上 下
104 / 109

理想の嫁で無かったから⑤

しおりを挟む



 妻ダニエラと共に先代夫妻が隠居生活を送る領地へとやって来たジグルドは、屋敷に到着するなり新聞片手にした母に詰め寄られた。グシャリと握られている記事の一面には、半月前発覚した妖精狩の首謀者についてと犠牲者の名前が記されていた。新聞社には敢えて情報を流した。領地にいて時間を持て余す二人は新聞を読んでいるので必ずこの記事も読むと踏んで。
 ジグルドの予想は当たっていた。風邪を拗らせているらしく、顔色が悪く以前会った時より随分と痩せた母だがジグルドの腕を掴む力は強かった。


「どういう事なの!? この記事に書かれているのは事実なの!?」
「ええ」
「じゃ、じゃあ、ファラは? 我がプラティーヌ家の墓地で眠っている筈のファラのお墓は……」
「あの墓には誰も入っておりません。死に顔を見たくないとからと母上が棺の蓋を開けなかったのは私にとって幸いでした。あの時の時点でファラの遺体がないと発覚されたくなかったので」
「この人でなしっ!!」


 肌を叩いた音が大きく室内に響いた。
「旦那様!!」悲鳴に近い声で駆け寄ろうとしたダニエラを手で制し、父に両肩を抱かれながら激しい憎悪に濡れた瞳で睨む母を静かに見下ろした。


「お前、ファラがアベラルド様に騙されていると気付いていたんでしょう!? 魔法使いのファラに嫉妬してファラを見殺しにしたわね!!」
「……」


 喉まで出かかった言葉を直前で飲み込み、腸が煮えくり返る感情を無理矢理抑え、冷静に言葉を発した。


「我がプラティーヌ家に魔法使いは必要ありません。ねえ父上、貴方だってファラを嫌っていたでしょう? 魔法使いの才を持つファラに」
「そ、それはっ」


「お黙り!!」と会話に割って入るのは母。恐ろしい形相でジグルドを詰り、信頼していたアベラルドに騙され裏切られた挙句、化け物になって最後は無残に死んでしまったファラを思い母は泣き出した。大事な大事なファラ。自慢の娘で自分の分身のような存在だった。自分の言う事を従順に聞き、嘗ての自分がそうだったようにファラも社交界の美姫と謳われていた。


「優しくて、母思いで、誰よりも家族を大事にしていたあの子が……! どうして……記事に書かれていたような目に遭わないといけなかったの! ジグルド! お前は人の皮を被った悪魔よ!! 実の妹をずっと見捨てて来た碌でなしよ!!」


 怒りに満ちた瞳はジグルドからダニエラに移った。


「お前が選んだこの嫁もそうよ!! 私はエリスさんが良かったのに、お前が勝手にその女を婚約者として決めた! 大して頭も良くない、魔法の才がある訳でもない、なんの取り柄もないこんな女を妻にした時点でお前は……!!」
「っ……」


 顔を青褪めさせ、震えるダニエラの視界から母を消すようにジグルドが立った。


「私への罵倒は宜しい。ですがダニエラへの罵倒は看過出来ません。貴女が認めなかろうと私が妻にと選んだのはダニエラです」
「エリスさんの何がいけなかったの!!」
「話したところで貴女は理解しない。だからこそ、貴女や父上を領地に押し込んだのです。母上、父上。今から私がする話をよく聞いてください」


 本来の目的である帝国移住の件と理由を話し終えたタイミングで母の怒りは上昇し、ジグルドの頬を再び力一杯叩いた。二度目の悲鳴を上げたダニエラが駆け寄ろうとしても、ジグルドはまた手で制した。そこを動くなと。


「お前は私や旦那様をどこまで馬鹿にすれば気が済むの!! 代々ご先祖様達が守って来た土地を捨て帝国へ移住するですって!? 国王陛下はお前を大変頼りにしていると言うのに!!」
「陛下といい、母上といい、何処の誰かと間違えていませんか? 陛下が頼りにしていた友人はアベラルドです。アベラルドが犯罪者だと知った途端、掌を返してアベラルドにしてきた事を私と入れ替えるのは如何なものかと」
「お黙りなさいっ、どうしても帝国へ行くというならセラティーナは置いて行きなさい」


 セラティーナが帝国の魔法使いに求婚され、受け入れ共に移住する件も話してある。人の話を聞いていなかったのかと顔を歪めると信じられない内容を言い出した。


「そこの嫁もお前もセラティーナが嫌いでしょう? なら、置いて行っても問題ないじゃない」
「人の話はしっかりと聞いてください。セラティーナは帝国の魔法使いに嫁入りします」
「貴族ではないのでしょう? だったら、置いて行きなさい」


 貴族ではなくても、皇帝が最も信頼する古い妖精の魔法使いだ。求婚相手がそうだと口を開く前に母は——


「セラティーナには、王国に残って旦那様の娘を産んでもらうわ」
「は…………?」


 一体何を言っているのかとジグルドだけではない、ダニエラも父も呆然とした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?

ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。 アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。 15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・

月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。 けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。 謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、 「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」 謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。 それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね―――― 昨日、式を挙げた。 なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。 初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、 「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」 という声が聞こえた。 やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・ 「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。 なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。 愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。 シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。 設定はふわっと。

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

処理中です...