、じゃあな、と軽く手を挙げて次の宣伝場所を目指し飛び立っていった。

 そして、ここソユーズの街ではニーグリの巫女の選考会の噂で持ちきりとなったのである。そして男たちはこぞって化粧品と女物の衣服、特にゴスロリを買い求め、街はゴスロリを着た男達で溢れかえったのだった。




 そして2週間かけて予選会が行われ、厳しい審査の末本選に進んだのは8人の男の娘であった。

「ふふっ、さすが本選に残っただけあってみんななかなか可愛いかったわね。でも負けないわ。ニー様に仕える巫女になるのはこの私よ」
 
 化粧台の鏡を覗きながら長いブロンドヘアーをとかし、少年が呟く。彼こそはこの選考会の優勝候補筆頭と言われている少年、マディンである。

 彼は生来より女装癖のある少年で、人目を避けて女装を楽しんでいた元貴族の三男である。女性のような口調も慣れたものだった。

 マディンの女装歴は長い。これだけは誰にも負けないと自負しており、女装が世間に認められたことでニーグリに多大な感謝をしていた。

「そう、私は絶対巫女になるの。そしたら毎日だって可愛い服を着られる。このゴスロリだって本当に素敵だわ」

 マディンは大会の控室に用意された漆黒のゴスロリをうっとりした表情で眺めた。

「それにこの猫耳ヘアバンド。こんな素敵な衣装が正装だなんて本当に素晴らしいわ」

 人形の模型には漆黒のゴスロリの他に猫耳ヘアバンドが装着されている。この2つを着こなす自分を想像し、マディンは口の弛みが止まらなかった。

「さて、本番前にトイレ行かなきゃ。これ着てトイレで汚したら落選しかねないわ」

 マディンはすっかり女性になりきり、ルンルン気分で控室を出る。まだ彼の着ている服は普通の布の服だ。トイレを済ませたらあの服に着替えるつもりなのである。

 しかし、彼が部屋を出るところを見ていた影が一つ。

「巫女になるのはこの俺だ。悪いけどお前には落選してもらうぜ……」

 スルントは手に持ったオークの血袋を手にして醜く口を歪めた。彼もまたニーグリに憧れる少年なのだが、マディンをひと目見てライバル視していた。彼の洗練された女装に嫉妬さえ覚えたのである。

 そしてスルントはマディンの控室に忍込んで漆黒のゴスロリにオークの血をぶっかけてのであった。

「ククッ、これであいつは落選だ……!」
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