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理想の嫁でなかったから➇
しおりを挟む「そんなのはお前の自己満足じゃない!!」
決意に至った理由を話し終えたジグルドに放たれたのは母ミネルヴァからの強烈な非難。覚悟の上で語ったジグルドに動揺はない。側に立つダニエラだけがビクリと震えた。
「セラティーナの為? 違うわ、お前は自分の為に大層な理由を付けているだけよ!」
「何とでも仰るといい。母上、貴女が何を言おうとセラティーナは帝国の魔法使いに嫁がせます。そして、我々も帝国に移住します」
「勝手なことを私や旦那様が許すとでも!?」
「勘違いしていませんか?」
現在の当主はジグルドであり、決定権も彼にある。当主が決定だと言えば現実となる。
目を見開き、鬼の形相で迫る母を父が落ち着かせようとするも逆効果となった。
「旦那様! ジグルドに言ってやってください。先祖代々受け継がれてきた領地や地位を捨てて帝国へ移住するこの愚か者に!」
「ミネルヴァ落ち着いて……」
「私が欲しいのはそんな言葉ではありません!」
惚れた弱みというが、隠居し政治の前線から退くと母共々領地に住んでから、若い頃にあった面影はすっかりと消え去った。母の迫力に圧倒される父を見ていると無意識に零した溜め息。それすらも気に入らない母が食って掛かるもジグルドは話を長引かせても時間の無駄と判断し、両親に二つの選択肢を突き付けた。
「母上、父上。我々と共に帝国へ移住するか、それとも貴方達二人だけ王国に残るか、どちらかを決めていただく」
「私と旦那様は勿論王国に残ります。セラティーナは置いていきなさい」
「いいえ。何度も申しましたようにあの子は帝国の魔法使いに嫁がせます。プラティーヌ家や王国が拒否しようと魔法使いを帝国に留めさせたい皇帝はどんな手段でも使うでしょう。両国の関係を考えれば、セラティーナを差し出すだけで安定するのなら安いものです」
「セラティーナは旦那様の子を産む義務があります!」
拳を握り締める力が増す。指の間から血が垂れようと力は緩めない。再び戸惑いを見せた父が「ミネルヴァっ」と呼ぶ。
「お前はさっきからそう言うが私が本気でそんなことをすると思うのか?」
「思うのか? ではありません。旦那様にはしていただきます。私の娘の最後がそんなことなんて許されないっ、旦那様とセラティーナの子なら必ず美しい娘が生まれるに違いありません!」
「……」
力強く言葉を放つ母に唖然とする父は、次第に項垂れていった。息子のジグルドでさえ、最初に聞いた時は空耳だと信じたかった。愛する妻に孫娘を抱くのは当然だと、孫娘が祖父の子を産むのは当たり前だと力説されてはそこにあった愛情は音を立てて崩れ去る。ぎゅっと拳を握った父は徐に顔を上げ、諦念の浮かんだ瞳でジグルドを見やり、小さく頭を下げた。
「……ジグルド、ダニエラ。今日のところは帰りなさい。後日お前達を再び領地に呼ぶ。その時に私とミネルヴァがどうするか話そう」
「父上」
「旦那様! 先延ばしにして何になると言うのですか!」
「ミネルヴァ、まだ体調は万全じゃないんだ。今日は休んで明日私とゆっくり話そう」
気が収まらないミネルヴァを宥める父にダニエラ共々外へ出された。外からでも聞こえる母の怒声に失望と落胆の混ざった吐息を零した。若い頃の自分にそっくりなファラを自身の分身の如く扱った母の思考は、想像以上に普通とはかけ離れていた。それを長年側で当てられ続けたファラを思うと後悔だけが押し寄せる。ジグルドの前では、殊更感情表現が豊かだったファラ。母の前では、母に求められる完璧な淑女の仮面を着けた姿しか見てこなかった。
ダニエラに振り向き、屋敷に戻ると声を掛けたら、父が外へ出て来た。
「ジグルド」
「父上。母上の気は落ち着きましたか?」
「薬を飲ませて今落ち着かせたところだ。……ジグルド、お前達は帝国へ移住しろ。私やミネルヴァは王国に留まる」
「母上を納得させる方法が?」
「……いいや、納得させる必要はない」
緩く首を振った父は遠い目をしていた。何かを悟ったそんな目だ。
「……お前が初めての子供で良かった。もしもファラが先に産まれていたら、娘を一番に欲しがっていたミネルヴァはきっと次の子を作りたがらなかっただろう」
「……」
「お前と違って、私は魔法使いの才を持つファラが心の底から妬ましかった。早く屋敷から出て行ってほしかったくらいに。しかし、私も公爵家の当主だった。最後のケジメくらいはつける」
身体を反転し、屋敷へ戻る寸前父の足が止まった。
「……今になってファラに親らしいことを何一つしてやらなかったのが悔いだ。ジグルド、お前はそうじゃないなら、これからもセラティーナを陰ながら守ってやれ」
「……はい……」
「ミネルヴァには諦めさせる。私とて人だ。孫娘に自分の子を産ませる狂気染みた真似は決してしない」
振り返らず、背を向けたまま言葉を紡いだ父は屋敷へ戻って行った。戻る寸前でも一度も振り返ることはなかった。
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