婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

文字の大きさ
上 下
107 / 111

理想の嫁でなかったから➇

しおりを挟む


「そんなのはお前の自己満足じゃない!!」


 決意に至った理由を話し終えたジグルドに放たれたのは母ミネルヴァからの強烈な非難。覚悟の上で語ったジグルドに動揺はない。側に立つダニエラだけがビクリと震えた。


「セラティーナの為? 違うわ、お前は自分の為に大層な理由を付けているだけよ!」
「何とでも仰るといい。母上、貴女が何を言おうとセラティーナは帝国の魔法使いに嫁がせます。そして、我々も帝国に移住します」
「勝手なことを私や旦那様が許すとでも!?」
「勘違いしていませんか?」


 現在の当主はジグルドであり、決定権も彼にある。当主が決定だと言えば現実となる。
 目を見開き、鬼の形相で迫る母を父が落ち着かせようとするも逆効果となった。


「旦那様! ジグルドに言ってやってください。先祖代々受け継がれてきた領地や地位を捨てて帝国へ移住するこの愚か者に!」
「ミネルヴァ落ち着いて……」
「私が欲しいのはそんな言葉ではありません!」


 惚れた弱みというが、隠居し政治の前線から退くと母共々領地に住んでから、若い頃にあった面影はすっかりと消え去った。母の迫力に圧倒される父を見ていると無意識に零した溜め息。それすらも気に入らない母が食って掛かるもジグルドは話を長引かせても時間の無駄と判断し、両親に二つの選択肢を突き付けた。


「母上、父上。我々と共に帝国へ移住するか、それとも貴方達二人だけ王国に残るか、どちらかを決めていただく」
「私と旦那様は勿論王国に残ります。セラティーナは置いていきなさい」
「いいえ。何度も申しましたようにあの子は帝国の魔法使いに嫁がせます。プラティーヌ家や王国が拒否しようと魔法使いを帝国に留めさせたい皇帝はどんな手段でも使うでしょう。両国の関係を考えれば、セラティーナを差し出すだけで安定するのなら安いものです」
「セラティーナは旦那様の子を産む義務があります!」


 拳を握り締める力が増す。指の間から血が垂れようと力は緩めない。再び戸惑いを見せた父が「ミネルヴァっ」と呼ぶ。


「お前はさっきからそう言うが私が本気でそんなことをすると思うのか?」
「思うのか? ではありません。旦那様にはしていただきます。私の娘の最後がそんなことなんて許されないっ、旦那様とセラティーナの子なら必ず美しい娘が生まれるに違いありません!」
「……」


 力強く言葉を放つ母に唖然とする父は、次第に項垂れていった。息子のジグルドでさえ、最初に聞いた時は空耳だと信じたかった。愛する妻に孫娘を抱くのは当然だと、孫娘が祖父の子を産むのは当たり前だと力説されてはそこにあった愛情は音を立てて崩れ去る。ぎゅっと拳を握った父は徐に顔を上げ、諦念の浮かんだ瞳でジグルドを見やり、小さく頭を下げた。


「……ジグルド、ダニエラ。今日のところは帰りなさい。後日お前達を再び領地に呼ぶ。その時に私とミネルヴァがどうするか話そう」
「父上」
「旦那様! 先延ばしにして何になると言うのですか!」
「ミネルヴァ、まだ体調は万全じゃないんだ。今日は休んで明日私とゆっくり話そう」


 気が収まらないミネルヴァを宥める父にダニエラ共々外へ出された。外からでも聞こえる母の怒声に失望と落胆の混ざった吐息を零した。若い頃の自分にそっくりなファラを自身の分身の如く扱った母の思考は、想像以上に普通とはかけ離れていた。それを長年側で当てられ続けたファラを思うと後悔だけが押し寄せる。ジグルドの前では、殊更感情表現が豊かだったファラ。母の前では、母に求められる完璧な淑女の仮面を着けた姿しか見てこなかった。
 ダニエラに振り向き、屋敷に戻ると声を掛けたら、父が外へ出て来た。


「ジグルド」
「父上。母上の気は落ち着きましたか?」
「薬を飲ませて今落ち着かせたところだ。……ジグルド、お前達は帝国へ移住しろ。私やミネルヴァは王国に留まる」
「母上を納得させる方法が?」
「……いいや、納得させる必要はない」


 緩く首を振った父は遠い目をしていた。何かを悟ったそんな目だ。


「……お前が初めての子供で良かった。もしもファラが先に産まれていたら、娘を一番に欲しがっていたミネルヴァはきっと次の子を作りたがらなかっただろう」
「……」
「お前と違って、私は魔法使いの才を持つファラが心の底から妬ましかった。早く屋敷から出て行ってほしかったくらいに。しかし、私も公爵家の当主だった。最後のケジメくらいはつける」


 身体を反転し、屋敷へ戻る寸前父の足が止まった。


「……今になってファラに親らしいことを何一つしてやらなかったのが悔いだ。ジグルド、お前はそうじゃないなら、これからもセラティーナを陰ながら守ってやれ」
「……はい……」
「ミネルヴァには諦めさせる。私とて人だ。孫娘に自分の子を産ませる狂気染みた真似は決してしない」


 振り返らず、背を向けたまま言葉を紡いだ父は屋敷へ戻って行った。戻る寸前でも一度も振り返ることはなかった。


しおりを挟む
感想 353

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

偽りの愛に終止符を

甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...